第75話 最終聖戦(1)

(1)

 冷たい風が吹き付けてくる。ザワザワと薄(ススキ)が揺れる音がこの島中に響いている。一時の静寂を待った後、闇の民の女王は重たい口を開いた。

「お前達の主張などは、よく分かっている。」

リョウもセイも顔を上げた。リノロイドは続ける。

「世界を二つ作ろう、などと言いに来たのだろう?」

「!」

リョウとセイとフィアルは驚愕のあまり声を失った。この事を知っているのは、サンタバーレの会議に立ち会った極少数の為政者達のみだった筈だ。それを、敵対する魔族の主が知っている――これはとんでもない情報漏洩だ。しかし、

「驚く事ではない」

彼等の戸惑いを見て、リノロイドは説明してくれた。

「お前達が禁じられた地区(フォビドゥンエリア)で“絶対元素”を得て来たのと同じように、私にも『神』に通じるチカラがある」

母の言葉に、フィアルはハッとした。


“リノロイドは、私の一部。君が間違うのも無理は無い”


母の言葉は、“禁じられた区域(フォビドゥンエリア)”で出会った賢者が告げた言葉を思い出させた。

 “四天王”と呼ばれる“四大元素”の加護を引き受けた戦士を生み出したリノロイドは、神に通じる力を持っているに違いない――確か、リナもそのように分析していた。ランダがリノロイドを封印することしかできなかった理由は、もしかするとそこにあるのかも知れない、と。

「私は、『シナリオ(神の意思)』を読む事ができる。巷では、預言術などと呼ばれる能力だ」

何と、レンジャビッチで出会った神託者・フォーリュのような能力が、闇の民の首長であるリノロイドにもあるという。彼女は『シナリオ』を読む事で、<二種の共存は不可能>というテーゼを導いたということには間違いないようだ。

 だからこそ、二種の共存を為し得ていたこのエルサザールという島国を、世界中の民達の前で破壊し尽くす必要があったのだろう。

「オレ達は、今までの戦いでアンチテーゼを導いたんだ」

リョウも切り出した。

「光の民も闇の民も殲滅させちゃダメなんだ、って」

どちらの民にも滅ぼされる理由が無い。どちらの民も戦いで傷付き合い、永遠の平和の為にと剣を取っている。“勇者”と“魔王”などというものも、そんな民達の願いの象徴である。

「永遠の平和、か」

そう呟いたリノロイドは、溜息をついて次のように続けた。

「戦いを無くす事などできはしない。我々が進化を求めようとする限りだ」

彼女の諦めの言葉に返す言葉を失ったリョウの代わりに、弟が口を開いた。

「それも『シナリオ』に載っていたってか?」

もっとも、抽象論がキライなセイはそう言って小さく溜息をついただけである。

 そもそも彼は、永遠の平和が訪れるなどとは微塵も思っていないタイプの人間である。とはいえ、現状に甘んじて嘆息を漏らすだけの人間もキライなので、彼なりの哲学は持っているようだ。

「戦争が無くならないなら、今よか減らしゃあ良いんじゃねえの?」

減らす為に今できること――それがこの“交渉”に托されている。彼女が何故光の民の殲滅にこだわっているのかを知らねば、話は進まなかった。しかし、その質問は次のような質問で切り返された。

「では、訊こう。世界を二つ作るならば、民はどうなる?」

「え?」

リョウとセイは顔を見合わせた。教養の無い二人には、流石にそのような高度な仮説を立てることは適わなかった。

「恐らく、」

困惑している双子の勇者を見兼ねて、リノロイドは予め用意しておいた回答を口述した。

「寿命の短い光の民は戦を忘れ、魔法を忘れ、“神”をも忘れるだろう」

これはあながち否定できないので誰もが無口になった。この双子の勇者はさておき、現に、光の民は魔法を得意としていない。これは、通常、魔法の習得にはかなり多くの時間を費やす必要があり、寿命の短い光の民には馴染まない文化である為だ。

「逆に、寿命の長い闇の民は『神』に近付こうとするだろう。魔法の技術は刷新され、シナリオ(神の意思)を読めるようになるものも多く現れ、いずれは民が『神』を脅かす存在になり得る。そうなれば『神』は民に罰を下すだろう」

こちらの彼女の仮説は、今すぐ検証するのは適わない。現状で双子達が素直に納得できるものではなかったが、彼女の読み解いた『シナリオ』ではそうなっているのかも知れない。

「勿論、光の民を殲滅すれば、闇の民も流石に私を許さぬだろう」

リノロイドはフィアルを見た。

「つまり、」

フィアルが代わりに言った。

「オレが貴女を“諸悪の根源”として断罪すれば、闇の民は戦を嘆き、自主的に魔法を封印し、神の怒りを買う事も無い――といったところか」

確かに、闇の民の行く末を案じる魔王としては、無視できない重要論点かも知れなかったが、

「何か、釈然としないな」

フィアルさえもそう思ったのだから、リョウとセイはなおさらだった。

「そりゃそうだ」

特にセイは、抽象論の連続に飽きてきていた。

「未来の事なんて、今話してて分かんのか?」

彼女のように『シナリオ(神の意思)』を読み取れるわけでもなければ、こうして議論している自分達だってそのうち死んで現場からいなくなるのだ。未来のことは未来の民に譲ったほうが合理的だとセイは思う。

