第40話 紅蓮の女剣士(2)

(1)

 一方、話題の彼は正午も過ぎた今、起きたところだった。

「おはよう、フィア」

欠伸混じりで聞き取れたものではないが、漸くリョウにも朝が訪れたところである。

「『おはよう』じゃないよ。オレ等起きて、もう結構経つぞ?」

フィアルは寝癖のあるリョウの頭を軽く叩いた。

「はぁい。ゴメンナサぁイ」

リョウは寝起きの、間延びした気だるい声で適当に反省すると、もう一度欠伸をして背伸びをした。その際、やっと部屋の人数が足りないことに気が付いた。

「セイとリナは?」

「二人とも一階にいるよ。何でも、セイちゃんに来客だって」

フィアルは一刻ほど前の出来事をリョウにも伝えた。

「来客か。女子かな?」

勇者とはいえ、青春まっただ中のリョウはほくそ笑んだ。

「それはある!」

次期魔王とはいえ、一人前の野郎たるフィアルは、当然食いついた。

「傷心のセイちゃんには丁度良いタイミングだし、セイちゃんあの性格で、やるコトちゃんとやってるから、ひょっとするかも……」

フィアルが言い終わらないうちに、

「誰の話だ?」

皮膚はおろか内臓までジリジリと刺すような殺気である。“恐怖の大魔王”、もとい、セイが部屋に戻ってきたのだ。

「セイちゃん、お帰りなさいませ!」

目が合ったら殺されそうだったので、フィアルはスマイルで全てを躱わす。

「来客だったんだって?」

リョウはベッドから這い上がり、ゆっくり立ち上がる。

「ああ」

と、極めて端的に答えて他は何も話そうとしないセイの代わりに、リナが「事の次第」をリョウとフィアルにも伝えた。

 

 「……ファリスか」

フィアルは亜麻色の髪を掻き上げて眉間に皺を寄せた。

「お袋が私費で雇っている側近中の側近だ。肩書き自体は、ロイヤルガードだったと思うけど、オレ達四天王でも、滅多にお目にかかれなかった人物だ」

このファリスが動く時は、軍でも他言無用の機密事項が絡んでいるケースである――それを伝えたフィアルは、

「胡散臭い」

と唸ったところである。

「成程、ますます胡散臭いな」

フィアルと同じ言葉を呟いたリナは、起こり得る事態を脳内でシミュレーションし始めた。こうなると、暫く彼女は無口になる。

「オイ、」

剣の手入れをしていたセイが声を上げた。

「オレのケンカに、外野がギャーギャー騒ぐんじゃねェよ」

そう、今回の戦いの一番胡散臭い点がそれだった。敵は何故、セイを指名してきたのか?

「何一人でイキってやがるんだよ」

話が進展しそうにない隙に、リョウは寝起きの頭にシャワーをかけてきたところだった。

「何だ? また下らねェお節介焼くつもりか?」

「お節介とかそういう問題じゃねえだろ!」

「じゃあはっきり言ってやる。足手まといだ止めやがれ!」

「テメェ言わせておけば……」

「やるか低能?」

双子達が険悪になっている最中だが、リナとフィアルは話を進めていくことにした。

「セイちゃんのデータは、実はソニアやアレスが戦っている時にちゃっかり数値化してて、魔王軍に完全な資料としての形で残してあるんだ。でも、リョウちゃんや姉さんのデータは不足が多すぎで、数値化できない状態なんだ」

加えて、魔王軍は慢性的な人手不足の上、四天王のうち三人を失い、士気は低下している。隠密のファリスも通常任務に出て来ざるを得なくなっているというのは間違いない。

「資料のあるセイに狙いを定め、確実にファリスで仕留めようと考えるのも、一つの線としては有効か」

あまりに仮説が立ち過ぎて、リナも敵の目的が絞りきれないところである。しかし、それと分かっていて本当にセイ一人に任せて良い筈は無い。

「とにかく、敵の意図が読めない以上、単独はマズイね」

リナが決断した。間もなく、セイの舌打ちが聞こえてきたが、それは「単独はマズイ」と判断された所為ではなく、「敵の意図が読めない」所為である。

「――私が上から行くか」

リナと目を合わせたセイが、一つ頷いたところである。

(2)

