第62話 マスカレード(2)

(1)

 「首尾はどうでしたか?」

アンドローズにある、魔王勅命軍第三部隊本部基地――そこですべての指揮を取っているアレスの元に、第二部隊隊長のヤカが召喚されていた。

「はい。……」

ヤカは現状を「異常なし」と報告をした後、ターゲット(勿論、リョウ達のことである)がアンドローズ城下町に立ち寄る様子も無いので、このまま町に部隊を配置するよりも、先のサンタバーレ遠征の前線に赴く準備に入りたい、と願い出てみた。

「いいえ」

これが元帥・アレスの判断である。少なくとも遠征直前までは、アンドローズ城で“勇者”を迎える準備期間が必要であることを彼女は強調した。

「アンドローズ城の最中枢部では、ランダの子孫を迎える手筈を整えているようですが、できれば後10日間余りを使って、第二部隊の精鋭達で彼等のチカラを殺ぎ落としておいて欲しいのです」

それが我が軍の勝利可能性を高める最善の方法である、との元帥の言葉に納得の表情を返して、ヤカは一つ切り出してみた。

「ターゲットをアンドローズにおびき寄せる、格好の案があります」

首を傾けて確認するアレスに、ヤカの凛とした声が答える。

「こちら側が回収したランダの子孫の片割れを、ターゲットにけしかけてみるのはどうでしょう?」

確かに魔王軍第二部隊は精鋭揃いであるが、ランダの子孫やその同志、そしてヴァルザード皇子と戦って勝つ程の手練はいない。ある程度の犠牲は計算しておかなければならなくなるだろう。しかし、それをせずに、回収したランダの子孫をターゲットにけしかければ、来る大遠征に投入できる第二部隊の実力を減殺せずに、ランダの子孫達のチカラを大きく殺ぐ事ができる――

「ターゲットは仲間を奪還せんと、アンドローズに乗り込んでくるに違いありません」

ヤカは見通しを述べた。

「成程、間違いありません」

表情を隠したまま、アレスはヤカの説明を聞いていたが、

「考えておきましょう」

と、それだけをヤカに告げた。「宜しくご検討ください」と言い残し、ヤカは魔王軍第三部隊本部を後にした。

 「(何故、)」

アレスは正直、驚いていた。

「(何故、あの子は“ラディオン”のことを知っているのかしら?)」

“ラディオン”の存在は公にはなっていない。同じ第三部隊の人員すら知らない事実である筈だ。

「(知っているとすれば……)」

魔王・リノロイド、その側近のファリス、ランダの子孫とその仲間達――ふと、アレスは顔を上げた。

「(ヴァルザード皇子)」

確か、失踪中のヴァルザード皇子、もとい、フィアルが一緒にいる筈だ。

「――そういうことですか」

アレスは配置に戻る第二部隊隊長の小さな背に不敵な笑みを投げかけると、私室に戻った。

(2)

 此処数日の間に、世界は騒然となっていた。

サテナスヴァリエ(魔族専住地)はサンタウルス(人間居住区)に対して、新たに宣戦布告をしたのである。

 この宣戦は、ランダの子孫のアンドローズとの和解条約の締結を信じていたサンタバーレに大きな衝撃を与えた。そして、勇者の再来に強大な期待をしていた光の民達を、また来る戦火の絶望に晒していた。彼等の悲鳴のような祈りの声が日に日に高まりを見せる中、サンタバーレは民達の混乱を沈静化させ、士気を高める為に全力を尽くしていた。

「諸君、知っての通り、サテナスヴァリエが我々に宣戦布告した」

第二国王・元帥サンタバルト3世が声を張り上げる。

「しかし我等が勇者は、あの闇の大陸に乗り込み、未だ我等光の民の為に戦ってくれているではないか!」

大きな歓声が上がった。

「我々も勇者達の大いなる意思を受け継ぎ、戦う彼等の為、母なる地・サンタウルスを守り抜かねばならない!」

今はまだ絶望の時ではない。ここで我々が結束し、そして戦わなければ「平和」を語る資格など無い――最後の聖戦への緊張の高まりは、サンタウルスの民達に着実に浸透しつつある。

「我々は、勇者と共に剣を取り、勇者と共に剣を捨てよう!」

そんな中、サンタウルス正規軍の士気は最高潮に達していた。

(3)

 サテナスヴァリエ上陸から一週間経った。

 リョウ達は、これからアンドローズへと時間をかけて上陸する予定だ。

「腕、大丈夫?」

回復術者(ヒーラー)・リョウは、少しだけ残ってしまったフィアルの左腕の傷が気になっていたが、

「もう問題ないよ。魔法分子も完全に充填した」

フィアルはニッと笑って頼もしい返事をくれた。

 昨夜、ヤカの方から、一度、アレス元帥にセイを使うべきと進言した旨、報告があった。彼女曰く、アレスはセイを使う事にかなり慎重であるようだ。ならば、多少のリスクを冒しても、セイが魔王軍の一員として前線に送り出される前にアンドローズに乗り込まねばならない。リノロイドと戦う前提を否定しているリョウはさておき、フィアルとリナは、彼女との“交渉”にどうしてもセイの“闇の加護”が必要だと見ている――時間が惜しい。

「セイちゃんのコトが公になっていない以上、第二部隊が張り込んでいるのは、きっと城の周辺か城下町だろう。第三部隊本部の張り込みはそう多くは無いだろうから、意外と戦わずに済みそうなんじゃないかな」

フィアルは、ヤカに言われた通りのことをリョウとリナにも伝えた。

「その代わり、アレスがいるな」

リナは溜息をついた。知将・アレス――修道女から、史上最強の魔王軍の元帥にまで上りつめた女性である。一体どう出てくるかは全く読めない。

「アレスか」

リョウはジェフズ海の魔王軍基地での戦いの時に一度しか会った事は無いが、人伝(ひとづて)には色々聞く。“一万の兵で十万の兵を撃ち落とす能力がある”とか、“彼女が指揮した戦いは全て魔王軍の勝利に終わった”というのは有名な武勇伝である。“繰り出す魔法は回避し難く、威力も抜群”で、“エリートキャリアウーマン”というのが共に戦っていたフィアルの率直な見方である。戦いを通して知り得たこととしては、“孤児院出身の功徳のある元修道女”、“妹思いの優しい姉”ということだろうか。

「もしもアレスと戦わざるを得なくなったら、これは相当厄介だな」

直接アレスと戦った事のあるリナにはよく分かる。即ち、余力を残して戦おうとすれば、必ずそこを突かれて痛い目を見る。当然、余力を残して戦わないといけない為、大ダメージは想定しておかなければならない。

「その時は、」

何時に無く険しい表情を覗かせてフィアルが言った。

「オレに任せてくれないか?」

フィアルにとってアレスとは、志は違えど、少し前までは共に戦った仲間である。だからこそ、為さねばならない事がある――とフィアルは思っていた。

「フィア、」

リョウがフィアルの肩を突付き、小さな声で囁いた。

「ひょっとして、コクハク?」

「違うって!」

苦笑したフィアルは、傷の浅い内に野暮な横槍を排除せんと、念入りにリョウに絞め技をかけておいた(100kg重)。

 

肌寒い風が吹く、すっかり秋の色をした森。ゲリラ戦が予想される為、何度か飛空艇に戻る事もあるかもしれないが、なるべく多くの食糧と医療品は携帯しておく。

「リョウは出来るだけ光魔法分子を抑えておいて。サテナスヴァリエだと、やたらと目立つから」

以前は全く生気の無かった森だとは思えないほど、強力な闇魔法分子が生物を引き付けていた。それは光の民であるリョウにはかなり大きな圧迫感として捉えられていた。

「了解」

この不安感は、恐らくリナやフィアルがサンタウルスで感じていたものと同じだろう、とリョウは思った。

「じゃ、行きますか」

フィアルが先頭になって歩く。リョウはリナの後に続いた。


 久しぶりにリョウが装備した真剣は、ズシリと重い。それは出発前に、リョウが弟に託した、父・セレスの剣である。リョウとしては、積極的に抜く気のない剣であるが、「寄越せ」と言われた時に渡せるように準備をしておかなければ、と勝手に思っているのである。

(4)

 リョウが器用を生かして極力光魔法分子を抑えていた甲斐があって、殆ど魔物と遭遇することなく、半日が過ぎようとしていた。

 リョウ達の位置から、遠く、アンドローズの市門が見える。

「あれがアンドローズか」

延々と伸びる直線の壁。その上空には街全体をすっぽり包み込めるほど巨大な結界が張り巡らされている。

「オレがテレポートでアンドローズに入ろうとした時に、あれに阻まれたんだ」

フィアルとしては悔しかった。奪取されたセイを取り戻しに、フィアルのみが乗り込んでくることは予測されていたと考えて良い。

「(だとしたら……)」

やはりアレスだろうか――そう思い至ると、フィアルは複雑な気持ちになった。

「(ま、良くは思われてないか)」

止むを得ず軍を出たディストや、アレスに全てを伝えて軍を出たソニアと違って、フィアルはあえてアレスに何も告げぬまま軍を出てしまった。ただでさえ、主君に反抗的な自分の勤務態度は、生真面目なアレスの神経を逆撫でしてきたこともある。

「(アレスの事だ。今となっては、オレが何者であるのかなんて事は分かっているのだろうな)」

当然、何故、魔王軍を脱退したのかも分かってくれている筈だ。

「(ただ、……)」

フィアルは彼女に何も伝えなかった。いや、彼は伝えられなかったのだ。アリスの死の悲しみを仕事で紛らわそうと懸命になっている彼女には――

「フィア、」

リョウに呼びかけられて、フィアルはやっと我に返った。

「何だよ、ボーッとして」

「うん、ちょっとノスタルジーに浸ってたよ」

フィアルは笑って見せた。

「ホントかぁ?」

つくづく、リョウは他人の恋愛沙汰にはやたら鋭い嗅覚を持っているらしい。

「ま、その辺は今夜にでもじっくり聞いてやるよ」

「リョウちゃん、ホント勘弁してくれよォ」

『勇者』からの意外な攻撃に、フィアルは苦笑いを返すことしかできなかった。

 光の民が一生懸命祀り上げている人柱は、まだほんの17歳である。本当なら、ファッションに興味を持ち、ルックスを整えて、色んな恋愛を重ねる時期だ。それなのに、日々生きるか死ぬかの危険な戦いに明け暮れ、世界というとてつもなく大きいモノを背負わされている――『勇者』でないなら、不憫としか言いようが無い。フィアルは、贖罪のつもりで“攻撃”を引き受けることにした。

「ちなみに、アレスとはどこまでいった?」

……やはりフィアルは、勇者からの“攻撃”を受け流すことにした。


 水の流れる音がする。さらさらと、あちこちから水か染み出てくる音だ。森の澄んだ緑が溶け込んでいるような、麗しい清水である。この美しさと清らかさに、生物達は惹きつけられているに違いない。サンタウルスではとうの昔に絶滅してしまった、ヒメルリカワズの幼生を見送って、リョウは苔清水に指を付けた。

「綺麗だろ?」

リナとフィアルも足を休める。

「生活そのものを魔法分子に頼らなきゃならない闇の民は、“四大元素”、つまり、自然に敏感なんだ」

自然を生かす事でそのチカラを最大限に発揮出来るのだとリナが説明してくれた。

「ま、だからこんなところで魔法分子の属性が水属性だったりするアレスなんかと戦うことにでもなれば、とんでもなく不利なんだけどな」

「確かに」

リョウ達は再びアンドローズの左辺に向かって進み始めた。

 

 もうそろそろ日の落ちる頃合いである。今日はこの辺りで野宿をすべきかどうか、その判断を下すかどうかというところ、“それ”はそんな時に現れた。

「闇魔法分子だな」

前を歩くフィアルが足を止めた。

「魔王軍からの刺客か?」

「恐らく」

フィアルはアンドローズの方角の空をじっと見つめた。黒い翼竜のような大きな生物がこちらに向かって飛んでくる。

「ドラゴンナイト(竜騎士)だ」

黒い竜の背に、人が乗っているのが分かった。

(5)