「それに、」

セイと比べると、リョウはもう少し「現在」寄りだろうか。

「神サマって、そんなに悠長な奴じゃないと思う」

そして、リノロイドをしっかりと見据えて言った。

「きっと、多分、貴女が一人殺して傷付く度に、神サマも悲しんでるんじゃねえの?」

いかにもリョウらしかったので、セイもフィアルも口元を緩めたところである。


 ――つくづくランダを髣髴とさせる奴等だ、と魔王は思う。預言など、聞こえぬ内が幸せに違いない。

 あえて“魔王”などと呼ばせて、「悪」に徹して生きなくて済んだだろう。

 ”勇者”の甘い囁きに乗じ、歴史の趨勢に身を委ねることもできただろう。

「どうやら、」

リノロイドは、一度強く吹き付けてきた秋風が通り過ぎるのを待って、切り出した。

「相克をせねばならぬようだ」

(2)

 “相克”という言葉の意味を知らない双子達は、互いに顔を見合わせるばかりだったのだが、リノロイドが杖を召喚したので、これから何をするべきなのかの凡そを掴む事ができた。

「今一度、剣を取るのだ、“勇者”よ」

似たようなセリフを先程聞いたのだが、それと比較すると、魔王の口調は随分穏やかである。

「生き残った者が正しき者。歴史は常にそれを証明してきた」

「待てよ!」

この期に及んで何故戦うのか、とフィアルは戸惑いを隠しきれない。まして、彼女は副脳を自分に施さなければ戦えないほど臆病な人物だ。よほど『シナリオ』とやらは、想像よりも残酷な未来をリノロイドに垣間見せているのだろうか。

「未来が分かるなら、オレに教えろ! 今分かっていれば、変える事だってできる筈だ!」

そう言って母親に食って掛かったフィアルを、意外にも、リョウが制した。

「いやこの際、決めてもらおう。『神様』とやらに」

戸惑いの表情を見せたフィアルに、リョウは指を鳴らして見せた。

「残念ながら、彼女と違ってオレ達には『神様』の声が聞こえないんだ。だから、こうすることが一番正しそうな答えを導く手っ取り早い方法なのかも知れない」

リョウはラハドールフォンシーシアを召喚した。

「そりゃあ確かに凄く怖えケド、こっちだって、言い出した手前だし。オレ達のやろうとしていることが本当に世界にとっても良いのか、それとも、ホントは悪いのか……それを確かめたい」

世界の行く末の為に、命を賭けて、最終聖戦に臨むのも悪くは無い――リョウは、そう思ったのだ。

「たいそうな博打だな」

少しだけ笑ってそう言ったセイが、アミュディラスヴェーゼアを召喚した。

「面白そうだ」

例によって上から乗り込んできたセイだが、ハナから彼は兄に便乗するつもりだったのだろう。そんなことは口が裂けても言わないだろうが。

 

 白い煉瓦の上に『勇者』と『魔王』が対峙した。

「お前達の得てきたチカラの全てを私にぶつけるが良い。」

リノロイドは、四肢に封印させていた“四大元素”を司るチカラを解放する為の詠唱を開始した。

「じゃあ、使うしかないな」

“四大元素”に通じているリノロイドに対抗する手段は一つ。“絶対元素”の合成呪文である。未だ成功した事のないこの呪文が、一体どういうものなのかもよく分からないのだが。

「ダメだ! リスクが大きすぎる!」

フィアルは反対する。確かに、絶対元素合成呪文の生み出す莫大なエネルギーは、魔王に対抗する手段としては最も有効であろう。しかし、“絶対元素”は互いに関わり合う事は決してない独立した元素である。あえて合成しようとするユーザーには容赦なく制裁を与える。

「その時は、リノロイドの<テーゼ>に負けたってコトだな」

淡々とセイが言って、リョウも一つ頷いた。世界を変える為には、どうしてもこの呪文を成功させなければならない、という気がするのだ――ひょっとすると、これこそがいわゆる『神の意思(シナリオ)』なのかも知れない。

「どうしても、あの呪文を使うのなら……」

フィアルはセイを見た。セイは、リョウに言っておかなければならないことがあるだろう。その沈黙は暗にそれを促していた。

「(そうか)」

それに気が付いたセイが一度兄を見た。そう、“絶対元素合成呪文”という超上級呪文の成功に必要な程度の膨大な量の闇属性魔法分子を扱えば、セイ自身が何とか保っている光属性の魔法分子量を完全に中和させ、打ち消してしまうだろう。つまり、

