第10話 予想が当たったようです。
捕らえた男たちはイリヤが聞いたことには一切答えません。
彼は一番抵抗が強かった一人のあごをぐい、とわしづかみにしました。
うをぐぐぐ、とうめくひげ面強面の男が、目の前の優男の力に引きつった声を漏らす姿は、共に捕らえられた者たちにとって衝撃を与えます。
「このままこの手を回して後ろを向かせてやろうか?」
「く、苦しい!」
「そう思うのなら言え。女と子供をわざわざ大の男がたくさんで追ってきて、見苦しいったらありゃしない」
「こいつらぁ! 襲ってきたんだ!」
子供の一人が半泣きで叫ぶ声がそこに飛びました。
「そうなの?」
彼はまだ男のあごを掴んだまま、子供たちちも乗った馬の方を向きます。
「……はい」
答えたのは女性の方でした。
「私たちの集落は襲われたのです」
*
「私はトバリ。この子たちはトダとヤビです」
彼女はたき火の前で、温かい茶を入れた椀を両手で手にした時、ようやくほっとした表情になって名乗ってくれました。
今私たちが野営している場所にたどり着くがすぐに、ふらりと身体が傾き、馬に身体を任せてしまいました。
このとき、疲れていた彼女と馬を少しでも休ませようと、子供は私とイリヤのそれぞれの馬に乗せていました。
その子たちが慌てて、お姉ちゃん死んじゃやだ、とわんわん泣きました。
私が降りてうかがってみると、すっかり気を失っていました。
「大丈夫。疲れただけだと思うよ」
彼がそう言って子供たちをなだめました。子供たちは自分達を守ってくれた強い男の言葉に素直にうなづきました。
ここはあの場所から南東に移動した場所です。
野営にちょうど大きな良い木があったので、そこに荷を下ろし火をおこし、茶をいれました。
彼女たちを襲った男たちはその場に置き、馬を解き放ちました。
手傷を負っているとはいえ、縛っているだけのこと、身体が自由になるのは時間の問題です。でしたらとりあえず足は奪っておくことにしました。
馬であれから走った私たちにはさすがに追いつくことはできないでしょう。
「教えてほしい。奴らはどこの部族で、あなたたちはどうして追われていたのか」
イリヤは訊ねます。彼女は少し戸惑ったように、私のほうを見ました。
「私たちはここから北東の、ヨグルトからきたのよ。ええと、少し遅れた新婚旅行? のために遠出しているの」
間違いではありません。それを聞いて彼女は少しほっとしたような顔になりました。
地域によって服の形は異なります。特に頭布は西へ行くほどたっぷりしたものになります。彼女は顔の半分も隠していました。そういう部族もあるそうです。
私たちはそこまでではありませんが、普段から頭の上に直接強い日差しが降り注ぐのを防ぐために帽子はかかせません。
冬、寒くなった時には頭の中が凍り付くのを防ぐために帽子をかぶったりもします。それは男も女も一緒です。
ですが目の前にいるこの女性はきっと、女を家の中で守る地域のひとなのでしょう。外に出すこと自体が危険な場所がある、と旅の商人から聞いたことがあります。
ですがそういう地域のひとが、わざわざ自分で馬を駆ってきたというのはただ事ではありません。
「あの男たちは、私たちの集落を襲ったうちの一部です。女がいなくなってしまったから、と狩りにきたと言ってました」
彼女はどうも、直接男と会話する習慣がないようにです。旦那を持つ私を真ん中に置く、という形で会話することになりました。
「女がいなくなってしまった?」
「女だけでなく、集落も何もかもなくなってしまった、とやけっぱちのように言ってました」
その言葉に、私たちは顔を見合わせました。
「彼らはテケリケという部族です。私たち、ハイホンから嫁に出た者も、婿に来る者もいるところです。なのになぜ、と一喝した族長がまず殺されました。私たち嫁入り前の娘たちは、奥に隠され、馬に乗せられました」
「若い娘さんたち、みんな?」
「奴らは幕屋に火をかけながらでしたから、もうどちらにしても逃げるしかありませんでした。大人の男たちはその場で奴らを止めようとして」
そこでトバリの言葉が止まりました。
「泣かないで姉ちゃん」
トダという男の子が彼女に抱きつきました。ヤビもまた、黙って膝に頭を乗せます。
「兄ちゃん強いんだろ? 強いよね?」
「さあどうだろう」
「あんな連中よりもっとたくさんの奴らが来るよ。どうしよう」
彼はそれにはすぐには答えませんでした。私は子供たちに前の集落でもらったパンを乳茶と共にすすめました。
「戻るか」
イリヤは言いました。
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