第6話 こっくりさんの話 その3

 こうして家路についたイマとミキだが、ほどなくして雨が降り始めた。

 しかし雨脚はまたたく間につよくなり、土砂降りとなる。

「とりあえず、あそこで雨宿りよ」

 ミキが指差したのは、屋根付きのバス停だった。

 イマとミキはそこに飛び込む。

「あれ、イマじゃん。どうしたの?」

 そこには、先客がいた。カコだった。

「カコちゃんも雨宿り?」

 イマはカコの横に座った。

 カコには見えていないが、ミキは壁際に立つ。

「ううん。バス待ってるの」

 イマは時刻表を見た。二時間に一本くらいの本数だ。

 カコは灰色の空を見上げていった。

「イマちゃん。この傘使いなよ」

 カコは自分の横に置いていた傘をイマに差し出す。

「でも、そしたらカコちゃんが……」

「私は濡れるくらい平気だから。雨、しばらく上がりそうにないよ」

 ためらうイマに、カコは押し付けるように傘を渡すと、ニッと笑った。

「ありがたく使わしてもらいなよ、イマ」

 ミキがいった。

「……ありがと」

 イマはゆっくりと、傘を受け取った。

 そのときだ、バス停の前を傘も差さないでびしょぬれになったカノンが走り抜ける。

 その表情は、何か思いつめたようだった。

「カノンちゃん!」

 イマは思わずカノン呼び止めた。

「え、あ、今野さんに明日原さん」

 カノンは突然呼び止められ、驚いているようだった。

「どうしたの、そんなに急いで」

 カコが尋ねる。

「ちょっと、学校に忘れ物で……」

 その瞬間、イマは思い出した。こっくりさんの紙をポケットに入れたままだった。

「それって、もしかしてこれ?」

 紙を取り出してカノンに見せる。

「あ、うん。それ。拾っておいてくれたの? ありがとう」

 カノンは傘をたたんで、バス停に入ってくると、紙を受け取った。

「聞いたよ。お友達との思い出なんだって」

 カノンは紙を見ながら、小さくうなずく。

「こんなの、ただのお遊びで、占いなんて当たらないってわかってる。でも、これをやっていると、ヒナタ……その友達、ヒナタっていうんだけど、ヒナタの気持ちに近づけるのかなって、思って」

「お友達の、気持ち?」

 イマが訊き返すと、カノンはうなずく。

「ヒナタちゃん病室で、一人でこっくりさんをしながら死んじゃったんだって。なにを占ってたのかなって、思って」

 カノンは「でも」と言葉を繋ぐ。

「ヒナタとやってたときは、本当にコインはひとりでに動いて、いろいろなことを教えてくれた。でも、一人だとなんどやっても、なにも教えてくれないの。一度もね、動かないの」

 カノンは寂しそうにうつむく。

「みんなでやってみれば? なにか変わるかもよ」

 おもむろにそういったのはミキだった。

「一回さ、みんなでやってみようよ」

 イマがいった。

「みんなで?」

 カノンは聞き返す。

「うん。そしたら、何かかわるかもだよ。カコちゃん、いいかな」

 イマはカコを見た。

「うん、いいよ。まだバスまで時間あるし」

 ベンチの上に紙を広げ、鳥居のマークの上に十円玉を置く。

 そこに人差し指を重ねる。カノン、カコ、そして一番上にイマが指をのせる。

 シンと静まり返る。雨音が、聞こえる。

 カノンは呼吸を整え、ゆっくりといった。

「こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください。おいでになられましたら、肺へお進みください」

 イマの指の上に、さらに指が重なった。ミキだった。

 コインは紙の上を滑り『はい』の上へと移動した。

 ミキが動かしたのか、他の誰かが動かしたのか、それはイマにはわからなかった。

「こっくりさん、こっくりさん。ヒナタは、最期になにを占っていたのでしょうか?」

 カノンの声。コインはゆっくりと動き出す。


『か』『の』『ん』『の』『と』『も』『た』『ち』


 カノンの友達


 カノンの脳裏に、病室での光景が浮かんだ。

 病室。

 ベットの上のヒナタは、そっと、カノンに微笑みかける。

「もう来なくていいよ。カノン」

「なんで、ヒナタ」

「カノン、毎日お見舞いに来てくれるでしょ?」

 カノンはうなずく。

「カノンが学校で独りぼっちなの、私、知ってるんだよ。私しか友達がいないこと」

「……」

「私は、きっともうすぐ死んでしまう。でも、カノンは私ではいけない未来へいける。でも、そこで一人ぼっちにならないで」

「でも……」

「怖いよね。不安だよね。わかるよ。私だって人見知りだし。でも、ちょっとだけ勇気をだして、誰かに話しかけてみて。未来のある友達をつくって」


「こっくりさん、こっくりさん。カノンに友達はできますか?」


 カノンの目から、涙がこぼれた。

「……こっくりさん、こっくりさん……どうぞ、お帰りください」

『はい』

 カノンたちは、コインから指を放した。

「もう、いいの? カノンちゃん」

 イマが尋ねた。

「うん。ねぇ、イマちゃん。私と友達に……ごめん。なんでもない」

 イマはフワリとした、軟らかい表情を浮かべた。

「これからも、よろしくね。カノンちゃん」

「私もいるんだけど」

 カコは怒っているようないい方だが、口調は優しかった。

 ふと、イマは気が付いた。

 バス停の外、雨の中に一人の少女がたたずんでいた。

「あれって……」

「そう。ヒナタよ」

 ミキが小さな声でいった。

 ヒナタは嬉しそうな表情を浮かべた。

「カノンちゃんのこと、よろしくね」

 そして、空気にとけるように消えていった。


 やがて、バスがやってきた。

「じゃあ、傘、使ってね」

 カコはそういって、バスに乗り込んでいった。

「うん。ありがと」

 イマは小さくうなずく。

「イマちゃんの家ってどのあたり? 一緒に帰れるところまで帰ろ」

 カノンがいって、イマはうなずく。

 二人は、傘をさして並んで歩く。

「東京ってどんなとこ? 私いったことないんだ」

 カノンは尋ねた。

「んー、こことあんまり変わらないよ。ちょっとヒトがおおくて、電車が十分に一本くらいは走ってて、あとコンビニがあるくらい?」

「えー、それって全然違うよー」

 その時だ、二人の横を一台の自動車が走り抜けていった。

 車は、水溜まりの水をはね、それがイマにかかった。

 イマはびしょ濡れになり、Tシャツからは水滴がしたたり落ちる。

 その瞬間、イマの中によみがえる。

 あの日の記憶が。


 外から鍵のかかった浴室。

 くさい。

 嫌な臭いがする。

 したたり落ちる水滴。

 暗くて、狭くて、寒い。

 そして、痛い、汚い。

 出して。ここから、出して。


 イマは、その場にうずくまっていた。

 肩を震わせ、涙を流し、短く荒い呼吸を続ける。その表情は何かにおびえるときのそれだった。

「イマちゃん、どうしたの? 大丈夫」

 カノンの声が遠くに聞こえる。

「イマ。あなた、やっぱり」

 ミキは、哀しそうにいった。

 そのときだ。

「大丈夫? 今野さん」

 優しい、大人の女性の声がした。

 そこにいたのは、保健室の先生、チエミ先生だった。

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