僕らの日常は、悪霊なしには語れない

相枝静花

プロローグ

第1話 始まりを告げる悪夢

 真夜中だった。

 月の光が、周囲を明るく照らしている。

 ここは、僕が通っていた小学校内にある屋外プールだ。


 いつの間にかこんなところにたたずむ僕は、プールの水面を、ただじっと見つめている。少し離れた水面に浮かぶ何かに、思い切り目を奪われていた。


(あの二つの黒い塊は何だ――?)


 僕は目を凝らして、それを凝視する。

 しばらく見つめ続けていた僕は、次の瞬間、それらの特に黒い部分が人間の髪である事に気付いたのだった。僕は息を飲み、それらが二人の少女である事を理解する。彼女らは手をつなぎ、うつ伏せに浮いて、ピクリとも動かない。


(――待て。あれは、死んでいるんじゃないのか?)


 今さら気付いた僕は、一気に血の気が引く思いで周囲を見渡していく。

 

 だが――、こんな時間だ。誰もいない。

 

 恐ろしくなった僕は、忍び足でこの場から離れた。けれどプール施設を出る直前、何か嫌な予感がして後ろを振り返る。

 遠目に見える少女達が動く気配は……、ない。

 ただそこに、捨てられたゴミのように浮かんでいるだけだ。


 僕は一目散に学校から逃げ出し、見慣れた通学路を一気に走り抜く。自宅を目で捉え、急いで敷地内に入ると玄関扉を乱暴に開けた。入ってすぐに靴を脱ぎ捨て、二階の自室へ駆け込む僕は、そこで胸を撫でながら荒い呼吸を整える。


(良かった……。戻ってこれて……)


 暫くして落ち着きを取り戻した僕は、差し込む光が気になって窓の外を見上げた。今夜の月は、妙に明るい。立ち上がり、僕は歩み寄ってカーテンを掴む。それをゆっくりと閉めようとした時……。

 とんでもないモノを、見つけてしまった。


 僕の家の前に、誰かがいる。


 長い黒髪。小学一年生くらいの少女が二人。

 手をつなぎ、全身がびしょ濡れのあの姿は――。


 僕は、あまりの恐怖に声も出せず。

 身体を動かすことも出来ず。

 目を逸らすことも出来ない。


 目を背けたい意思とは裏腹に、ただその姿を凝視していた時……。


 少女達は、ゆっくりと顔を上げた。

 見覚えのあるその顔は――。

 血色がなく、皮膚が腐りかけていても分かる。


 変わり果てた、僕の幼馴染みだった。




「うわあああああああっ!!」

 ベッドの上で跳ね起きた僕は、瞬間、

「なんだ……夢かよ……」

 だが額からは汗が流れ、バクバクと激しく打つ心臓は今にも破裂しそうだ。


「勘弁してくれよ……。今日は、高校の受験日だってのに」


 悪態をつく僕は溜息をつきながら、壁掛け時計を見やる。

 時計の針は、朝の六時少し前を指していた。僕は六時にセットしておいた目覚まし時計を止めて、大きく伸びをする。

 凝り固まった右肩を、左手でほぐすように揉むが――。

 たっぷり寝たはずなのに、疲れが取れきれていない。


 その原因は、絶対にあの悪夢のせいだ。


 実は僕は、定期的にこんな夢を見る。内容はいつも同じで、もう何回目になるか分からない。きっと僕の中で、幼馴染の身に起きた過去の事件が、トラウマになっているのだと思う。でも、だからといって、いつまでも気にしていたって仕方がない。きっとこのトラウマも、じきに薄れて消えるだろう。


 気を取り直した僕は、気持ちを切り替え、机上の参考書にもう一度、目を通し始める。今日は、本命の高校を受験する日なのだ。僕は気合いを入れ、合格する自分を想像した。


(いける! なんか、鮮明にイメージできるぞ!)


 ――と。


 この時の僕は、何故かやたらと合格できる自信を持っていた。まぁ結論を言えば、僕は合格出来たのだから、その自信は本物だった訳だが。

 その先に待っている未来までは、何も感じ取れていなかったようだ。


 まさか高校生活が、わずか3日で終わってしまうなどとは――。

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