第1章 高校生活1日目

第2話 僕の顔に浮かぶ死相 

 高校の入学式を明日に控えた、火曜日の朝九時を過ぎた頃。


 外を歩けば、そこらじゅうで桜の花びらが舞っている。青空を背景にそれらを眺めながら僕は、大通りから裏道を通った先にある一軒家へと足を向けていた。


 僕が目指す一軒家は一階が店になっており、二階が住居になっている。僕が到着したのは開店時間の三十分前だったが、そこにはすでに列を作る十数人の姿があった。飛び交う会話や態度から察するに、常連客と新規の客が半々といったところだろうか。


 僕は知り合いの誰にも告げず、一人でこっそりこの場所へ来ていた。


 なるべく帽子を深く被り、偶然、見られることもないよう努めて縮こまる。僕が人相占い師の女子高校生が営む人気店に並んでいた、なんて誰にも知られるわけにはいかないのだ。何故なら僕は周囲から、こういう事をするようなタイプだと思われていないのだから。何より僕自身が、恥ずかしくて耐えられない。こんなアイドルの追っかけみたいなこと、一度でもするつもりなんてなかったのに……。


 それでも決行したのは、僕にとって彼女が特別な人だからだ。彼女は所謂、僕の……、初恋の君、というやつで。だからこの日は僕にとって、最高の記念日となる……はずだと思っている。


 ずっとネット越しにしか見つめられなかった彼女と、初めて顔を合わせる日。


 これほどの緊張は、人生で初めてかもしれない。僕は買ったばかりの長袖シャツとメンパンをはき、そしてその瞬間が訪れるのをひたすらに待っていた。


 そして――。


 開店後、三十分もしないうちに自分の番が回って来る。

 店内に入るとそこは、紫のカーテンで四方を包む、こじんまりとした空間だった。室内に漂うのは神妙な空気と、壁にびっしり飾られた神秘的な占い関連グッズ。そして目前の丸いテーブルの上には、一冊のノートとペンが二本。


 僕は手前の椅子に座り、向かいに座る彼女から差し出されたカードに個人情報を記入する。それを彼女へ手渡して、彼女と向き合った僕は、この上ない幸福に包まれたのだが――。


「すごい……。ここまで独特な死相は、初めて見ました」


 テーブルを挟んだ向こうに腰を据えた彼女は、興味深げな顔をしながら思案する素振りを見せた。


闇路やみじすすむさん。あなたはあと数日で、命を落としてしまうと思います」


 この場が静寂に包まれる……。

 大ファンであり初恋の相手でもあるがゆえに、何を言われても信じると決めて来たわけだが。しかし彼女の言葉は、あまりに突拍子もなさ過ぎた。固まる僕の顔を、小柄な彼女は乏しい表情で見据え続けている……。


 何か言葉を返さなければ。そう思うのに僕は――、返す言葉に困ってしまう。

 しかし真顔の彼女も、口を開く気配がない。


 そして訪れた、気まずい沈黙……。

 けれど、僕は――。


 気まずかろうが何だろうが、黙って見つめ合っていると頭の中が、ジリジリと痺れてしまうのだった。


(こうして本物の顔をマジマジと見てみると……、やっぱりすごく可愛い……)


 僕は彼女の顔に見惚れ、思い切り呆けてしまう。

 占い師を生業とするのは、年寄りか怪しい熟女だけだと思っていたのだ。だから現役女子高校生である彼女の存在を知った時は、本当に驚いた。そしてなんとなく、ネットを駆使して彼女を追いかけているうちに――。僕は、彼女の大ファンになっていた。


 そしてネット上で偶然に見つけた、非公式のファンクラブ。それに入会している事実は僕のトップシークレットだが、僕はそこで、彼女の情報を入手する事に成功していた。


 彼女は、東京出身の黄金院おうごんいん水面みなもと公言しているが、本名は憑依道ひょういどうゆみと言うらしい。そして彼女は本当は、東北にある孤立集落出身らしいのだ。


 そしてそんな変わった名字と実家を持つ弓ちゃんは今、両目を見開き、そんなに珍しいのか僕の顔をじっと凝視しているところなのである。


「だけど、妙な死相です。死相がいくつも重なって見えるなんて、こんな死相に出会うのは初めてです……。人は一つしか命を持っていないのに、何度も死を経験するなんてありえないのに、これは何を意味するのでしょう」


 首をひねる弓ちゃんの目は、好奇心で満たされているが……。

 対して僕は、どうリアクションすればいいのか分からなかった。


 弓ちゃんが今もこれほどの人気を博しているのは、彼女の言う事が恐ろしいほどに当たるからだ。


 だがそれでも、流石に信じられないというか、信じたくないというか……。

 大ファンである弓ちゃんの言葉だけに、どう受け止めるべきなのだろう。悩ましい。


「妙なのは、もう一つ。闇路さんには、守護霊がいません。本来、人は例外なく守護霊を背負っているものなのに、どうして……」


 そこまで言ったところで弓ちゃんは、ハッとした顔をした。


「もしかして守護霊がいない事と、この特殊な死相が何か関係して……」


 それからまた彼女がもたらした、ずっしりと重たい沈黙――。

 しかしここまで言われても尚、僕は(そんな風に考え込む弓ちゃんも、可愛い……)と、呑気に思っていた。だってネット越しでも可愛いけれど、やはり本物に勝るものはない!


 十六という年相応の愛らしい顔。その華奢な体を包み込むミステリアスな空気。東北なまりのない言葉遣いや、東京で流行りの服装を熟知しているそのファッションからは、本当のプロフィールを隠したい意思が強烈に伝わってくる。


 しかしながら僕としては、孤立集落出身と言った方が箔がつくような気がするのだが――。

 もしかすると、地元がクローズアップされるのは嫌なのかもしれない。


「闇路さん。あなたはこれまで一度でも、心霊体験をされたことはありますか?」


 僕は、まさか、と言って首を振った。


「闇路さん。私の推測が正しければ、闇路さんの守護霊はごく最近いなくなったのではないかと思います。もしも今夜、とても恐ろしい体験をされたならば、明日、必ず私の所へ来てください」


「えぇっ?! 個人的に?! 僕と会ってくれるんですか?!」


 驚く僕に、弓ちゃんは一枚の名刺を差し出してくれる。


「これは本当に特別な対応です」


 真面目な顔をした弓ちゃんは再度、「何もなくても、必ずご一報ください」と僕に念を押した。


「は、はいっ! 分かりました。わざわざ、ありがとうございます」


 僕は、にやけたくなるのを必死に堪え――。精一杯、爽やかで穏やかな笑顔を取り繕う。そして名刺を受け取り、僕は静かに立ち上がった。


「人相占いをしてくださって、本当にありがとうございました」


 僕は、丁重に頭を下げ――。

 もう一度、弓ちゃんの顔を目に焼き付けてから、きびすを返す。

 そうして退室した僕は、列をつくる客達の横を通り過ぎながら、心の中で笑っていた。

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