第15話 立場
案内されたダイニングルームは大人数でパーティーをするような大きさでは無く、貴族が使う長机に豪華な椅子と言うものでもなかった。
白を基調とした部屋にはクリーム色に白色の花を模したような壁紙。暖炉は白い石で彫刻柱が彫られ上には金の額縁にティベリスの姿絵。両端には桃、紅、黄、白、青の花が美術性の高い花壺に生けられている。グレーに近い緑のカーテンの近くには深いウィスキー色の飾り棚。中には金の聖杯のようなものに複雑な模様が描かれた花瓶。黒い8人用のテーブルの中央には生け花が飾られ、上を見れば豪華すぎないクリスタルのシャンデリアに火が灯っていた。
察するに家族用のダイニングルームであろう。席の上座にはティベリス。ティベリスからみて右隣にトラヤヌス夫人。トラヤヌス夫人の左隣にユーリ嬢。恐らく入り婿が居ると考えられる。
私はティベリスとの対面。下座に座る前に椅子の横で一礼して挨拶する。
「お招きに預かり・・・と言った方が良いかな?」
ティベリスは随分嬉しそうに笑う。
「お前にアクィタニア帝国貴族の礼をせよとは言えんよ」
私はニヤリと笑い言った。
「では、お前にはこれで」
次にトラヤヌス夫人に向かい右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出す、ボウアンドスクレ―プで挨拶する。
「ご婦人。末席に失礼いたします。改めましてナイハラ・ヒロシです。本日は私の故郷で貴族に当たる方々の為の食事をご用意いたしました。是非ともご堪能ください」
嘘だが。こんなもの誰でも食べる事が出来る。が、物は言いようだ。対して価値のないものでも如何にも大事そうに抱えている人間が居れば何となく価値がある物に見えてしまうのと同じである。
長い行列が出来ている店が如何にも素晴らしい名店の様に感じる人間の心理であった。
トラヤヌス夫人は扇子で口元を隠し笑いかける様に言った。
「ええ、お茶会ではあまりお話出来なかったから。貴方とお話するのを楽しみにしていたのよ」
笑顔とは本来・・・。さて、貴族様の内心は解らない。晩餐の席で話せと言う事に違いないがティベリスの館を離れ、別の土地で行動を許されている時点で優秀な人間である事は確定的だ。投資させるには彼女に納得してもらう他ないが、女性には恐ろしい事に感情論と言う手段がある。
大前提が彼女に気に入られる事。この場はそういう席だ。
次にユーリ嬢に対して礼をする。親の警戒を無くすには攻略しやすい子にも注意が必要だ。
「恐縮です。・・・お嬢様。2日ぶりですね」
子供にはなるべく笑顔で。
「・・・うん。また遊んで」
電子ゲームに関して、特にアクションゲームには中毒性がある。激しく光る画面と音は俗にいうパチンコ依存症と同じで聞けば聞く程中毒になりやすい。なぜなら短く単純な音を繰り返し聞くことになるので無意識化にその短い音が刷り込まれるのだ。これが続くと音の聞こえない空間に居ても刷り込まれた音が聞こえるようになる。寝る前に特徴的な音楽が脳内で流れるイヤーワームと呼ばれる現象もこの刷り込みからくるのだ。更に人の興奮を促す電子発光はより強く刷り込みを行う。子供が何時間もゲームにのめり込むのはこの依存性が重たる原因である事は誰もが知る常識であった。
「ええ、機会があれば勿論。本日のデゼールは甘いものが好きなお嬢様の為に作った物です。お気に召しましたらご購入の検討をよろしくお願いいたします」
私は頭を下げる。
「・・・くるしゅうない?」
ユーリ嬢は7歳。自我が芽生え、アイデンティティの確立で、中間反抗期とも言われている7歳反抗期は子どもの口が達者になり、親に対しての口答えが激しく、言葉で親に対抗してくるのが特徴だ。丁度、自立を目指す時期で親の世話を嫌がる時期である。
一人でできるという自信や、親の手を離れ自由にしたい等の気持ちの表れが出てくる時期でもある。
私は今回其処を突く。
要は領主の真似事をさせてやれば良いのだ。それがごっこであれども。しかし、この行動は親の不信を買いかねない。親としては子供を利用する為に近づいた様に見える事も多いのだ。そう考えると次の行動も決まってくる。
私はティベリスに向かってウィンクをし、それをトラヤヌス夫人にも見えるようにした。
これを見た人間は明らかに何かを伝えたのではないかと思い込む事だろう。トラヤヌス夫人からして見ればティベリスに何かしら命令され、ユーリ嬢が喜ぶように配慮したのでは無いか、と考えて欲しかった。
親は子供が絡むと途端に考えが左右される。子の為ならば、ある程度の損害は視野に入れずに助けるし、子を任せるというのは親としてその人間を信用していると言う証であった。
ティベリスが私にユーリ嬢のご機嫌取りを指示したという事を勘違いさせる事でティベリスからの信頼を勝ち取っていると言外に伝える。
その為の行動である。幸いトラヤヌス夫人は私を見極める為に私に対して観察の目を向けている。細かい行動に対しても機敏に察知するのは貴族としての技能に関わる所であると私は考えているので十分伝わったのではないだろうかと思う。
