第16話 言葉とは
私の演説が始まるのだ。緊張から来る唇の渇きを誤魔化す為に紅茶を1口だけ口に運んだ。
「この国は、農畜が共に盛んで羨ましいです。私の国では国土の関係で畜産物の規模が小さかったので、本日、多く使用した乳製品は畜産を行う関係者か貴族しか食べる事が出来なかったのですが、アクィタニア帝国では多くの市民が畜産物の恩恵に預かっている。私の国で貴重と尊ばれてきた食材達が当たり前に消費されている様はある種の爽快感を覚えました」
言外に市民でもこの食事を摂る事が出来ると伝える。
自国では贅沢品だったこの食事がアクィタニア帝国では安価に手に入ると言ったのだ。
「正直、この様な食事が出てきた事に驚いたぞ。私が臥せている時は滋味溢れる味であったと記憶しているが」
位が上の人間から話すのだろうか。それともティベリスのが気を利かせたのか。
「暑い時に飲む冷たい水が、寒い時に飲む温かいスープが身に染みる様に、病に臥せている時はああ言った薄味で素材が生きている料理が良い。消化するのに体力を使わない、病人食という物だ。今回は晩餐と言われたので味が濃厚な物を用意したのだ。全て保存食で作った物だから味は濃い」
「成程、アクィタニア帝国では塩漬けや砂糖漬けが一般的だが、確かに新しい手法だ。それに、保存食とは思えぬ程味が完成している。お前の国の貴族が食べる晩餐と言うのも納得できるが……何故お前が作れる?お前が旅人であるとはお前自身から聞いている。しかし、お前を見ていると、とても旅人とは思えん。食事中の礼儀はこの国でも通用するものであったし、トラヤヌスへの礼も旅人がする物真似ではない。アクィタニア帝国の礼とは違うが、動きが洗練されている。一日二日で出来るものでは無いな。この問いには正しく答えよ、ヒロシ。お前は貴族であったのか?」
他国の貴族が居るとそれ相応の対応をしなければ為らないからこその問いだろう。国家間での衝突は戦争に繋がる。アクィタニア帝国は大陸を征服した強大な国であるという事はメアリ嬢との会話から聞いていた。そう考えるとアクィタニア帝国が知らない技術は大陸内にないという事になる。つまり、ティベリスは私が海の外からやって来たと考えているのではないだろうか?
私は、食事最後の説明で畜産物が少ないという事を話した。そこから海を連想したのではないだろうか。畑を耕すのも移動するのにも畜産動物は必須なのだ。全ての国民に農耕の義務を負わせているアクィタニア帝国からしたら、そう考えても仕方ない。
未開の土地の未知なる技術。征服事業を行うアクィタニア帝国にとっての脅威に他ならない。
私がするべきは……。
「否。餓えの無い国から来た旅人である。抑々貴族が料理を行う事は無いだろう?」
誤魔化している振りをする。
別段、自身の事について隠す物など無いが、相手の勘違いを誘う為だ。人間は理論的な話を信用したがるが、それと同様に奇跡や偶然を信じたがる生き物でもある。
今後の私の目標を速やかに達成するためにはそういった神秘性も必要なのである。
「無い。が、その服は貴族が着る服よりも1等優れている。絹だな?銀糸で服を作った方が安く付く。ネックレスも腕輪も金。腕輪に至っては時間を刻んでいる。この部屋に飾られている小型の時計塔を見たな?アクィタニア帝国ではあの時計が最新だ。貴族の威光を示し、他国を圧倒する技術の結晶だ。何が言いたいか解るか?お前がアクィタニア帝国大貴族であるこのティベリスに見せている物が何であるのか解っているのか?」
ティベリスは興奮していた。顔が赤くなり必要以上の言及。明らかに未知への興味ではない。ティベリスと初めに茶会をした時の反応と明らかに異なっている。最初に会った時の余裕が完全に消え失せているのであった。
恐怖から物を知ろうとするのは人間の本能だ。火を有用に使い夜の恐怖を打ち払い、星を支配するにまで至ったのは未知を払う為に得た恐怖に対抗する知識である。
本能を剥き出しにしたティベリスがそれでも対面的に理性的で居られるのは貴族であるが故だろう。
「物が優れていても人が優れているとは限らんよ。お前が何に怯えているのかは分からないが、敵なら縁を繋ぐ意味が無いだろう?」
老化すると感情が制御できなくなってくるのは何処の国でも同じらしい。
「なっ!」
