第6話 片耳オヤジ
どれだけ寝たのだろう。
脚に何かが触れているのに気づいて目をさました。
寝ぼけていたので、最初は茶色の毛むくじゃらのサッカーボールか何かと思った。
仔グマだった。
ボクの脚をなめたり、叩いたり、かじったりしてじゃれている。
片方のスニーカーが脱げていて、それを仔グマがしゃぶり始めた。
「おなかがすいてるの?」
ボクが呼びかけても、知らん顔でスニーカーに夢中だ。
「かあさんはどうしたの? はぐれたの?」
当たり前だけど、これにも反応しなかった。
「迷子のコヤジ」
勝手に名前を付けた。
オヤジの仔だからコヤジ。
これに反応した。
コヤジと呼ばれてピクッとボクを見た。
クーンと鼻を鳴らしてボクの顔をなめてきた。
とてもかわいかったので、抱きかかえて花畑をごろごろ転がった。
いっしょに四つんばいになってかけっこをした。
コヤジが後ろ脚で立ち上がったので、組み合って相撲をとった。
『仔グマの近くには必ず母グマがいる。だから仔を見たら逃げろ』
彦作じいちゃんの言葉を思い出したのは、急にけものの強い匂いがしたからだ。
クマの沢の匂いだ。
ボクの背後からその匂いは近づいていた。
全身にブワッと鳥肌が立った。
振り向けなかった。
よほど近くにまで来ているのだろう、うなり声も鮮明に聞こえた。
低くて長く続くフゥーーッといううなり声。
でもコヤジはまだボクにじゃれついている。
ボクはゆっくりスニーカーをはいた。
そして、なぜか、逃げるのではなく、ゆっくりと振り向いた。
そいつはコヤジと同じように後ろ脚で立ち上がったが、相撲をとるどころじゃなかった。
巨大すぎた。
こんなに大きないきものを見たことがなかった。
左耳が欠けていた。
片耳オヤジだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます