第52話 絶対零度

「菜月……」


思わず口に出してしまう。

まだ幼かった頃の彼女の記憶を思い出してしまう。

悠斗君という師匠の妹ではあるが、俺からしても妹のような存在だった。

ちなみに悠斗君は兄みたいな存在だった。

突然消えて動揺しないはずが無かった。

俺が理由を聞こうとしたその時だった。


「晋也……、晋也だ……」


そう呟いた菜月がギュッと抱きついてくる。

俺の首に手を回し、互いの隙間を無くすかのように、これでもかと密着する。

むにゅっという効果音が聞こえた気がした。

菜月はすっごい胸がある。

手足は細いのにこの大きさは反則だろ。

俺の童貞スカウターによるとEカップ。

実際は多分違うだろうが……。

そして菜月は俺の胸に顔を埋める。

俺は気が気ではない。

突然師匠の妹、昔の妹のような存在と再会しただけで衝撃なのだ。

さらに抱きつかれるなんて誰が想像しただろうか。


「ちょ、菜月!離れて!」


「晋也……私のこと、嫌い……?」


「嫌いなわけないだろ!けどとりあえず1度離れよう!」


「ん……晋也、私のこと……好きなんだ……。良かった……」


むしろ抱きつく力が増す。

俺は必死に煩悩を頭から振り払う。

しかし神は俺に味方しなかった。

近くにある階段から足音と話し声が聞こえてくる。


「夏帆ちゃん弁当無いの?」


「はい……忘れてしまいまして、」


「あたしの分けてあげる!」


「私もよ」


「ありがとうございますっ!」


まずい……、夏帆だ。

動こうとするがやはり動けない。

松葉杖なので体が安定せず、力が入らないのだ。

そして階段の方から声の主たちが角を曲がりこちらへ来た。


「ねぇ晋也?何してるのか話聞かせてくれるよね?」


その声は冷たいを通り越し、絶対零度に到達していた。

やばい、おわった……。

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