第63話 マスカレード(3)

(1)

 セイと思しき鉄仮面の剣士は頭を抱え込んでその場にうずくまってしまった。戸惑ったリョウは、詮方なくして立ち尽くしてしまう。

「リョウちゃん?」

解放の光を撃つなら好機であると判断していたフィアルは、リョウを振り返り呪文を促すが、当のリョウは首を横に振る。およそ半年、彼がセイと共に旅をしてきて何となく分かった「空気感」に拠ると、

「(あれじゃ、耐えられない!)」

というのが、リョウの判断だった。詳しい理論はさておき、副脳を取り除くチカラは強烈な正のチカラである。“闇の加護”を備えている上、気に入らなければ釈迦だろうが閻魔だろうが叩き潰す(!)逞しい精神力をしての、今の弟と見られる男の苦しみようを見るに付け、これでは正のチカラによる浄化のショックをもろに引き受けかねない。

「(正解だろうな)」

と、言うにも言えずにいたが、リナは慎重に鉄仮面の剣士の容態を確認した。意識の混濁というよりは、激しい頭痛であるようだ。その点の分析は、リョウの方が早かった。

『状態回復呪文(リカバー)!』

とにかく頭痛の緩和を急いだ呪文である。しかし、その回復の光は鉄仮面の男に全て届く前に、彼の手により打ち消されてしまった。

「違う……オレは……!」

セイと見られる男は、リョウに真っすぐ腕を伸ばした。

「魔王軍第三部隊副隊長・ラディオン!」

漸く名乗りを上げたかと思えば、彼の手からは一気に幾つもの魔法球が放たれた。

「うっ!」

防御を忘れてしまっていた為、リョウは幾らかをまともに受けてしまったが、

『光よ、』

今、何をすべきかを、リョウは分かっていた。詠唱に祈りを込めて、解放の光を神剣・ラハドールフォンシーシアに導く。

『彼の者を邪なる患いから解き放ち給え!』

リョウはラハドールフォンシーシアを召喚した。

「これ以上、魔法使うな! 体壊すぞ!」

リョウは光を湛えるその白き剣の刃を鉄仮面の男にかざした。

「黙れ!」

そう一喝した男が剣を召喚する詠唱を唱えた。光を相殺する闇である。

『召喚・アミュディラスヴェーゼア!』

かなり強力な負の闇魔法分子を帯びた黒き刃の召喚は、この鉄仮面の男が間違いなくセイであることを裏付けていた。状況判断は頓に容易となる。

「(剣では不利だ!)」

リナは息を呑んだ。リョウも剣の腕は確かだが、セイに勝るものではない。

「(あのチカラをまともに受けたら、リョウが無事では済まない!)」

相手がセイであると確信できたこともあり、リナやフィアルは接近攻撃に下手に手出しし辛くなっていた。止むを得ず、フィアルがリョウの張る簡易の結界呪文(バリアー)を補強し、リナはセイの闇魔法分子を減殺する呪文を唱えた。

「セイ、コラ聞こえてんだろ!? 剣収めねえとテメエのそのクソひねくれた性格ごとぶった切るぞ!」

どさくさに紛れて日頃の憂さを晴らしつつ、リョウはジリジリと間合いを詰めた。

「黙れ! 我が名はラディオン。セイなど知らん!」

“ラディオン”は挑発に乗りそうもない。“できれば奴の毒ごと剣技まで引き去ってほしかったなあ”、と小さく吐いたリョウの嘆息が漏れたところである。

 風が戦ぐ。音を立てた森の木の葉のさざめきが戦慄を運んできた。魔法分子の属性が風属性に当たるリョウにやや分がある状況で、二人は同時に飛び掛かった。

――左から、もう一度左から来て、右へ流れる剣の軌道を、リョウが何とか防ぎきって、一度互いに間合いを探る。リョウとセイの神剣同士が激しく反発し合い、剣を打ち込む毎に光と熱と音が森に共鳴する。その一方、加勢すべきリナとフィアルが手出しをためらう程、静謐な空気がこの一帯に張り詰めている。

 しん、と森が静寂に包まれた。風が止んだのだ。すぐにセイが先手を打つ。黒く冷たい凶刃が澄み渡る森の息を劈開していった。

「(――下に、右に、と来て、右、下、左、右……?)」

右を打ち込まれると思っていたリョウの視界から、セイの剣が消えた――読み間違えたのだ!

(2)

 リョウは思わず身を竦めてしまった。

 故郷・レニングランドでは、この判断ミスは左肩の青痣だけで済んだが、今回はそうは行かない。左腕は失うか、回復呪文で辛うじて繋がるか。一気に血の気が引いたリョウだったが、しかし……

「ん?」

リョウは恐る恐るセイを見た。

「くっ!」

セイの剣先が、防御したリョウの左腕の前でピタリと止まっている。

「セイ、生きてる?」

「……黙れ!」

恐らくこの言葉はリョウではなく、セイ自身の自我に放った言葉だろう。それにしても、かなり頭痛が酷いのか、“ラディオン”は神剣を解除してしまった。

「(リョウの光魔法分子の浄化作用が、セイの副脳に幾分届いたようだな)」

それに加えて、セイ自身が生来強い精神力を備えていたことも大きい。リナは祈るような気持ちで双子達を見つめた。

「ウルサイ……!」

とうとう、立っていられなくなったセイの身体をリョウは思わず支えてしまう。

「大丈夫か?」

「触るなっ!」

セイはリョウの腕を払いのけ、再び間合いを取った。

「勝負は……預けておく」

セイが握りしめた拳の中には、妖しく光る指輪があった。テレポートリングである。

「待てよ!」

リョウがセイを止めにかかるよりも、セイにテレポートリングを使われる方が早かった。

「(テレポートリング!)」

随分周到な用意がされていた事に、リナは驚いた。

「アレスか」

リナとフィアルが同時に呟いた。

 ――雨の匂いがツンと来て、森が一斉に泣き声を挙げた。

(3)

 秋雨がそぼ降り、アンドローズの大地から熱を奪っていく。

 この雨さえ過ぎれば、いよいよ収穫の季節である。とはいえ、戦争の為に次から次へと国家に動員されるお百姓方を、何処の行政機関も補償してはくれない。レジスタンスの動きはますます活発化しそうだ。

 「アレス殿が、“ラディオン”を使用した模様です」

ファリスからの報告に、時の魔王は「意外だったな」と呟いた。

「まあ、あのアレスが私怨を晴らすと思ってはいなかったが」

使うとしてもサンタバーレ遠征の頃だと、彼女は思っていた。

「大丈夫でしょうか?」

ファリスの懸念は、副脳の持つ欠陥だ。以前ディストに使用した際、原因不明のバグにより、副脳による洗脳が解除されてしまったこともあり、彼女は副脳の使用そのものにやや消極的だった。更に、副脳は装着者の精神力に大きく作用されるものである為、

「彼の精神力を考慮すると、かなりの量の脳内麻酔を投与しない限り、副脳が自我に押し潰される危険もあろうか、と存じます」

という不安材料もあった。

「“ラディオン”の能力は、軍のアタックラインにかなりの効用をもたらしてくれる期待もあるだけに、ラディオンの出動はもっと限定的に行うようお伝えすべきでしょうか」

ファリスの優先事項は国体維持の方にある。つまり、主君の安全の保障である。活発化しつつあるレジスタンス達の動きを考えると、リスクの高い“ラディオン”の戦力は、彼への監視が行き届く前線の為に確保しておきたいのだ。

「結果として、ランダの子孫が潰えれば良い」

しかし、当の君主はランダの子孫に強い警戒心を持っていた。

「ランダの子孫達は“神の意思(シナリオ)”に背く者。一刻も早く世界から排さねば、我等が闇の民に安泰は来ない」

――例え、歴史に『悪の女王』として刻まれようとも。

「リノロイド様……」

ファリスは心を痛めた。例えその感情がダイノ計画によってプログラムされた「心」でしかなくとも、

「貴女の理想の世界が訪れるまで、私共が総力を挙げてお守りいたします」

彼女は主君に忠誠を誓った。


 一方、

「極めて危険な状態です」

魔王軍第三部隊本部基地の集中治療室に秘密裏に運び込まれた戦士の容態を厳しい表情で見つめた医療スタッフが、部隊隊長・アレスに困惑の表情を投げた。

「分かっています」

思わずアレスも口調が尖る。信じられないのだ。今、目の前で計器が冷徹にはじき出した残酷な数字が。

「脳内麻酔に拒絶反応を起こした光魔法分子がみるみる散逸しています。この半日が峠でしょう」

原因は、と切り出した主査が更なる衝撃を齎した。クランケからはじき出される弱弱しい数値に視線を落としたアレスは、「皮肉なものね」と呟いたという。

「このまま治療を継続しますか?」

スタッフの一人がアレスに確認した。

「彼は、……ですよね?」

ここにいる医療スタッフの殆どがアリスの部下であった者達である。アレスとしても、ここで迂闊な返事をすると、全体の士気を避けかねないことは判っていた。

 返事に窮していたアレスであったが、幸か不幸か、事態は急変したのだった。

「……痛っ!」

アレスの左腕に皮膚を弾くような痛みが走った。彼女は思わず白衣の左袖を捲る。

「これは!」

アレスの左の肘辺りから掌まで、何か紋様を刻みながら青白い光が浮かび上がってきていた。アレスには、この現象に心当たりがあった。だからこそ、余計に戸惑うのであった。

「アレス殿!」

医療スタッフが狼狽し始めた。というのも、アレスと同じ青白い発光体が、今にも息絶えそうな患者の左腕にも発現していたからだ。

「光魔法分子の散逸が止まりました! 数値の下降も止まりました!」

「状態回復呪文(リカバー)? それよりももっと強い回復の波動を感じます! アレス殿、これは一体……」

私見を求められたアレスは、このように回答した。

「全回復呪文(リジェネレート)が発動しました。これは、」

曰く、

「いわば、アリスの加護です」

――場が騒然となったのは、記すまでもない。

(4)

 夜になり、雨脚は更に強まったが、フィアルが以前にレジスタントとして活動していた時期に使っていたという洞窟を見つけたリョウ達は、そこで雨を凌ぐことが出来ていた。

 

 サンタバーレ遠征まで、あと10日を切っている。それまでには、何とかリノロイドと接触しておきたいが、その前に、セイを取り戻さねばならない。今回、セイの奪還に失敗したことが、アレスにどういう印象を与えているかは気になるところだった。

「アレス殿は、フィアルさん達がアンドローズ城ではなく、第三部隊本部に攻め込んでくることを懸念しているようです」

自分がフィアルと繋がっていることをアレスには悟られているかも知れない、と話した上でヤカは次のように説明を補った。

「実際、第二部隊は左辺(第三部隊本部側)のガードを強化するよう命じられました。今は、城よりも第三部隊本部に侵入する方が難しいかも知れません。ただ、」

不思議なのは、サンタバーレ遠征で使用すると見られていた“ラディオン”を、アレスが、このタイミングでリョウ達に対して使用に踏み切ったことだった。

「確かに打診はしましたが、正直、アレス元帥がそれを受け入れるかどうかは微妙なところだと思っていました」

とヤカも首を傾げた。魔王軍としては、“ラディオン”の戦力はランダの子孫達に向けて使うよりも、サンタバーレ遠征で利用した方が効用は高い。この場で思いつきそうな計算ぐらい、知将・アレスなら当然承知のことであろう。

「アレス元帥が、ラディオンの使用に何らかの有効性を見出しているのだとすれば、遠征前にもう一度、皆さんと接触がある筈です」

そう言い残し、ヤカは然るべき場所へ戻って行った。


 行く手は雨。雨は止みそうも無い。

「今は機を待て、と?」

フィアルは闇を仰いだ。

(5)

 集中治療室を退出したアレスを待ち構えていたヤカが、二階へと続く非常階段の中腹でアレスを呼び止めた。

 「貴女の案を採用させて頂きました」

ヤカが切り出す前に、そんなことを律儀に伝えてきた元帥の表情は、何時にも増して読み取り難い。

「……有難うございます」

そこはヤカも素直に頭を下げた。何処と無く緊張している空気を読んだアレスが、また先に切り出した。

「期待通りに、ランダの子孫達がアンドローズに赴いてくれるかどうかまでは、定かではありませんが」

アレスは淡々とそれだけ言うと、行き過ぎもせず、じっとヤカを見つめていた。こちらの動向を見守っているようでもある。この元帥に全てを見通されていることくらい、ヤカだって察しはついていた。今更、恐れは無い。何ら展開の無い当たり障りの無い会話に飽きたのか、アレスが先に攻撃を仕掛けてきた。

「皇子はお元気そうでしたか?」

元帥のその言葉は決定的だった。やはり、アレスは全てを知っていたのだ! ――ヤカは予想される攻撃に備え、思わず身構える。

「何のことでしょう?」

白々しいが、貫き通すしかない、とこの幼き兵も心得ていた。彼女とて、隠し事には慣れている魔王軍第二部隊の構成員であったが、まるで刃のように、しんと張り詰めたアレスの殺気が空間中に漂っているこの状況下では、何が契機になるかは分からない。

 一触即発である。と、思われた。

「フフ……失礼しました」

しかし、意外にもアレスは口元を緩めて、すぐに殺気を解いたのだ。

「第二部隊の隊長を任されている貴女の力量に、多少興味があっただけです」

アレスはそう言うと、まだ戸惑っている少女にもう一つ微笑みをくれた。

「彼等は貴女達の思惑通り、必ずサンタバーレ遠征までに、捕えたランダの子孫を取り戻しに第三部隊本部に乗り込んでくる事でしょう」

念には念を入れて“ラディオン”に鉄仮面とテレポートリングを装備させておいたのが功を奏したようだ、とアレスは言う。

「現在、兵は第三部隊基地周辺を中心に配備を完了しております」

ヤカは淡々と報告した上で、次のような打診をしてみた。

「先手を打って、アンドローズ市門や城下へシフトした方が良いでしょうか」

ランダの子孫達にとってなるべくローリスクで第三部隊基地に潜入し、セイを奪還し易くできるよう、ヤカは第三部隊基地周辺の警備を甘くしておきたかったのだが、

「いいえ、」

とアレスに先回りされてしまった。

「この基地ではランダの子孫達を迎撃する準備が整いません」

ランダの子孫達が乗り込んでくることを想定し、それを迎え撃つ準備を進めているアンドローズ城へと誘導しなければ、結果的に魔王軍に甚大な被害を及ぼす恐れがある――アレスはこのようなことを述べた。

「引き続き、第三部隊基地周辺の警備をお願いします」

そう上官から畳み掛けられると、ヤカはもう呑むしかなかった。

「承知いたしました」

やはり打つ手は無いのか、と肩を落としたヤカは、まだあどけなさを残すサファイア色の美しい左目を伏せた。

 何ら収穫の無いまま、配置に戻ろうとしたヤカだったが、一度、アレスに呼び止められた。

「いかなる不幸な経緯があって、貴女がこの魔王軍に入隊しているかをあえて問いはしませんが、」

と前置きしたアレスは、ヤカの宝石のように美しい左の碧眼と、大きな傷に押し潰された痛々しい右の眼を見据えて続けた。

「貴女には魔王軍第二部隊構成員と、彼等の家族親類縁者の命が預けられています。人類史上最大級の規模で展開する次のサンタバーレ遠征を直前に控えているこの時期に、些細な事で貴女を失うわけには行きません。今言った意味の事は十分理解するように、ここで忠告しておきます」

以後の行動に十分注意を払うよう、アレスはヤカに釘を刺しておいた。

(6)

 見張り交代の時間である。

 リョウは眠っているリナを起こさないように、なるべく小声でフィアルを起こす。

「ああ、もうそんな時間か」

フィアルはゆっくりと起き上がった。実は、彼は一睡も出来ずにいた。起こしにやってきたリョウには、いつもよりも目覚めが良さそうに見えているだろうか。

 

