第27話 過去来歴

私は普通の学生だった。

特別に運動が得意なわけでも無く特別に学力が高かったわけでも無い。親の収入を考えて県立高校に入学し、そこでは偏差値が低い人間が多かったので学力では上位であったが何の自慢にもならない事を知っていたし、運動では中間よりも低い部類であったので運動の時間では何をやっても補欠を抜ける事は無かった。


平凡な大学で薬学を学んで卒業し、中小会社に数年勤めていたがある時に転機が訪れる。

高校の同窓会。開催は2回目であった。大学進学に伴い疎遠になっていた友人の1人が中小の社長になっていた。その友人とはオタク友達で彼に話を聞くと動画制作の仕事で会社を立てたらしい。

私は努力の差に衝撃を受けた。私が大学で簡単な講義を受けている間に彼は工場で働き、金を溜めて自分の好きな世界で責任のある仕事をして居る。彼がどれ程努力し、時間を掛けて会社を立てたのか。それを思うと心揺さぶられる思いだった。


私は心の何処かでは大学に進学しない彼を見下していたのかもしれない。態度に出した事は無いがそれ程の衝撃だった。


「俺も武ちゃんみたいに頑張ってみるよ」


彼の話を聞いた後に彼と笑い合いながら言った言葉はその場限りの物では無く、私の決意表明だったのだと今では思う。

私は覚悟を決めたのだった。


通勤の合間にビジネス書を開き、私がするべきなのは投資であると判断し4年間為替を学習した。

何度か諦めそうになったが繰り返し学び、資金が1億を超えると株式市場へ。初めて年末調整を自分の手で行った時は会社が潰れても稼げると安堵を覚えたものだ。


税率の関係で会社を設立すると、起業は簡単であると感じた。運転免許証を取得するかの様に金を数十万出すだけだった。

為替と勝手の違う市場に戸惑いながらも長期的な視点で考え始めてから利益が出始めて、さらに難易度の高いエンジェル投資も開始。この頃には勤めていた会社を出て投資に専念した。


資産が大抵の人間の生涯就労金を越えると欲が大きく出たのか、新たにアパレル系の会社を設立し失敗。

懲りずに健康食品の会社を設立すると予想外の収益が出たので、CEOに会社を任せて別の事業に専念し始めたのが運の尽きだった。


CEOは他の企業に私の会社を千円で売った。他企業との密会が有ったのだろう、正式な署名の入った書類が家に送られてきた時までは人の好い笑みを浮かべていたCEOもこの件を電話で問い詰めた際には「何が悪い?」と私に暴言まで吐いたのだった。

横領の罪では無いのかと裁判で指摘したが、正式な書類を理由に結果は敗訴。

その時に大金は人を変えると思い知った。彼も、私も大金によって変わったのだ。



だって、こんなにも簡単に人を殺す選択が出来る様になるのだから。



人の値段を考えた事が有る。学生時代は生涯年収と同等の2,3億程度だと思っていたが、実際は高く見積もっても数百万程度だ。そのように考えていたからこそ数百万程度の価値しかない人間が毎年数千万を生み出す会社を稚銭で売り払った事が許せなかった。

憎悪はあったが私が住む国の法は復讐を許さない。だからこそ私は自我を通すために他国民になる事にしたのだった。


犯罪人引渡し条約を結んでいない国の国民になるまで5年をその国で暮らさなければならない。資産を移行してその資産をその国の銀行から殆どを引き下ろし海外にマンションを幾つか買って拠点を作り、私は他国民になった。

彼に復讐する為だけに国へ帰った私はCEOの住所を市役所で調べ上げて彼が未だに高級マンションの一室に住んでいる事に安堵した。


半年間住むと言う契約で金を先払いし、彼のマンションの上階に引っ越して数カ月を平穏に過ごすと冬になっていた。

警備員が3人の交代制で監視カメラもあるマンションだったのでカメラの死角と警備員が外出する時間帯を調べあげた。

残念な事に監視カメラに死角は無かったし警備員についても監視カメラ映像を確認する画面の前から動くことは無かった。私は決行日に夜間に変装して上階のベランダから彼の住むベランダまで縄を使って移動し、彼が帰宅するまで彼の住む部屋に潜んだ。

獲物は其処らに生えている毒花トリカブトの毒を塗り込んだボウガンに千円包丁。冬用の手袋を付けて腰には新しく買ったスニーカーを結び付けてダウンの上からウィンドブレーカーを着こんでいる。髪が抜け落ちない様にヘアーワックスで髪を固めてさらにニット帽。