 察するに、魔王軍第二部隊の警邏兵であろう。

 彼等の標的は、ランダの子孫と同志、そしてヴァルザード皇子である。抹殺命令の出ているこの三人を仕留めれば、戦士として世界的に名を上げることができる。部隊隊長ヤカからの待機命令を無視してでも森に乗り込んでくるだけのメリットはあろう。

 羽音が段々と近付いて来る。3人は身構えた。

「来た!」

刺客から簡易魔法球が散弾状に放たれたところ、戦いは始まった。リョウ達はそれぞれその魔法球を躱わすと、攻撃準備に入る。

「(消えた?)」

フィアルは黒い竜の背を目で追った。竜は既に主を乗せてはおらず、赤く染まり始めた空に消えていった。

「(飛兵では無いということか)」

リナも丁度同じことを考えていた。しかし、

「近い!」

リナの分析より早く、三人に向けて再度魔法球が放たれていた。リョウはそれを避け、フィアルとリナは受け止めて軌道を確認した。

「そこか!?」

フィアルがいち早く魔法球を茂みに撃ち込む。

「(否!)」

リナが、素早く変化した闇魔法分子の流れを追って、やっと目標が定まった。が、時既に遅く、鉄製のプロテクションで顔面を覆い隠している軍服の男が、迎撃の遅れたリナに剣を向けていたところだった。

「くっ!」

リナを狙った刃を、間一髪リョウが剣の鞘で受け止めた。鉄仮面の男は、動きの素早いリョウから大きく間合いを取った。

 「お前は誰だ?」

フィアルはその男に問い掛けた。男が魔王軍第二部隊の構成員ならば、その任務に当たる際、別部隊の兵と区別する為に“執行服”と呼ばれる、カーキ色の服の着用が義務付けられる筈だ。黒い制服に鉄仮面を着けているこの男は、第二部隊ではなさそうだった。しかし、彼は別部隊にはおよそ考えられない程の手練の戦士である。フィアルは男の正体を掴みかねていた。

「(あれ程のユーザー、オレが知らない筈は無い)」

フィアルは、自分の障害になりそうな人材を、魔王軍時代にマークしていた。まさか、魔王・リノロイドがファリスのように私選で配備した兵士だろうか。

「名乗りをあげる必要は無い」

フィアルの問いに、男は答えなかった。その声は、鈍い銀色の鉄仮面とその下に着けていると見られるプロテクションの所為で、かなり小さく、どもって聞こえた。

「(でも、この声……)」

何時か何処かで聞いた事があるような気がして、リョウはその男をじっと見た。黒地の魔王軍の制服は、一昔前までフィアルやディストが着ていたものと同じである。

「(気のせいか?)」

普段は自ら進んで剣を抜こうとしないリョウだったが、そのまま持っていた剣を鞘から引き出した。この場にセイがいないということもあるが、何かにそう諭されるままにそうしたという方が、動機としては正しい。

「……。」

リョウに合わせるように、鉄仮面の男も剣を構えた。

「(剣ならば、リョウにやや分があるか)」

リナはそう分析していた。意外な点といえば、闇の民は接近戦より魔法戦を繰り広げる。折角リョウから間合いを取ったのだから、彼はそれを生かして魔法を使えば良かった筈だ。しかも、3対1という、数の上ではこちらが有利な状況で。

「(油断ならないな)」

リナは念の為、ダーツを召喚しておいた。

(6)