 未明から降り続いていた雨は夕方には止んでいた。

 雲はまだぶ厚く、夕日は見えない。いつまた雨が降り出すのか分からない雲を浮かべたレンジャビッチの空の下、人影の無いひっそりとした中央公園で、戦いは静かに始まろうとしていた。対峙しているセイとファリスのはるか高い空の上に、リナが待機している。

 

 ――今、夕方を告げる鐘の音が町中に響き渡ったところだ。

「来て頂けると思っていました。流石、『勇者』ですね」

ファリスは挑発した。セイは剣を抜く。

「『勇者』に殺される気分はどうだ?」

挑発はセイも上等である。とはいえ、敵の目的が分からないだけに、実際のところ、彼女を殺すか殺さないかの判断は紙一重だ。

「殺す? 貴方にそれが出来るでしょうか?」

ファリスは薄く笑った。

「オレをどっかの甘チャンと一緒に括るんじゃねえよ」

セイは剣を構えた――刀身と切っ先の同一直線上にファリスを捉える。右側面を敵に向ければ、敵はそこに隙を見て先手を打つ。

「いざ、」

早速、ファリスが飛び込んできた。

「――参ります!」

セイの右にできた死角で剣を召喚したファリスは、小柄な体を反転させた慣性で剣を振り上げた。その動作は思ったよりも素早い。セイは間合いを奪われる。否、セイはファリスに間合いを与えたのだ。所詮、女魔族の剣技となると、「威力」ではなく「技術」重視だ。ファリスの剣の動きが慣性から攻撃の意思を伝達する腕力へと切り替わる僅かな空白に、

『覇!』

セイはファリスの凶刃に己の剣の背を叩きつけた。

「くっ!」

そのあまりの衝撃に柄を握る手が痺れたファリスは、一度攻撃を諦める。殆ど慈悲により攻撃を避けたセイがわざわざ作った間合いを利用して、彼女は彼との間合いを広げた。

「何処の小者だ、テメエは?」

殺そうと思えば殺せたが、セイは一応それを避けた。流石に敵の目的がこの決闘ではないことが自明となったからだ。

「流石です。威力も技術も、貴方の方が圧倒的に勝る!」

ファリスはわざとらしく拍手をしてみせた。

大陸中で、セイに勝る剣士を捜す方が困難だろう。そう言って良いほど、セイの剣の腕は独学とマオとの修行で洗練されていた。

「しかし、こういう戦いをしたことはございますまい?」

ファリスはニヤリと笑った。その瞬間、セイの足元から闇魔法分子が噴き出して、格子状の結晶を作った。

「――魔王勅命軍が開発した、最新の兵器です」

彼女の言う“最新の兵器”が発動した闇魔法分子の格子状の結晶は、セイが知るそれよりも幾分小型だが、身体の自由を拘束する『呪縛呪文(コンストレイン)』という魔法である。セイはそれから逃れる為に横に跳んだが、着地した足場にも同様のトラップが仕掛けられていた。

「チッ!」

セイは更に回避しようとするが、トラップはそこら中に張り廻らされているようだ。とうとう、セイの右足は魔法分子の格子に捕まり、その自由を奪われてしまった。

「“マジックトラップ”というんだそうです。居心地はいかがでしょうか?」

ファリスは冷笑を浮かべ、セイに近づいた。

「ハンデくらい、良いですよね」

剣先が、セイの喉元に突きつけられた。

(3)

