第9話 逃げているひとたちに出くわしました。
イエガルでは水と食料を分けてもらい、私たちは歩を進めました。
彼の作った地図に従いつつ、一日進んで野営、その翌日くらいに次の部族の集落へ、という具合に西へ西へと進んでいきます。
一夜の宿を借りるごと、何かしらの土産話と、出立する時に頼まれた小物を渡しています。
こちらはこちらで、最近起こった奇妙なことはないか、と話の合間合間に聞いていました。もともと話好きな彼ですが、よくまああの光の話題にいつもつなげていくものです。私には絶対にできません。
そんな私は、と言えば珍しい刺繍の模様があったら型を軽く書き付けておきました。帰った時の土産話にするつもりです。こういったものは言葉より一目でわかるものの方が良いでしょう。
*
そして幾つかの集落を過ぎた辺りで。
「……何か、草が少なくなっていない?」
私は彼に訊ねました。
「そうだね。土もいつもよりずっと乾いてる」
それだけではありません。背の高いまっすぐな草が全く見当たらないのです。地にへばりつく様なものばかりが目につきます。
乾いた土にはところどころひびも入っています。水の心配をしなくてはならないかもしれません。
「この先まで行くの?」
「ちょっと待って」
彼はまた鞍の上に立ち上がりました。そしてぐるりと一回り見渡します。手を日よけにかざしながら、その下は難しそうな顔つきになっています。
と、その身体が沈みました。
「ちょっと駆けるよ」
言うが早いが、彼は馬に号令をかけました。私も慌ててそれに続きます。彼は一体何を見たのでしょう。ですが今聞いても無駄のようです。次第に速度が上がっています。
「あ」
思わず声を立てました。
私にも見えました。
遠くに土煙。
一生懸命命逃げてくる女性と二人の小さな子供―― きょうだいでしょうか―― の乗る馬。
顔は半分布で隠されているので歳の頃はわかりません。ただ布の色の明るさから未婚であることだけはわかります。
そしてその後から追いかけてくる幾人かの男達。
彼女は自分の前に子供をおいているせいか、なかなか上手く手綱を操ることができません。
「イリヤ!」
「行くよ」
私は馬につけた弓の位置を確認します。狩りの時の手順です。
「どう動くの」
「斬り込むから後から頼む。殺さないで」
「わかったわ」
狩りと違うのは、相手が獣ではないこと。
彼は速度を上げていきます。私はできるだけ女性たちの馬の方へ近寄ります。
すると向こうから矢がひゅん、と飛んできました。
「たすけて……」
彼女のかすれた声が、私の耳に届いてきます。
「せめてこの子達を……!」
私はきりきりと弓を引き絞り。
放つ!
矢は男達の合間を縫って、――かすめたのか。痛ぇ! という声が聞こえます。
「……と、どいたのですか…… あの距離を……」
私は苦笑いすると、彼女の側に行き、脇に回るように言いました。
彼女はすぐに私の言葉の意図を察したようでした。つかず離れず、邪魔にならないけど視界からは外れない場所を心得ているようです。
イリヤはその間に短刀を握ると、男たちの間に斬り込んで行きます。一人でなんて無茶だ、と言いたげな彼女の瞳が布の合間から見えます。
私は彼を後から襲おうとする男に向けて矢を放ちます。普段なら狼に向けて放つものです。狙いは肩です。腕です。
殺さないで、というのだから、彼は聞きたいことがあるのでしょう。
「ぐはぁ!」
幾つものそんな声が飛んできました。私の矢が刺さった者もいます。
向こうからの矢は届きません。そういう距離です。
そして彼は。
自分の馬の背から相手の馬に飛び移ると、短刀を突きつけながら次々に男達の肩を壊していきました。
元々器用です。器用すぎる程です。
そこに速さと力が加わわったら。
私は自分の旦那ながら惚れ直してしまうかもしれない、とややわくわくする心を止められません。
「余分の荷紐は?」
「あるわ。待って」
私は荷物の中から長いそれを取り出すと彼に渡しました。
全部で十四人。地に落とされた男達の手を後でまとめ、イリヤは彼らの前でかがみ込みました。
そしていつもの様に柔らかい口ぶりで。
「何でこのひとを追っていたの」
容赦なく訊ねました。
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