第五抄 覚仄疑心
林を抜けてまたさらに歩き続ける。
昼に差し掛かる頃、進行方向の先に門らしき陰が見えた。
「ねえ凜静、あれがひょっとして…」
「ああ、あれが大黒だ」
黒々としていて所々朱の混じる紋様の入った荘厳な柱四本に支えられたそれは、目的地としていた圏門大黒だった。
人の何倍程もある高さをもつ圏門は、その見た目と合いまって威圧さえも感じられるようだった。
圏門の両側にはそれもまた広く門ほどの高さのある壁があり、その壁をなぞるように堀が造られていた。門前にはその堀を越えるための架け橋が設けてあった。
橋の上には今にもその重さに耐えきれず崩れてしまうのではないかと心配になるほど多くの人が立ち並んでいた。
「すごい…あれって全部人なの?どうして立ち止まっているんだろう」
「あの下で門番が検問を行っているんだ。中心街へ繋がるからどうしても厳しいんだよ。だから人も多く待つことになる」
老若男女多種多様の人々がそこにおり、瑠璃はやはり動揺と興奮を隠せない。
「凜静見てみて!あの人あんなにも髪が長いよ、あの着ている服はなんだろう?模様が折り重なっていて綺麗!すごいすごい!」
「落ち着いてくれ」
凜静はただただ困惑した。ただの人だろう。
「私たちもあの列に加わるの?」
「いや違う。目的地は」
─あれだ。と凛静が指を指し示した場所は大門の右手に見える長屋のような建物だった。
「あそこは身寄り無しや示し彫りの期限の問題で門を越えられなかったり、なんら事情がある奴が一時的に住む場所なんだ。お前はとりあえずあそこで暮らすといい」
そう言いながら、賑やかな声の聞こえるその場から離れ、目的地である場所へと向かう。
「示し彫りって何?大切なもの?」
瑠璃は歩きながら先ほどの凛静の言葉の気になったところを尋ねた。
「大切だな。どの圏でもそれぞれの象徴する記号のような示し彫りが用意されている。それは各圏にいる間の滞在承認の証だからなければ罪人扱いになる」
「わ、私持っていないよ?」
瑠璃は、なら私は罪人なの、と懸念した。
「お前はここが出生地だろ。そういうやつはどこかに痣みたいに“示し彫り”が印されているはずだ」
「え、知らない、どこに?」
「腕、見せてみろ。」
瑠璃は凛静に言われた通りに腕を差し出した。
そして凛静はまじまじと瑠璃の腕を見た。
(なんかこれ、少し恥ずかしい)
瑠璃はどうしたらいいか分からず目を瞑ってみる。
「…?ねぇな」
「え」
(大体の奴は肩から二の腕にかけての部位に生まれて間もなく彫るはずなんだがな)
しかし、瑠璃の腕には何もない。痣も、そして件のことで負っていたはずの火傷さえも、なかった。
(こいつはどこか、おかしい)
あんな業火に焼かれて、肌がここまで綺麗なままであるはずがないのに。
(鎖骨や首元も一応規定の位置だからそっちにあるのか)
凛静はそんなことを考えながら、掴んでいた瑠璃の腕を離し、襟元をやや引っ張って瑠璃の鎖骨から首を見やった。
(ここにもない)
何でだ、と一人で疑問に思案した。
すると瑠璃の首元が微かに震えていた。
ハッとして瑠璃の表情を伺うと、真っ赤になっていた。
見やっていた首元も徐々に赤らんでいる。
しまった、と思った時には遅かったようだ。
「凛静…」
顔を真っ赤にした瑠璃が凜静をねめつけている。
「悪い、本当に悪かった、お前に形が無くて不審に思って、すまん、ごめんなさい、申し訳ない」
知っている詫びの言葉を凛静はひたすらとなえた。
無意識だったとはいえ、女の衣服を無遠慮に肌蹴させるのはよくなかった。
そう、よくなかった。
飛んでくる拳の一発や二発は覚悟していたが予想に反して拳が飛んでくることはなかった。
──が、蹴りが凛静の背骨を当てた。
瑠璃の方向からは飛んではこなかった。
思わぬ奇襲だったため慌てて体勢を立て直しながら向き直り背を庇う。
「何真っ昼間っから堂々と軟派なことしてんすか。娘さん、大丈夫すか」
軽く抑揚のない、しかしどこか穏やかさを帯びた声が蹴りが飛んできた方向から聞こえた。
「幸い門番も近くにいるし、その軟派男ひっ捕らえられるすけど、どうするすか?」
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