 「あの野郎、散々言いたいコト言いやがって!」

リョウは刻んだオニオンに怒りをぶち撒けていた。セイとリナが戻らない場合を除いて、リョウとフィアルはこの日の晩御飯の支度をしなければならない。

「まあまあ……」

なだめるフィアルもポテトの皮むきを手伝っていた。

「セイちゃんのことだから、きっと何か深い考えがあってのことなんだろうさ」

まだこの仲間(パーティ)に入って間もないフィアルでも、セイという人物があからさまな問題児ではないことくらいは解る。

「分かってるよ」

しかし、オニオンに八つ当たりしている当のリョウからは、意外なほど物分りのいい言葉が返って来た。

「――あの野郎、オレが今あんまり戦いたくないってことも、フィアルが光の民の町をうろつきたくないって事も察してんだよ」

リョウは刻んだオニオンをボウルに放ると、次はキャロットの皮を剥き始めた。

「だけど、奴はオレにそういうことを気付かれるのが一番嫌いなんだよ」

へえ、と呆気にとられたフィアルは、ザクザクと鮮やかな音を立てて野菜を刻むリョウの横顔を見た。

「だからオレだって、低能ぶって気付かない振りしてやってんだよ」

リョウはキャロットを一口サイズに切り揃えると、フィアルが皮を剥いたポテトもキャロットと同じ大きさに切る。

「ケド、それを良い事に、アイツは適度にストレス発散しやがるんだよな」

リョウは、フィアルの手元にあったポテトもその皮を全部剥き、それら全てを一口サイズに切り分けた。

「……ったく、少しは兄貴を敬えってんだ!」

そう吐き捨てたリョウは、暖めたフライパンに全ての野菜をぶち込んだ。

「リョウちゃん、スゴイね」

フィアルはいつの間にかキッチンの隅っこに追いやられていた。

「え? ああ、料理は慣れてるから」

「(いや、そうじゃなくて)」

――それだけ分かり合えているならもっと兄弟仲が良くてもいいのにな、とも思ったが、フィアルは言うに言い出せなかった。

「喰らえっ! 火あぶりの刑っ!」

今だってリョウはフライパンの中に廉価なカルサス牛の肉を投げ込み、軽く炒めて蓋をするとブツクサと文句を言っている。

「それはセイちゃんへの当て付けかい?」

フィアルは苦笑した。

「あ、そうだ。フィア、前から聞きたかったんだけどさ、」

ここでリョウが別の鍋の様子を確認したので、フィアルもそちらに目を向けた。つい先程まで、何やら白い粉を固形の油で炒めていたと思った其処では、いつの間にか、白くてとろみのある豊かな香りのスープが出来上がっていた。まるで魔法のようである。感心していたフィアルに、

「何で、魔王軍出てきたの?」

と、唐突に声がかけられた。不意を突かれたフィアルは、ぽかんと間抜けに口を開けた無表情をリョウに返す格好となった。

「……。」

無論、フィアルが返事に窮したのは、答え難かった為ではなく、突然話題が変わってしまった為である。

「あ、言いたくないことだったら別に良いから」

リョウは、白いスープに塩と香辛料をふりかけて、愛嬌たっぷりの笑顔を向けた。それにしても、彼は、「低能」なんて言ったら失礼なくらい、何かと気を遣うタイプの人間であるらしい。

「まぁ、そうおっしゃらずに聞いてくれ。」

ただ、気を遣っていなければ養父からとことん虐げられていたというリョウの過去など、フィアルは知る由もないのだが。

「……オレにも、妹がいてさ」

あらためてこんな話をするのは何だか照れ臭いのだが、フィアルは苦笑を飲み込みながら続けた。

「頭の良い勉強家で、怠惰なオレとはよくケンカになったんだけど――」

感情的にならないように、フィアルは淡々と伝えた。

 母・リノロイドを封印から開放することが闇の民の為になると信じて、苦悩の時代に耐えた妹を。

 しかし、復活したリノロイドは彼女を恣意的に利用することにより復活を果たしたことを。

 妹を見守り、支えていたフィアルには、リノロイドのその仕打ちがどうしても許せなかったことを。

「リョウちゃんとセイちゃん見てたら、オレも妹のこと思い出しちゃったんだ」

レニングランドの郊外の森で口汚く罵り合う騒々しい兄弟を、フィアルはだいぶ穏やかな気持ちで見つめていた。まさか、こうして寝食を共にするようになるとまでは想像もしていなかったのだが、今となってはこれも神の導きだったのかもしれないと、つくづく彼は思うのである。それにしても、

