第14話 イマとカコの話 前編

 夏休みがはじまって、一週間がたった。

 イマの熱は下がったが、家から出ない日が続いていた。

 ラジオ体操のカードは、一つもハンコが押されていない。

「今日はいい天気よ。ちょっと散歩にいかない?」

 ミキは窓の外を見ながらそういったが、イマは暗い表情で首を横に振る。

「ま、無理強いはしないけど」

 ふと、ミキの視界の隅にイマのパソコンがうつった。

 ここ数日のイマは一日中ぼんやりと過ごしていて、パソコンもずっと電源を切ったままになっている。

「ねえ、イマ。アンタのやってるゲームって面白いの?」

 イマは、ゆっくりとミキに目をむけ、迷うように視線を泳がせる。

「……やってみる?」

 イマはゆっくりとパソコンの電源スイッチを押した。

 パソコンが起動すると、インターネットに接続し『いきものの森』の画面へ。

 すると、ピコンという電子音と共に、手紙のマークが画面に表示される。


『ニャンキチさんから、メッセージが届いています』


 画面にそんな文字が表示される。

 一つだけではない。次から次へとメッセージの着信の通知が表示される。

「これって……」

 ミキは画面を見ながらつぶやく。

 メッセージの差出人は、全てニャンキチ、すなわちカコだった。

「こんなに送ってくれてたなんて……」

「どうすんの?」

 ミキが尋ねると、イマは意を決したような表情で、一番古いメッセージウィンドウをクリックする。

 日付は、一週間前。

 カコがこけて、イマを押し倒した日の翌日だった。


『イマ。

 これしか連絡先知らなかったから、ここにメッセージを送るね。

 イマのお母さんから、事件のこと聞きました。

 教室でオレがこけて、イマに乗ったとき、恐かったんだね。本当にごめんね。

 オレ、なにかの事件に巻き込まれたことないから、イマの気持ち、はっきりとはわからない。

 でも、恐がらせちゃったことはわかるから、だからもうイマには近付かないようにする。

 女の子としてなら、またイマと仲良くできるのかな、とも思ったけどやっぱりオレ、男だよ。

 なんで女の体なのかわかんないけど、でも、どうしても自分のこと女だと思えないよ。

 だから、もうイマには近寄らないようにする。

 それしか、解決方法が思いつかないから。

 恐がらせてごめん。

 さようなら』


 イマは無言のまま、次のメッセージをクリックする。

 それは、昨日の夜の日付だった。


『もう近寄らないっていったのに、こんな風に連絡してごめん。

 ほかに、連絡取れる人がいなかったから。

 オレ今さ、庭の物置に閉じ込められてるんだ。

 もちろんパソコンはないし、これスマフォから書いてるんだ。

 充電できないから、バッテリーが切れたらサヨナラだ。

 別に、イマになにかしてほしいわけじゃない。ちょっと愚痴を聞いてほしいんだ。

 なんでこんなことになったかっていったら、オレさ、やっぱり両親にはわかってもらいたくて、あの日から何回も話したんだ。自分の心のこと、体のこと。

 でも、父さんは困ったようにオロオロするばかりで、母さんは物凄く怒って俺を物置に閉じ込めたんだ。そんな気持ち悪いもの私の娘じゃないっていわれた。

 昔から、母さんは昔からそうなんだ。

 母さんは男か女かでしか人を見ていないんだ。

 オレさ、リンゴジュース好きなんだよね。

 前に、その話ししたら母さん、女の子はリンゴジュースが好きになって、男の子はオレンジジュースを好きになるって、ネットニュースに書いてあったとかいい出したんだ。

 なにが好きなんて性別とは関係ないじゃん。

 リンゴジュースが嫌いな女の子っだって、オレンジジュースが嫌いな男の子だって、いっぱいいるよ。

 母さんはいつもそう。

 オレを見ているようで、オレの体。オレの女の部分しか見てくれてない。

 だから、オレが男だっていったら、物置に閉じ込めたんだ。

 自分の見たくないものを、見えないところに隠すために。

 オレさ、やっぱりイマのこと好きだよ。

 男として。』


 イマはただ無言で画面を見つめていた。

「他人の家庭にとやかくいうのもなんだけど、カコのお母さんなかなか偏った考え方してるみたいね」

 ミキは静かにいった。

 さっきのから数時間おきに、三つのメッセージがあった。

 イマは黙ったまま順番に見ていく。


『物置の中はとても暑いんだ。

 喉、乾いたな。

 スマフォのバッテリー、もうあんまりないや。』


『なんだか、気分が悪くなってきた。

 頭痛い。

 水飲みたい。』


『嫌だ

 助けて

 イマ助けて

 ここから出して」


 それが、最後のメッセージだった。

 ミキは立ち上がる。

「ちょっとまずそうね。昨夜は熱帯夜だったもの」

「先輩、どこいくんですか?」

「カコの様子を見にいくわ。まだ閉じ込められるようなら、助けてくる」

 ミキは部屋の出口へむかう。

 イマは自分の胸に手をあてた。

 自分もかつて、閉じ込められていた。

 ただ、助けを待っていた。

 恐かった。

 苦しかった。

 痛かった。

 だから……。


「先輩、私もいきます!」


 イマはそういった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る