三回目。

「ハッ!!」



 意識が戻ってきた。



 この感じ‥‥また時間が戻ってる‥‥。成功したって事‥‥?



 ここは? 廊下? 教室じゃない‥‥?



 周りにも何も変わったところはない。腕時計の針を確認すると、昼の12時過ぎを示していた。



 どうやら昼休みのようだ。



 前回と同じ時間に戻る訳じゃないのか‥‥?



 訳がわからないので、僕はとりあえず教室に戻る事にした。



 すると前にヨレヨレとプリントを持った二階堂が見えたその瞬間、彼女はプリントを辺りに撒き散らした。



「大丈夫!? 僕も拾うよ!」



「あ‥‥! 宗方くん‥‥。ありがとう助かる‥‥。」



 彼女は何故だか今にも泣きそうな顔をしていた。



 この時間軸ではこの前に何かあったのだろうか? そもそもなんでこのタイミングに戻ってきたんだろう‥‥。



 それでもやっぱり生きていて、動いている。彼女に会えて僕は嬉しかった。



 今すぐ抱きしめたい。僕の気持ちを伝えたい。



 でも、この時点では彼女とは全くなんの接点もない事になっているから、普通に拒絶されかねないだろう。



「はい! もう次は落とさないようにね」



「うん。次‥‥?」



「ああ、いや! 深い意味はないよ! じゃあね!」



 不思議がってたよね‥‥。あんまり変なことは言わない方が良いみたいだ‥‥。



 教室に戻る途中に確認したが、時間にしたら一応1日前に戻っていた。



ただ戻る時間、場所がなぜか前回と違う。なんか違いがあったっけ? それともたまたま‥‥?



 それより今回はどうしようか‥‥。全く関わらないようにしてみようか‥‥?



 でも、失敗したらまたやり直せる保証なんてない。



 僕はペンダントを取り出し握りしめる。



 そう言えばあの朝、二階堂さんと話してたのに孝のせいで聞きそびれちゃったな‥‥。



 このペンダントは二階堂さんがくれたものなのかな‥‥?



 そして、ワイワイと賑わう生徒たちの間を、スルスルとくぐり抜け自分の席に座る。



 この後はコンビニ強盗‥‥。僕が居なくても二階堂さんは助かるのだろうか‥‥?



 しかし、これを試す勇気はない‥‥。やはり同じようにやるしかないか‥‥。



 僕は放課後、コンビニに向かう。ちょっと早かったせいなのか、強盗の男すら中にはいなかった。



 二階堂さんも居ないか‥‥。



 外のゴミ箱の前でぼーっと空を見上げていると二階堂は現れず、先に男がコンビニに入っていくのが見えた。



 あれ‥‥? 二階堂さんは‥‥?



 中を再び確認するが二階堂さんは居なかった。



 前と全然違うじゃないかあ!?



 僕は正直少し慌てた。前と違うという事は同じことをするという行動ができない。僕はどうしたら良いのだろう‥‥



「あの! すいません!!」



 何故か身体は勝手に動き、男に声を掛けていた。



「あ? なんだよ?」



 男は胸の隙間に片手を入れ、まるでその中に刃物を隠し持ってるかのようだった。



 なんで声なんか掛けたんだよ僕‥‥。



「あ、あの‥‥。やめましょうよ‥‥。そんな事しても誰も幸せになれませんよ。」



 なんでか不思議とペラペラと言葉が出てきた。余計な事をする必要なんてないのに。



 正直僕の身の危険だってある。しかし、何故かこの男が人を殺せるような人には感じなかった。



 今まで何度かこの男と関わったが、僕はそう思った。



 それに‥‥前回の‥‥、あんなのを見せられたら、どうにかしてやりたくなってしまうだろう。



 人生をやり直すことなんて絶対にできないのに、何故か僕には出来るのだから。



「俺が何しようとしてるか分かるのか‥‥?」



 男は片手を胸にしまったまま僕の方をじっと見つめてくる。



 その目つきの悪さと、凍りつくような声に、身が竦みそうになりながらも僕は言った。



「分かります‥‥。強盗‥‥ですよね?」



「へぇ。どうしてわかったんだよ?」



 肯定しながらも全く慌てる様子がなく、冷静に僕の目を見つめてくる。



 なんか怖い‥‥。そりゃそうか、強盗するくらいの人なんだから‥‥。



「雰囲気‥‥ですかね?」



 未来から来たなんて言えるわけがない。ましてやその強盗は失敗するなんて言おうものなら、無理にでもやり遂げそうなものだ。



「雰囲気で俺がやるって思ったのか?」



「えぇ。まぁ‥‥」



 やばいか‥‥? 僕完全に変な奴じゃないだろうか‥‥。



「ちっ。まぁいーや。今はやめとくわ。やる気失せた」



 そう言って男は店を出て行った。



 解決‥‥したのか?



 なんだか知らないが、強盗を撃退することに成功したようだ。



 あまりにあっけらかんと物事が進んだので、むしろ不安になって来た。



 しかし、何故二階堂さんは居なかったのだろう‥‥?



