第20話 ページの向こう側へ

 恋仲であれば微笑ましい限りだが、善かれ悪しかれ、僕らは理念に若干の独特さがあるにはあるが、ごくごく一般的なルームメイトである。

 だからなのか、好意ではなく恋情をまっすぐ伝えられるのは面喰ってしまう。

 アルゴリズムの崩壊か、あるいは単純に僕がピュア過ぎるのか。ああ、ピュアだなんて単語が出てくること自体が恥ずかしい。


「あ、あの、いきなりこんな事してごめん!!」

 これ以上長く彼女のぬくもりと甘い香りを感じ続けるのは風紀上よろしくない。妹とはまた違った香り。

 それは、前回のやむにやまれぬハグとは違って、何だかとてもいかがわしい行為のように思えた。

「ううん、いつでもいいんだよ」

 これが母性本能というものなのだろうか、彼女はいつもにもまして穏やかなオーラをまとい、錯乱する僕を冷たくあしらうどころか………


「……気持ち悪かったよね?」

 ルームシェア解消ならまだしも、今、司法の場へ彼女が駆け込んだ暁には、僕の身柄が拘束されること間違いなしの異常事態。

 いくらそう確認しても不安が残る。でも、不思議と後悔とはまた違った感情のように感じていた。

「そんなことないよ。それどころか………私、嬉しい!」

「どうして?」

 それは率直な疑問だ。彼女にはが多い。

 僕と住みだしたことも、その……高校の時の一件も。


「さっきも言ったじゃん。好きだからだよ、えへへ」


 好きだから。

 古今東西の物語で幾度となく目にしたその文言が、今となっては全く異なった文明圏の言語のようにさえ思えた。

 メイド・司書。いずれも奇抜な発想ではあったが、この時ほど驚かされたことはない。

 好き。その度合いはいざ知らず、彼女は僕を好きだと言った。

 では僕は?

 嫌いじゃない。そんな当然至極、安全圏の中心地みたいなことは断言できても仕方がない。


 好き、なのかな……?


 感情を言語化するのはそう容易いものではない。だから詩人の詠みあげる文章は美しい。

 でも、これほどまでに自分が見えないだなんて思ってもみなかった。自分で何かを書いてみようとしてこなかったのは、無意識の内にこういう現状を暗示していたのかもな。


「宗太君は?」

 そんな混濁的な思考の奥底を見透かすかのように彼女は微笑みながらそう尋ねてきた。


「僕は君を―――――」

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