今日の晩餐で行わなければならない事はトラヤヌス夫人へのプレゼンだ。彼女を納得させなければ私の今日の努力が全て水の泡になる。
私は自分の机に配置していたベルを鳴らし、メアリ嬢とギボンへ最初の配膳の合図をした。
彼女たちが配膳し終えると私は料理の説明をする。
「アミューズのカプレーゼです。上に乗った白い塊と下の果実の組み合わせを楽しむ皿です。白い塊はチーズと言って牛の乳脂を固めたもので、発酵させれば9カ月程保存が可能ですので私の国では冬の間の保存食として食されてきました。地域毎の種類も豊富ですが今回は最も癖のない物を選びました。机に出ているパンはお好きなタイミングでお試しください。無くなり次第補充するように指示してありますので」
一応毒味をアピールする為に先に食べる。国ごとに味が違うトマトを楽しむ為には之が良いだろう。
ティベリスとトラヤヌス夫人の反応は良い。どのように利用されているかを説明に含め、食べて貰う事で領内での発展に如何に貢献できるかを示す。察するに貴族は食事の間は話さないのだろう。
私は態とこの国に存在していない言葉を使っている。アミューズ等の専門用語の事であるが、これは異国感を出す為にやっていることで、要は雰囲気作りである。
全員が食べるのを見た後に次の皿が運ばれてくる。メアリ嬢とギボンは良くやってくれていた。
「オードブルのフォアグラのコンフィです。周りのソースをお好みの量付けてお食べください。コンフィは食材を油漬けにする料理でこちらも作り方にも依りますが、長いものだと丸1年程の保存が可能です。野菜や肉、魚等を何処でも食べる事が出来る様になります。特に魚は鮮度の問題が付き纏いますので私の国では海の無い内陸で魚を食べる為の技術の1つでした」
私は周りのマーマレードと共にフォアグラを口に運ぶ。味見で解っていた事だが油の乗りは悪い。しかし、野生の鴨の健康的な肝臓は無理やり肥大させた脂肪肝とは別の旨さがあるのだ。バターを使っても良かったが油物が続くとティベリスの体調が悪くなる可能性があるので、オリーブオイルでソテーしてある。
これはユーリ嬢が主だった反応を見せた。解り易い旨味だったのだろう。
「スープのオニオンスープです。卓上のパンと合わせて食べる物に仕上げています。浮いている油は乳脂を分離したバターと云う物です。用途の多い油でパンやソテーに使用する事で旨味を加える事が出来ます」
私はパンを1口に収まる程に千切り、口に入れた。そのままスープを流し入れる。
ハードタイプののパンを薄く切ったのだが、外側の皮の部分と内側の食感の差が塩味を引き立てて良く出来ていると思う。この館で食べたのは丸く、噛んだ瞬間に加熱し切っていない小麦粉が口に纏わり付く物であった。この技術は評価されると確信している。単純で素朴な味はどこの国でも歓迎されやすいのだ。
「ソルベのフルーツです。口直しの為の皿になります」
本来、魚料理のポワソンの後の口直しで冷たいシャーベット等を出すものだが魚も氷も無かったので仕方ない。なるべく目新しさを出すために砂糖を掛けたグレープフルーツを出したがオレンジに加工の手間を掛けていないので正直不満が残る。
食事の間に甘いものを食べる変わった習慣があるという事を示す事で食文化の違いを示す事を目的にしている。
「次の皿はアントレの鴨肉のロティになります。ビラガードソースと言うオレンジで作ったソースを合わせてお召し上がりください」
異国で自国の文化を披露するのは存外の不安感があるが、貴族のマナーとして不味くても如何にも美味そうに食べなければいけないという演技をされていない限りは大丈夫だろう。
と、言うよりも正直な所、美味い不味いは現在関係無い。食材を長期保存する事が出来ると言う事を伝えるのが最重要である。
長期保存の技術は人類が誇るべき偉業の1つである。手法や優劣は有れども、生きる為の手段の一つである事に違いなく、この世で生を紡ぐ手段を評価しない愚鈍さを持つ貴族が居るならば無能の極みである。
貴族として評価せざる負えない物を出す。当たり前だ、私は満点を狙っているのだから。
万人がその利益を享受できるものでなければならないし、そもそも異国の食文化は忌避され易い。
誰にでも好きな食物がある。そして、自分が好きな物が他人も好きだとは限らない。勿論、晩餐では自分が美味いと思っている物を出しているが、その点を考慮すると如何してもこの様な形に落ち着くのだった。
全員が食べ終わると最後の皿がティーセットと共に運ばれてくる。
「最後の皿、デゼールのシフォンケーキになります。白いクリームと共に生地を食べる茶菓子の1種です」
全員がシフォンケーキを1口食べた所で私は更に続けた。
今から私の演説が始まるのだ。緊張から来る唇の渇きを誤魔化す為に紅茶を1口だけ口に運んだ。
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