トラヤヌス夫人の声が響く。貴族に対しては余りにも無礼だったのだろう。しかし、言わなければならない事もある。ティベリスとは対等な協力関係にあるのだ。トラヤヌス夫人は未だ意識的にでも無意識的にでも私を下に考えている。貴族としては当たり前ではあるがティベリスと対等である事を彼女に言外にでも伝えなければ詰まらない事で行動を制限されかねない。
「怖がるな。この国で路銀を稼ぐ為に支援を貰うのだ。お前に危害は加える気はないよ。私は、人々が喜ぶものが金貨を呼ぶことを知っているのだ」
優しく、言う。
私が金を稼ぐ事を前提とした行為を今後行っていくと言う方針も示した。
貴族に対してこの物言いは失礼だろう。解っているが、ティベリスの様な生涯知識を求め、理論的な考え方をする人間の思考パターンは知っている。私はこの晩餐である程度の知識を見せ、それが有用である事を示した。アクィタニア帝国に無い技術を見せつけ、それが明らかに高度な技術を伴う物であった。
ティベリスは私を手放せない。医療改革の約束をした後に技術の違いを見せつけアクィタニア帝国との文明の差を確信させた。今後を考え、国の発展を望む貴族で理論的な思考を持つ人間が私を手放す時は、私から全ての知識を奪った後になるだろう。
そして、その時に私は殺される。
私がティベリスと同じ立場なら絶対にそうする。利益の前に大抵の人間関係は無視されるからだ。
私はそれに対する対抗策を練らなければいかない。
もう思いついてはいるのだが、時間が掛る上に人材と金とコネクションが必要だ。そも、この国に根を張る気なら貴族に無礼を働く事など出来ない。
どうせ、いなくなる。と言う前提在っての余裕だ。逃げ道があった方が精神的に大胆に活動できる。
「ヒロシ。貴方は知らないでしょうけど、お父様は未だ帝国軍部に影響のある指導者なのよ。だからこそ帝国が医療貴族を呼んでまで助けようとしていたの。帝国が呼んだのよ?貴方は帝国軍部の指導者に怯えていると言ってしまったのよ。不敬罪になる可能性だってあるの。それを分かっているの?」
トラヤヌス夫人からの叱咤である。
つまりティベリスは、帝国が恩を売る程に気を使う人間であるという事。軍部出身だからこそ、自身の生死にあれ程執着が見られなかったのだろうか?
いや、待て。
あの貴族を差し置いて私に処置させたのは帝国からの恩を受けたくなかったからか?それともあの貴族がティベリスを殺そうとしていることを察していたのだろうか。
どちらともあり得る話だ。指導者の命を救ったとなればアクィタニア帝国が今後防衛のための戦争をする場合に指導者であるティベリスを戦場に引き出せるし、
例えばティベリスが指導した軍部。所謂ティベリス派閥が帝国軍部で力を振るっていた場合、敵対派閥から医師を派遣して殺す事も十分有り得る。
トラヤヌス夫人は医師を帝国が呼んだと言った。あの医師が敵対派閥からの刺客であった場合でも皇帝が派遣したという事実がありさえすれば責任に問われる事が無いのだろう。何せ、皇帝が派遣したのだから、責任の所在は皇帝にある。
私が敵対派閥ならティベリスの屋敷に向かうティベリス派の医師を殺し、代わりに偽物の医師を使う事で医療ミスによる殺人を成立させる事も有るだろう。先程の、ティベリスの興奮具合が如何にも引っかかる。鎌を掛けてみる。
この問答で、大征服をした皇帝の権力が分かるのだ。
「トラヤヌス夫人。お言葉ですがティベリスとは少なくとも約束を終えるまで対等な関係を結んでいます。ご理解ください」
申し訳なさそうな顔を作る。
正直、多少トラヤヌス夫人からの好感度を多少下げてでも確認しなければならない事が出来たのでこれで黙らせる。緊急性の高い問題が浮上したのだから仕方ない。
「ティベリス。どちらだ?」
「ん?何を言っている」
「私も隠していることはある。全てを曝さらけ出すほどお前を信用している訳では無いし、お前もそれは同じであろう。言えない事ならそれで良い。だからこそ聞くが、あの医療貴族はお前の派閥か?」
ティベリスは考えるそぶりを見せる。この時点である程度確定したようなものだ。
「…………。」
ティベリスは無言で答えた。
・・・・・・聞かない方が良かった。
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