「宗方くん!!」



 どこからか僕を呼ぶ声が聞こえた気がして、周りを見る。



「宗方くん!!」



遠くの方で二階堂さんが、こちらに急いで向かってくるのが見えた。



「はぁ、はぁ、宗方くん‥‥大丈夫? なんともない?」



「ん? 僕? 大丈夫だけど‥‥? なんかあったの?」



 二階堂さんは激しく息を切らし、肩を上下に揺さぶっている。そしてしきりにコンビニの中を覗き込み、不思議そうな顔をしている



「二階堂さん‥‥? どうしたの‥‥? コンビニに何かあるの?」



 明らかに様子のおかしい彼女の事が、少し心配になって来た



「ううん。何もないならいいの。宗方くんが無事でよかった。」



 不思議なことを言うもんだ、と思った。



 そして今までとは全く展開が違うことに、どうしようもない戸惑いを覚えざるを得なかった。



「なんだか分からないけど、僕の事心配してくれたんだよね? ありがとね」



 ここの時間軸の二階堂さんとは、全く関わりがない。



 なのに僕はまるで仲の良い友達の様に、接してしまっているかも知れない。



「えっ。ううん。そんな、ありがとうなんて‥‥」



 そして、この後なぜか近くのファミレスに二人で行く事になった。



 きっかけは話してる途中に、僕のお腹が鳴ってしまった事。



 それで結果的に二階堂さんと一緒に居られるのだから、お腹の中の虫に感謝をしたい気分だ。



 こんな風に寄り道をすることなんて久しぶりの事な気がする。



 僕の頼んだドリアと、二階堂さんの頼んだミートソーススパゲティが運ばれて来た後、二階堂さんが少しだけ真剣な顔になった気がした。



 なにやら二階堂さんの様子がおかしい。この今までと違ってしまっている事に、何か関係がある気がしてならない。



「二階堂さん。何か‥‥あった?」



「まぁ、ない訳じゃないんだけど‥‥。宗方くん、話変わるんだけど一ついいかな?」



「大丈夫だよ」



 ドリアの端っこにこべりついた、おこげをスプーンで突きながら僕は答えた。



「宗方くんと私って学校で全く話した事無かったよね‥‥?」



 そんな事ない。と言いたいが、この時点だと全くない筈だ。



「無かったと思う‥‥」



 不思議な事を聞いてくるなあと思う。



 二階堂さんは未だにスパゲティに手をつけていない。



「宗方くん、昔から私の事知ってるみたいに話してない‥‥?」



 なんだろう。この質問にどんな意図があるのだろうか。



 ただ何度も二階堂さんと親しくなっているせいで、初対面のはずの二階堂さん相手に馴れ馴れしかったのかもしれない。



「いや、ごめん‥‥。僕は昔の二階堂さんは知らないよ。」



 二階堂さんはフォークでスパゲティをつつきながら、頬杖をつき溜息をついた。



「そっか。やっぱり覚えてないんだよね。」



 前にも似た様な事を言ってた気がする。ペンダントの事もそうだ。



 恵比寿のせいで前回の時に聞きそびれたんだよな‥‥。



「あの、昔僕たちは知り合いだったの? 二階堂さんと僕は‥‥?」



「本当に覚えてないんだね。まぁ小さかったからね、お互いに」



 僕はポケットに忍ばせている、この血のついたペンダントを見せる事を躊躇ったが、恐る恐る彼女の前に取り出した。



「いつも持っててくれたの‥‥?」



 血のついている事に触れる様子もなく、彼女は嬉しそうに瞳を滲ませていた。



「この血はちょっと色々あって‥‥」



「ううん。今、持っててくれてただけで嬉しいの。」



 そう言って二階堂さんはワイシャツの上のボタンを外し、ペンダントを手に取り見せてきた。



 僕はそのペンダントを見て驚いた。二階堂さんのペンダントも、血のようなもので赤く染まっていたのだから。



「え?なんで‥‥?」



 思わず疑問の声が溢れでてしまった。



 前に教室で見せてくれた時には、こんなものはついてなかったはず。なんで? どう言うことなんだよ‥‥。



「私のペンダントにも血がついちゃったの‥‥。でもお揃いだね。」



 二階堂さんは両手で全身をつつみ込むようにし、悲しそうな顔をした



 だめだ。全然意味がわからない。なぜこうも過去が変わっているのか。いや、もしかして未来はこれで変わってるのだろうか。



「昔近所に、あきちゃんって女の子いたの覚えてない‥‥?」



二階堂さんは綺麗な黒い髪の毛を、耳にかけながらペンダントを見つめている。



「あき‥‥ちゃん‥‥?」



 あきちゃん。言われてみるとそう呼んでいた子がいたようなきもしなくもない気がする。



「そうだよ。たーくん。」



 そう言った二階堂さんに昔の記憶のような、小さい女の子の影が重なってフラッシュバックする。



 そうだ。昔、僕のことをたーくんと呼んでいた女の子がいた。僕のことをそう呼んでいたのは、彼女だけだったから思いだした。



「それが、二階堂さん‥‥?」



 彼女の黒い瞳、は真っ直ぐ僕の目を見ていた。



「そうだよたーくん。思い出してくれた?」



 まだ本当に小さかった頃の記憶。記憶の本当に本当に奥の、そのまた奥。何故か忘れていた記憶。



「あき‥‥ちゃん、なの‥‥?」



「久しぶりだね宗方くん。また会えて嬉しいな。」



 彼女はにっこりと微笑んでいた。それは僕が好きな二階堂さんの笑顔だった。



「二階堂さんはずっと気づいてたの‥‥?」



「うん。初めて見た時からずっと。」



 ‥‥どうして僕は忘れていたんだ。



何かによって塞がっていたはずの記憶が決壊し、一気に僕の脳内に雪崩れ込んでくる。



 一度流れ始めた記憶は止まることなくドンドンと蘇っていく。あきちゃんはあの時、家の事情で突然引っ越して行ったんだ。



 そして引っ越していく前日、僕たちは確か一つの約束をした。



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