30.マルドの事情
「ふう、まさかこのタイミングで私たちのお店を紹介することになるとは思いませんでした」
娘がコールカフの通信を切りながらため息をつく。
私としても先ほど命を救ってくれた報酬を渡した手前、自分の店を紹介するのは心苦しい。
だが、サーディスクで一番の品揃えなのは我が商会だと自信を持って言えるのだ。
「バーンズ、聞いてのとおりだ。フューチャー女史のところを訪れる準備で忙しかろうがお願いできるか?」
「かしこまりました。それでは行って参ります」
バーンズが私の寝室を立ち去り、残ったのは娘と数人のメイドのみとなった。
医者は私の容態が安定したことを受けて、近くの部屋に待機してもらっている。
ここ数日、ほとんど休みなく治療してもらったのだ。
いまは休んでもらうことが一番だろう。
「それで、父様。本当にお体は大丈夫なのですか? いくら解呪薬が効いたといってもすぐに全快とはいかないと思うのですが……」
娘が心配してくれている。
妻を亡くしてから早数年、娘にはさみしい思いをさせていただろう。
ここ数年は私が忙しくしていたせいであまりかまってやれていなかったが、こんなにも心配してくれているのだな……。
「身体の方は問題ない。あとは落ちた体力を戻せばすぐにでも仕事に復帰できるだろう」
「そうですか。ですが、仕事に復帰するといいましても……」
「ああ、あの取引の失敗は手痛かったからな」
私が神代の冒険者を嫌う理由。
それは数カ月前、大事な取引があったさなか護衛として雇っていた冒険者が突如帰ってしまったのだ。
おかげで私は取引に間に合わず、大きな損を出してしまった。
それ以来、商会の収益もなかなか改善せず、皆に多大な負担をかけてしまっている。
「しかし、今回のような冒険者もいるのだな」
「やはり、神代の冒険者の方も私たちの冒険者の方と一緒なのです。個人個人の資質によるものなのですよ」
「そのようだ。……今回の一件で骨身にしみたよ」
「それで、父様はこの先どうなさるのですか?」
「そうだな。まずあのふたりには何らかの支援を考えねばならないだろう。なにをすればいいのかが問題なのだが……」
「それについては、私の方で今度聞いてみます」
コールカフを渡していたのだったな。
あれがあればいつでも連絡が取れる。
神代の冒険者同士はなくても問題がないらしいので需要がないが……今後はこういうこともあるかもしれないな。
「それからフューチャー女史にもお礼をせねばな。問題は私のお礼を受け取ってくれるかだが」
「フューチャー様とはそんなに気難しい方なのですか?」
「娘に家督を譲ってからは、ほとんど表舞台に出てこなかった方だ。今回、助けてくださったのも不思議なくらいだな」
不思議ではあるが、せっかく繋いでくれた縁なのだ。
できることならば途切れさせずに繋ぎたい。
あわよくば、フューチャー女史のポーションを我が商会にも卸してもらいたいものだが……さすがに高望みが過ぎるか。
「ともかく、今回のことはいろいろな意味で勉強になった。ファストグロウにある調合ギルドにも支援金を送ろう」
「まあ、本当ですか?」
「ああ。あそこが活動を活発化させてくれれば調薬師も増えるだろう。そうなれば、私のように困る人間が減ることにつながるはずだ」
「それはいい考えです。さすがに今回の父様のような薬を調合できるような方はそうそう生まれないと思いますが」
「それは……どうにもならないな。フューチャー女史がすごすぎるのだ」
フューチャー女史は数十年の歳月を薬草学に捧げたお方だ。
ほんの数カ月程度学んだ程度で追いつかれてはたまらないだろう。
「さて、このあとは店の帳簿を確認せねばな。私が倒れている間、なにかがあっては困る……」
「父様。それはあとにして、今日はゆっくり休んでください。せっかく一命を取り留めましたのに、また倒れるおつもりですか?」
「それは……わかった、そうさせてもらおう」
なんだか娘が妻に似てきた気がするな。
子供だと思っていたのに、しっかりしてきた証拠か。
「それでは、私は料理人にお願いしてなにか軽いものを作ってもらいます」
「そうだな。久しぶりに食欲がわいてきた。よろしく頼むぞ」
「はい。それではしばらくお待ちください、父様」
娘が出て行ったあと、ひっそりとした室内で今後のことを考える。
決して楽な道のりではないが、こうして命はあるのだ。
また新たな気持ちで再チャレンジしてみよう。
しばらくして娘が食事を運んできてくれたのと、もうひとつの吉報が入るのはほぼ同時だった。
まとまった現金も手に入ったことだ、今度こそしっかり自分の役目を果たそう。
……まずは目の前の料理を食べて体力をつけることからだな。
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