「(これで、“お別れ”かもな)」

この兄弟の永遠の別離も意味している。

「何さ?」

当然、リョウは知らない事である。知らないで良いとされていた事である。

「リョウ、」

セイが口元を緩めた。

「……ヘマしたら、とりあえずぶっ殺すからな」

しかし、セイの口からはいつもの毒しか出てこなかった。

「勿体付けて言う事かよ!」

「何せお前にゃ前科があるからな」

それは先日のフェンリルとの戦いでのリョウのミススペル(失敗呪文)を指していた。

「いい加減忘れろって!」

「忘れてやるからお前の低能菌譲ってくれ」

「この野郎!」

いつもの双子達の口ゲンカを、フィアルは制し切れずにいた。

「(リョウちゃん、セイちゃん、オレはな、……)」

――行かないで欲しかったのだ。行ってしまえば、もう二度とこんな日常が戻ってはこないような気がしたのだ。

「フィア、」

よほど深刻な顔をしていたのだろう。フィアルは、リョウから声をかけられてしまった。

「心配するなよ。きっと、上手くやって見せるから」

今となっては、リョウの力強い言葉に希望を託すしかなくなっていた。フィアルは何とか微笑んだ。

「ああ。頼んだぞ、二人共」

何とか気持ちを落ち着けて、笑顔で送り出そうと決めたのだ。

「任せとけって!」

ニッと笑みを返して前へ歩み出たリョウ。その後ろをセイが行く。いや、彼は一度フィアルを振り返った。

(じゃあ、な)

と、彼の唇が動いた。

「セイちゃん……!」

“せめて、余生くらいは有意義に使わせろ”と言っていた彼の残像が、フィアルの脳裏を掠めていく。

「そっか」

満足そうなセイの表情を見ていたフィアルの笑顔は、決意も虚しく、どんどん悲しみに歪んでしまった。

――背を向けて涙を拭ったフィアルは、彼等の最後の戦いを見守る為、その場を離れた。

(3)

 『我が名の下に、そのチカラを示し給え』

リノロイドが呪文の詠唱を開始したのを受け、リョウとセイも詠唱を始めた。

『光よ――その掃滅のチカラを経てここに降臨せよ!』

『闇よ――その殲滅のチカラを経てここに降臨せよ!』

双子達の詠唱は図ったように一致した。

 ラハドールフォンシーシアとアミュディラスヴェーゼアという二つの神剣が世界中から絶対元素をかき集めてくる。

 神剣を支える双子達に圧し掛かる負荷が刻一刻と強さを増してくる。その境界でせめぎ合う“光”と“闇”は、触れるや否や摩擦抵抗を始め、光と音を発生させている。

『楽園に轟く終幕を告げる鐘(エデンズロスト)!』

リノロイドの四肢に集まる闇魔法分子の量も半端では無い。天地に伸びて広がった魔法分子が彼女を包み込むように纏わり、その波動の強さで彼女自身が宙に浮いてしまうほどだ。そのはるか上で、炎・水・風・大地の4つの属性を帯びた魔法分子が、複雑且つ巨大な結晶を作り出している。あたかも恒星のような魔法球は、彼女の詠唱とともに白い煉瓦を消し飛ばし、エリプシスの石柱を薙ぎ倒して、『勇者』へと伸びてきた。

『絶対元素合成呪文(アンチテーゼ)!』

双子達の詠唱と同時に“光”と“闇”が、それぞれ『魔王』に向かって伸びる。それは何とかリノロイドの放った巨大な結晶をすんでの所で塞き止めることはできているが、合成呪文としては失敗だった。リョウとセイの間で、莫大な量の絶対元素同士が退け合おうと斥力が働き、その力が双子達にも負荷としてかかっていたのだった。

「痛ぇ……っ!」

リョウも思わず苦痛に顔を歪めた。リノロイドが放った魔法球に押し返されるチカラと、セイの闇魔法分子に押し返されるチカラの二重の抵抗がある。その抵抗に耐えようと、神剣・ラハドールフォンシーシアが光魔法分子を必要としているので、神剣自体がやたらと重たく、その柄を握りしめるリョウの手に吸い付いてくるような感触が痛い。

「ぐっ!」

今、セイの手首を何かが貫いていった。対峙している魔王や真横に並ぶリョウが召喚した魔法分子の斥力に押し戻された闇魔法分子がセイ自身を傷付けるのだ。周囲の闇魔法分子は大変利口で、ここ半年足らずで即席の闇属性のユーザーとなったセイよりも、生来闇属性を持っていたリノロイドの方に帰属してしまう。しかも、ここでセイが魔法分子を召喚せんと詠唱を重ねてしまうと、最早、間違いなく――

『闇よ……』

いや、セイに迷いは無かった。噴き出す血液に構う余裕など無い。詠唱を続けて、何とか魔力を上げ、闇魔法分子を何とか手元に集結させなければならない。

「(頼む……持ち堪えてくれ!)」

これは何としてでも成功させねばならないのだから。

 「……!」

セイが魔力を上げた分、リノロイドにも負荷がかかってきた。

「流石だな、『勇者』達よ」

しかし彼女だって、彼女が愛する闇の民の為にも、負けるわけには行かないのだ。

『我が声に応えよ!』

リノロイドも魔力を上げた。

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