第9話 コヤジを預かる
ボクとコヤジが山小屋に戻ったときには、もうすっかり日が暮れていた。
じいちゃんは、山小屋の前のベンチでタバコを吸いながら待っていた。
坂を上ってくるボクの姿を見ると、じいちゃんは何も言わずに小屋の中に入ろうとしたけれど、ボクの脚元にまとわりついて歩くコヤジに気づいて顔が険しくなった。
「なんだそいつは」
「片耳オヤジの仔」
じいちゃんはびっくりして言葉を詰まらせた。
「片耳……って比呂」
彦作じいちゃんが、ボクの顔をにらむように見つめた。
「ヤツに会ったのか」
「うん。でも逃げてきた」
「そんなことは、見りゃわかる。逃げ切れなきゃ、ここに比呂はおらん。どうする気だその仔グマ」
「コヤジは……」
「コヤジ?」
「この子の名前。コヤジはボクから離れないんだ」
「ヤマのいきものは、人の里に連れてきちゃいかん」
「でも……」
そのとき、コヤジが彦作じいちゃんの脚元にじゃれついた。
両手でじいちゃんの膝あたりをつかんで立ち上がって、じいちゃんの顔を上目づかいに見上げた。
じいちゃんの顔はふっと柔らかくなった。
「いつまでも置いとくわけにゃいかんぞ」
じいちゃんは、「仕方がないな」とかなんとかつぶやきながら小屋に戻った。
その夜、ボクはコヤジと一緒に風呂に入った。
風呂のお湯が泥だらけになってしまって、じいちやんにひどく叱られた。
翌朝も、ボクと清春はヤマを走った。
昨日のクマザサのあたりで清春が、
「きのうのアレ、なんだったんだ? やっぱりオヤジかな」
そう言ったとき、またクマザサが揺れた。
ボクたちは身構えた。
ごくんとつばを飲み込んだ。
そして、それはまた立ち上がった。
「ひっ!」
清春が腰を抜かし、ボクは逃げようとして顔から地面につんのめった。
笑い声が起こった。
「はっはははははは」
健蔵さんだ。山菜かごを腰からぶら下げていた。
「健蔵さん! おどかさないでよ。ただでさえでっかいんだから、オヤジかと思ったべさ」
清春が涙目で訴えた。
「ははは。おどかしちゃいないさ。おまえらが勝手にビビってるんだろ。しかし、きのうのおまえらのあわてようったらなかったな」
ボクは拍子抜けした。
「なあんだ、きのうの健蔵さんだったんだ」
「ああ。山菜とってたらおまえらの声が聞こえたんでな」
そのとき、クマザサが再び揺れた。
風ではなかった。
ザザザ、揺れて、再びザザザザと走っている。
健蔵さんがギクリとなった。
いきなり、ソレがクマザサから飛び出した。
「ひぃっ!」
190センチもある超長身で肩幅が広くて胸板も厚くて全身が何重にも筋肉に覆われていて腕なんか丸太のように太くて眉毛も太くて濃くて身体中どこもかしこも毛がぼうぼう、まるでオヤジのような健蔵さんがぶざまに逃げようとした。
クマザサから飛び出したのはコヤジだった。
ボクと清春は腹を抱えて笑った。
「こいつはコヤジ」
清春がコヤジを撫でながら健蔵さんに言った。
「きのうのお返しだよ」
健蔵さんは、急に真顔になってにらんだ。
「おまえら、なにやってる! もう九時だぞ! 大遅刻だ!」
「ええーっ!?」
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