何故か緊張はしていなかった。


暫くしてガチャリと玄関のドアが開き、鍵を内側から掛ける音を確かめると私は息を潜めてボウガンの弦を張った。

彼の姿を見た瞬間にボウガンの引き金を引く。命中。ボウガンを発射した時の特有の振動が腕に伝わる。

2発目を装填して直ぐに発射。彼は叫び声さえ上げずにその場に倒れ込んだ。

私は彼に近付き顔を確認する。懐かしい顔で安心した。


「久しぶりだな。ああ、答える必要はない。痺れて動けないだろ?」


「誰だお前は・・・」


かすれた声が静かな部屋に響く。

私は答えずに彼の首筋に注射器でトリカブトの毒を注入した。


「君の事をずっと思ってたんだ。舐められたら消さないといけないってのは君から教わった訳だし。まあ高い授業料だったけどね。それとも昔の事は忘れてしまったかな?まあいい。私はこの国に住むことが出来なくなってしまったんだ。まあ税金が高いから何れは出ていく心算ではあったが準備ってもんが必要だろ?」


私は彼の腹に包丁を突き立ててそのまま下に引いた。薬が効いたのかを確認する為に解体する際のネズミの様だと感じた。

彼は痛みに藻掻くが痺れから満足に動けない様だった。経口摂取では20分程から効き始めるが、首からの注射が利いたのだろう。


「舐められたら消す。良い授業だったよ元CEO君」


彼はビクりと身体を震わせた。やっと私に気付いたらしい。

彼が生きようと藻掻いている。長距離走をした後の様に早く、静寂に溶け込むほど小さな呼吸音が部屋に響いていた。彼のポケットから鍵を探し出して手に握り込む。


「じゃあ、さようなら」


私は彼の眠るような顔を確認していから首筋に包丁を深く入れる。これが私の初めての経験だった。

マンションの外に出てそのままスマートフォンでタクシーを呼ぶ。返り血が付いた可能性があるウィンドブレーカーを脱ぎ去り靴を履き替えた。

手袋は彼の血で濡れていたのでウィンドブレーカーで包み隠す。私はタクシーでごみ収集所へ向かいウィンドブレーカーを捨てた後、燃やしてからタクシーで空港へ向かって帰国した。


数週間後、ネットをして居ると異臭騒ぎの原因として彼の記事がニュースになっていた。

警察は無能では無い。私の存在が怪しいと気付いている筈だが、その為に犯罪人引渡し条約の無い国の国民になったのだ。

国際指名手配されても問題ないように幾つかの拠点も用意しているが、国民が普段の生活で指名手配犯を探す機会など殆どない。目立たない服装でサングラスを顔に掛けて生活すれば問題ないだろう。


逃亡先では為替・株式に加えて2ヵ国の言語を活かしてインターネットビジネスを展開し会社を設立した。社員数1人の自宅を兼ねた会社だが人件費が無いので儲けは多い。


そして、数十年。妻を迎えて十分以上に裕福な生活を送って居たのだが、ふと祖国の事が気になった。

手紙で交流していた両親は亡くなり葬式にも出る事が出来なかった。手紙の発送元と写真には土地の情報が含まれる為に写真は部屋の窓を閉め切り、暗い部屋をライトで照らした顔写真のみ。発送元は現住所を書かずに1度別の国へ発送し、その国での受取人が祖国の住所を書き込んだ手紙に入れ替えると言う方法を取っていた。一方的に送り付けるだけであったが自分の中の良心は満たされていたのだが、死期を思うと私は次期に動けなくなっていく。年を取る程遠くに行くことが出来ずに行くのだ。死ぬ前に祖国の土を踏みたくなった。


「じゃあ、サーニャ。行って来るよ」


「ええ、行ってらっしゃいませ。あなた」


私は祖国に帰る覚悟をした。出発前に妻と抱き合い空港へ向かう。

3人の子供はもうとっくに成人して家を出ていたし妻には「戻れないかも」と話していた。冗談交じりにだが。


悔いはない。やりたい事をしてやるべき事をやった。

乗客員にシャンパンのサービスを頼み、雲の上で自身の人生を振り返っていると眠くなって来た。老いてからは変な時間に眠くなる。リラックスする為に座席を倒してフラットにするとシャンパンが運ばれてくる前に私の意識は途絶えたのだった。


寝て起きると知らぬ土地に立って居た。

老いた身体では感じることが出来なかった温度を敏感に感じる。確認すると老化の特徴は消え去り、筋肉量、眼球の色、肌の質感から最盛期である20代前半程の気力に満ちた身体に立ち戻っていた。


「神隠しにでもあったのか?」


声色も若く存外の出来事に嬉しくなる。

感情が高まりそれに応じて力が増すのは若い人間特有の物に違いない。


「まあ、どこでも良い。先ずは稼がねば」


多くの経験をした。何よりも大切なのは生きる事であると私が作った死体が教えてくれた。

良い人生には金が必要なのだとも知っている。

だからこそ、


「この国で稼ぐのだ」


先立っては情報が欲しい。

環境・歴史・法・土地に人種。とにかく多くの情報を仕入れて自分の経験と照らし合わせる為に私は門の中を練り歩いた。

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