第19話 カラオケ大会




 なぜカラオケがある?


 そうこの世界には『カラオケ』があったのだ。

 それだけならそんなに不思議でもなんでもない。なんでもなくはないが、まあよしとしよう。


 おれが驚いたのは、カラオケで選択できる曲がすべて前世のおれが生まれ育った国『日本』でヒットした曲ばかりだったことだ。なんで日本の歌謡曲やフォークソング、演歌、童謡がある?


 この世界には『テレビ』もどきなるものは存在する。それは『魔道具』であり、アーティファクトである。そしてそこで放映される番組は、ほとんどがニュース番組だけなのだ。


 歌手が歌を歌って、テレビに出演するとかっていう『文化』そのものもないし、歌手っていう職業も存在しないのである。

 でも『カラオケ』は存在し、現にここに集まった第四グループの美女たちは何の疑問もなく『日本』の歌を歌っているのである。


「ユウ先生? どうしたの? もっと歌おうよ! じゃんじゃんリクエストして」


「ああ、ごめん…… ここで、カラオケで歌ってる歌って、だれかがどこかで歌ったり演奏してたものなのかい?」


「うううん、そんな人はいないよ。わたしたちが生まれた時からすでにあったものだから、だれもそんなこと気にしてないよ?」


 じゃあ、なぜ……


 カラオケの機械がアーティファクトだとすると、大昔転移者が持ち込んだか、それともここは実はおれの住んでいた『地球』の遠い未来の成れの果てなんではないだろうか……


 この世界の歴史はとことん一度調べてみる必要はありそうだな……




「先生、はい、あ~んして」


 隣に座ったこれまたコンパクトグラマーともいえるスタイルの小柄な美女が、おれの口元にアイスクリームを……


「わたしも、わたしも! わたしのアイスクリームも食べて食べて!」


 いや、アイスクリームじゃなくて、あなたを食べてしまいたいです……


「いや~ん、先生ったらエッチ! 」


「うひゃあ! 間接キスしちゃったあ! ユウ先生と間接キス~! 悶え死ねる~」


 大変である。間接キスのために三十のアイスの乗ったスプーンをすべて口の中に放り込まれた。


 まあ、いいか…… そんなことで喜んでもらえるならお安いもんだ……



「もう! わたしも先生を食べちゃいたい!」


 最初におれの口にアイスクリームを運んでくれた女子職員がひしとおれの腕に抱き着く……


 なんていう天国なんだここは…… 薄暗いカラオケ店内なら少しくらいお触りしても……


 『ギルティ……』


 あ、すんませんでした~ まだやってません、いえやってないじゃなくて、触ってもいません!


「ユウ先生、これもどうぞ!」


 グラスに入ったジュースにストローが一本……でもそのストローはY字型……


 おお、まさしくそれは恋人以上に許されたあの『ストロー』である。


「一緒飲も! 先生!」


 チューチューとストローの中をオレンジ色の液体がかけ上る。


「きゃあ~ 恋人みたい!やった~ 恋人……恋人……」


 恋人飲みを実現したその女子職員は頭から煙を出して│(いや比喩ですよ)別の職員とおれの隣の席を交代した。


 なんでみんなそんな知識だけは持っているのかと不思議ではある。



 こんなに皆が喜んでくれる姿を見ていると、みんなをみんなおれの嫁にして毎日毎日イチャラブ生活できたらどんなにか天国かなあ、とは思うのだがすべての女性を嫁に出来るはずもない。


 考えてもいい方法が見つかるわけでもない。


 今を楽しく生きていくしかないのである。


「先生! 一緒に歌おう?」


 ああ、それはデュエットをご所望ってやつですね……


 定番のデュエット曲が流れ、リクエストしてくれた娘と小さなステージで肩を組んで、身体をそっと密着させて、マイクをそれぞれ片手に歌う……

 横目でみるその美人さんの目がうるうるしてるんさ…… 彼女は頭の中で一時のこの世の春を謳歌してたみたいだ。

 

 もちろん残りの二十九人にもリクエストにお応えしてデュエットです。

 密着することが狙いではありませんよ、断じて。腰に回した手はいやらしくなんか

ないんだから!


 今回の宴会というか歓迎会というかカラオケ大会では、酒はほんの少々である。酔いつぶれる人はさすがにいなかった。

 席を順番に交代しながらおれと雑談する彼女たちは暗黙の了解なのか、特段抜け駆けしようとすることもなく、その点では不気味なくらいむしろ秩序を保っていたさ。


 夕方から始まったカラオケ大会も残り時間もあとわずか…… 歌いつかれたのか皆それぞれがソファでぐったりしていたんだけど、一人の美人さんの一言で一気に生気が蘇る。



「ユウ先生、曲に合わせてチークダンスをわたしと踊って?」


 周りの二十九人を含めた女性たちの食い入るようなおれをみる眼…… いやもう慣れました。特別取って食べられるわけじゃありませんし……


 三十人三十曲、三十人の様々なタイプの女性とのチークダンス…… 


 いやあ、参りましたわ…… 息子さんが元気過ぎて困ってしまいました、わんわんわわんです。


 おれの耳元でチークダンスを踊る女性のささやき……


「先生…… エッチね…… でもうれしい…… こんなわたしでも興奮してもらえて、あ・り・が・と!」


 言葉は一人ひとり違えども、ほぼ全員から同じような感想を囁かれた。


 えっちっていわれてもねえ…… ぐいぐい押し付けてくるのは彼女たちだし、健康男子のおれとしては当たり前の反応ですよ。


 おれの首にがっちりと顔を寄せてしがみついてくる女性を拒否できるわけがありません。


 両手の置き場に苦労しましたけどね。


 もっと困ったのは熱い視線でおれの目をみて明らかに『キス』をご所望の女性の誘惑に抗ったことですかね。 ここで誘惑に負けたらお終いです。


 でもこれって、特に問題ないんじゃね? チークダンスでキスしてる男女なんていっぱいいたし、それが悪いことだなんてだれもおっしゃいませんでしたよ? 場の雰囲気ってあるじゃないですか。


 ほろ酔いで薄暗い中で、いい雰囲気の曲が流れて、お互いにそれなりに好意をもってチークダンスなんて踊ってれば、キスの一つや二つ……


『ギルティ……』


 やっぱりだめっすか…… キス一回、入籍一回ですね、やっぱり……




 第四回の歓迎会も無事?完了……


 後日、校長からは「わたしもチークダンスを……」って強要されました。


 ええ、了解しましたとも。断るはずがないじゃないですか。


 ようやく十分の四が終わりました…… 


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