 リョウはジリジリと鉄仮面の男との間合いを詰めた。

「死ね!」

先にフィアルが投げた炎系攻撃呪文を掻い潜り、鉄仮面の男は一気にリョウへと間合いを詰めた。

「ウッ!」

男の、剣を叩き付ける力があまりにも強く、リョウの方が驚いてしまうくらいであった。

「リョウ!」

リナが叫んだタイミングで、リョウは間合いを取った。その声とほぼ同時に、仮面の男目掛けてダーツが飛んでくる。男は素早く剣を払い、ダーツの全てを叩き落した。

「(コイツも、ケッコー早いな!)」

スピードならリョウも自信があったが、この仮面の男も身のこなし方に無駄が無い。

「(まさか……)」

フィアルはこの男の正体に思い当たるフシがあった。勿論、現時点での確証は何も無かったが。

「(でも、もし、そうだとすると……)」

フィアルの懸念をよそに、リョウは再びこの仮面の男に間合いを奪われていた。

「ん?」

リナにも、この戦いの微妙な違和感が伝わってきた。それは、リョウとこの男の接近戦に如実に出てきていた。

「うわっ!」

次から次へと打ち込まれる刃。リョウは何とかそれを防ぐのに精一杯である――左に、左に、と来た刃は、上から、左から、右からと早いテンポでこちらを攻め立てる。

「まさか!」

リナは魔法を解除してしまった。

「リナ姉も、そう思う?」

フィアルは血の気が引いてきたリナの表情を横目で見る。確証を探していたら、手遅れにだってなりかねない状況だった。

「やるか」

フィアルとリナの意見は一致した。

 「(コイツ……)」

防戦一方のリョウもまた違和を覚えていた。一向に仕留められないリョウのすばしっこさに、仮面の男も苛立っているようだ。

「(コイツ、剣の腕は確かなのに、)」

――下に、右に、と来て、右・下・左・上!

「チッ!」

どうも攻めきれないと判断した仮面の男の方が、一度、間合いを取った。

「(何で、こんなにはっきり太刀筋が見えるんだ?)」

それはリョウ自身戸惑う程であった。

「リョウ、伏せな!」

後方から魔法分子の充填する気配を察した。

(7)

 リナの声とほぼ同時にリョウは身を翻した。仮面の男も魔法球を躱わす為に横に飛ぶ。しかし、リナの手からは魔法球が放たれる気配は無い。

「悪いな」

仮面の男のすぐ横に、何時の間にかフィアルが控えていた。リナの代わりにフィアルが仮面の男目掛けて魔法を放った。リナの動きはフェイクだったのだ。

『情熱と崩滅の紅き波動(クリムゾンバースト)!』

フィアルの詠唱が呼び寄せた炎魔法分子が大きな鳥にも似た結晶を作り出していた。まるでフェニックス(火の鳥)の如き結晶が負のチカラを放ちながら、仮面の男に突進していった。

「くっ!」

仮面の男が動きを完全に止めた、その時である。

「え?」

リョウは自分の目を疑った。何と、フェニックスの結晶は男に到達する前に結合が解けてしまったのだ。瞬く間に散逸していく炎魔法分子の代わりに、負のチカラが生み出した衝撃波のみが鉄仮面の男に到達した。

「(手加減?)」

リョウは不思議に思いながら、今の衝撃波に弾き飛ばされた男の安否を確認する。

「う……」

鉄仮面の隙間から、痛みに小さくうめく声が聞こえる。弾き飛ばされた際に、木の幹に強く頭を打ち付けたようで、仮面から見慣れた赤めの栗毛が覗いていた。

「あ!」

リョウは思わずリナとフィアルを振り返ってしまった。

「やはり、そうだったか」

リナが眉間に皺を寄せ、フィアルも小さく頷いた。

「セイ?」

リョウの声に応えるように、仮面の男は立ち上がった。しかし、

「副脳が作動している筈だ。あの子の頭の中は今、セイではないだろう」

このように分析したリナは、リョウにラハドールフォンシーシアの召喚を命じ、リョウも直ぐにそれに応えて剣を召喚した。

「クソ……ッ、小癪な真似を!」

今の衝撃で、副脳を作動させる為に投与された脳内麻酔から、ある程度覚めてしまったのだろう。頭痛がひどいらしく、セイと思われる男は、仮面の上からこめかみ辺りをずっと押さえている。それなのに、

『闇よ……』

頭部を押さえたまま、男は魔法分子を召喚しようとしていた。彼が、弟であるとして、この苦しみようを目の当たりにした事が無いリョウは、何とも言えない嫌な予感を覚え、居た堪れなくなって思わず叫んでしまった。

「セイ、止めろ!」

――森は、しんと静まった。

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