「そうか! だから、初めて会った時、攻撃しないでおいてくれたんだな」

巷では刃を向け合っている異種族の少年とだって、こんな他愛もない気持ちを共有できるのだ! ――感動したフィアルはニッと笑って頷いた。

「オレ達以上の凸凹兄弟だなって、思ったんだ」

(4)

 喉元に突きつけられたファリスの剣は、脅迫にも及ばない殺気の無いものである。セイは容易くその刃を弾き返すと、体勢を立て直した。性懲りもなくファリスから繰り出される未熟な剣の軌道を防ぐため、現在、セイは攻撃呪文を繰り出すタイミングを探しているところである。

「(また剣か……)」

セイはファリスの剣を腕力で跳ね返す。大した剣士でもないが、ファリスは相も変わらず魔法攻撃を仕掛けてくる気配がない。セイはそれが気になっていた。そして、彼女はどうやらセイにも魔法を使わせたくないようで、先程から鬱陶しいほど不用意にセイの間合いに飛び込んでくる。足の動きを封じられたセイは、闇魔法分子を召喚する隙さえ作れずにいた。

「(目的は何だ?)」

この戦いは予め接近戦となるように仕組まれている。

「(剣のみで勝敗をつけに来たとは考え難い)」

セイは思案する。このじれったい接近戦とは関係のないところに、敵の目的があるのだろう。どちらにしても、そろそろリナが気付いて手を打つ筈だ――セイは、リナの控えている上空を確認した。しかし、リナがいる筈の上空は、想像以上に緊迫していた。

「(何だ?)」

見間違いだろうか。セイはファリスの剣を防ぎながら、もう一度空を見上げた。

 白翼を背負う女はリナである。しかし、もう一つ、リナと対峙する位置に、翼を背負う女の姿があった。赤く沈む夕日の光が強くて解りづらいが、まるでコウモリのような黒翼を背負う女性は、今自分が戦っている筈のファリスと同じ、赤毛の女であった。否!

「(奴がホンモノか!)」

セイは気付いた。刹那、

「何処を見ている!」

と叫ぶ「偽ファリス」の声が狂気じみてきた。彼女の刃は、今、セイの右肩から胸部を切り付けたところだ。

「うッ!」

体勢を崩されたセイは思わず膝を地に付けた。「偽ファリス」はニヤリと不気味に微笑む。

「大イナル闇ノ申シ子ヨ、我ラガ魔王(サタン)ニ跪キナサイ」

まるで魔物のような奇声を発した「偽ファリス」から、闇魔法分子が溢れて、彼女の体は一斉に崩れ始めた。しかし、崩れ始めた彼女の顔は微笑みを歪ませて、おぞましくも牙を露にすると、今出来たばかりのセイの裂傷に噛付くように牙を突き立てた。

「ぐぁ……っ!」

無理矢理押し広げられた傷の痛みがセイの全身を貫く。たが、それでできた相手の「停止」は決定的な好機である。「偽ファリス」の心臓をしっかりと貫いたセイの剣は、次の瞬間、もう彼女の首をはねていた。

「チッ!」

セイは、しつこく自分の右肩に噛み付いたままの「首」を地面に叩き落とすと、上空でリナと対峙している、本物のファリスに向かって強化魔法球(ブラスト)を放った。しかし、その魔法分子の結晶が届く前に、ファリスは何処かへと消えてしまったのだった。

「テレポートリングか」

ふと、セイは地面に視線を落とした。『変化』という呪術が完全に解けたイルフォックスと呼ばれる魔物の端くれが転がっていた。

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