”――なるべくなら、戦わずにいたいわね”


別れ際、そう言って目を伏せたアレスの顔が、ふと横切って、消えた――きっと彼女は、こうなることを覚悟していたのだろう。

「フィア、寝てないんじゃない?」

見張り交代から暫くあって、横になっていたリョウが話しかけてきた。

「昔の仲間と戦うの、やっぱ辛いんだろ?」

つくづく、「低能」なんて言ったら失礼なくらい、リョウは気立てがいい。

「おにーさんも考え事が多くてね」

フィアルは、リョウまで睡眠不足に巻き込まないように、笑った表情を返した。

「アレスとは、やっぱ仲良かったんだ?」

「まあ……口ゲンカする程度には喋ってはいるよ」

サラサラと雨水の流れる音が洞窟に響く。ひんやりとした洞窟は、火を焚かないと風邪をひきそうなくらい寒いのだが、焚火をするわけにもいかない為、リョウはなるべくカンテラの火の傍に寄る。

 「一体、何考えてるんだろうな、って思う」

いわゆる“夜の魔力”の所為だろうか、フィアルの口をついて出てきたのは本音だった。今にもランプを抱え込まんばかりの寒がりのリョウを見兼ねたフィアルは、自分の外套をリョウに渡して、切り出した。

「アレスの、考えてることが分からない」

いざ敵となると、よく見知った者の動向も分からなくなるんだな、とフィアルは自嘲気味に笑って見せた。なお、フィアルがリョウに渡した黒地にカラフルなステッカーが張り巡らされた広めの外套は、どうしても返還も処分もできずにいた魔王勅命軍の制服である。

「まぁ、特に、アレスみたいなヒトはそうなんだろうな」

リョウはその外套を頭からすっぽり被って続けた。

「オレの好きな人もさ、オレには到底考えも付かない世界観で生きてるヒトなんだ」

まさか、リョウの「好きなヒト」というのは“人魚”であるという事など、フィアルは知る由もない。あまり具体的な想像ができずに、フィアルはリョウの話を聞いていた。が、

「“好きだ”って言ったら、記憶消されちゃった」

「え!?」

やはりこの男、ただの光の民の少年ではない!―――思わぬリョウの壮絶な恋愛経験に、フィアルは仰け反って声を上げた。

「“じゃあ、記憶を消していいよ”って言ったら、また困らせちゃって……オレもう、何べんもそのヒトにフラれてるんだけど」

リョウの大きな溜息が聞こえてきた。あいにく彼の表情は、頭から被っている外套で分からない。やがて、リョウは、次のように結論付けたのだった。

「女のヒトって、ホンっトに分かんない!」

ああ、とフィアルは同意した。その後で、野郎二人の目は自然の成り行きで、一度リナを捉えていたのだが、彼女はよく眠っているようだった。

「うーん、“人に歴史あり”ってよく言うけど、その通りなんだねえ」

ただ、今のフィアルは自分とアレスのことより、リョウの極めて特殊な恋愛沙汰の整理で手一杯だったのは記すまでも無い。

「ま、オレ達野郎には永遠に分からないテーゼなんだろうなァ」

リョウの呟きは何だかとても正しくて、フィアルも溜息をついた。

「分かっていると思い込んでるのは、少なくとも知りたいと思っているからなのかもな」

それぞれ想う女性が脳裏を過った為、一度沈黙と静寂があった。しかし、リョウとフィアルが目を合わせた瞬間、最早それは永く続くことは無かった。

「何だよ、この身も蓋もない会話!」

のた打ち回るフィアル。

「何哲学やってるんだよ!」

ワケも無く赤くなるリョウは、とりあえず傍らのフィアルをドツキ回すしかなくなっていた。

「見ろよこの鳥肌っ!」

「今絶対、詩人か何かの霊が憑依したんだって!」

「どっちかって言うと今オレの方が成仏したいよ!」

暫く、洞窟は未成熟の野郎共の喚き声で騒然となっていたようだが、

「……寝ろよ」

と、リナが眉を顰めたとか。

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