第2話 国色を知る

その後も食事は進み、私は写真の代金とまた近いうちに語らおうという言葉を貰い城を出た。


腕時計を見ると14時。正午を少し過ぎた位で到着したのだから2時間近く居座っていたという事になる。


私は城下町に下り、店で塩を買って宿に入った。腹を下すかもしれないのだから塩は必要であったが、塩の値段に少し足せば安宿1泊の値段と同じになる事から高価である。


そして赤く鈍色の岩塩塊は削る手間があった。


今日の外での用事は特に無いし、このまま宿屋で過ごそう。


備え付けのベルを鳴らし宿屋の息子を呼びつけると塩を挽く為の擂り金を借りる為に声を掛けた。


「擂り金を借りたい。あと、今日の食事はなんだい?」


この宿屋には宿泊する者は1階の食堂で夕食を安く食べることができるというサービスがあった。


「ブービーの血のシチューです。サラダとビスケット、ワインが1杯付いて銅貨4枚ですよ。擂り金は貸し出し用のキッチンで使ってください。使用後は洗って元の場所に戻してくれればいいです」


「ありがとう。早速使わせて貰おうかな」


宿屋の息子と共に部屋を出る。施錠した事を確認した後、貸し出し用のキッチンに案内され目的を果たすと再び部屋に戻り、荒く削られた食塩を小指につけて舐めた。


「しょっぱ苦い」


理由は簡単だ。鉄か銅が入っている。だから鈍色なのだ。


何故動物の血が料理に取り入れられているのかが判った気がする。


純粋に不味いのだ。


動物の血も美味しくはない。しかし、この精製していない塩よりはマシであった。岩塩と言えば聞こえはいいが、食用の不純物の少ない岩塩と工業用に使用される岩塩の違いが出来ていないのだろう。


それに動物の血は態々運ぶ手間もない。狩をすれば、肉と共に得ることが出来るので岩塩は買い手が少ないだろう。


これに砂糖があれば、スポーツドリンク擬きが出来たが、これ以上質の悪い物に銅貨を積む気にはなれなかった。


私は立ち上がると部屋を出る。摺り金を返しに行くつでに飲み水の場所を確認し手持の水筒にたっぷりと給水した後、部屋に上がる。


それから、夕食の時間になるまで筋力トレーニングと聖書の勉強に取り組んだ。



夕食である。


宿屋の息子が運んできたのは血のシチュー。昼食のアレで多少慣れているとはいえ、獣臭い赤黒い色に白濁色を足した様なシチューに食欲をそそられる筈もなく、サラダは野味の多い葉がそのまま出された。


シチューを一匙掬うとデロデロした半固形。ダマが熱によって出来の悪いうどんのような食感になっている。


ビスケットは味が無く、手で割れない程に硬い。


仕方なくビスケットをシチューに放り込みふやかして食べる。


良く言えば豚のレバーパテ。悪く言えば少し腐ったレバーペースト。


獣臭さが致命的だが吐き戻す程でもないという冒涜的な味。


まぁ経験の一つだと思い無言で食べる。


唯一ワインだけが新鮮さを出していた。


無言の食事を終えると、香草を取り出して度数の高いアルコールを口に入れ良く噛む。アルコールの刺激と唐辛子の種の様な辛味が口内を犯す。これが歯磨き代わりになるらしいのであった。


食事皿を1階の食器置き場に戻すと翌日の予定を立てる。


先ずは金。


多少の金貨はあれどもどの程度の価値があるのかさえ解らない。


市場調査に価値観の擦り合わせ。何が求められているかを把握し、稼がなくてはならない。


どのように稼ぐかを思考していると、夜は深くなっていった。







翌朝。


私の朝は早い。


勉強の日なのだ。励まねばならない。


先ずは金銭感覚。市場へ向かう。


何がどの程度の価値なのかを把握するために最も適しているのが市場であるからだ。


腕時計を確認すると午前5時。


やや早いが、後30分もすれば市場も動き回り、喧騒に塗れた混沌とした様を見せてくれるだろう。


宿屋を出て、暫く歩くと大通りに出る。


ティベリスが演説をしていた広場を遠目で見やると、なにやら4、5十人程の白人達が集会を開いている。


黒いローブに金のラインが3本縦に走っている。全員がフードを目深く被り、金の腕輪をカチカチ鳴らしている様がとても怪しい。


「「「「「にゃるしゅたん!にゃるがしゃんな!にゃるしゅたん!にゃるがしゃんな!」」」」」


「おー?、あれは・・・なるほど」


あれは何らかの宗教なのだろう。


私と同じく、団体を遠目で見るように何人かの人間がいるが、誰一人とてあの猫の鳴き声の様な呪文(?)を嘲笑う者はいなかった。


成る程。このアクィタニアの精神は実に寛容であり、日本と似たような多神教崇拝に整然とした体系が齎もたらされている事は誰の目にも明らかであった。


この国の全貌がまた一つ掴めた気がした。実利的で虚栄を捨てる寛容な政策。成れば、この帝国は何らかの大志を抱いている事は想像に難くない。


人は誰でも褒められたい。上に見られたいという欲求がある。国も同じだ。他国より強大に優れて見えるように背伸びをしている。


貧乏でも巨万の富があると言い張る。


それが虚栄。


その欲を振り払い、地に足の付いた考え方が出来るのは、欲を捨てた僧かそんなモノは意味がないと知っている人間。


前者は世捨て人だ。こと俗世に関してはクソ程も役に立たない。


後者は虚栄心などでは満足しない欲深い人間だ。そしてその大体の人間が生まれながらに恵まれ、下を見続けた人間だ。


儲けのヒントがこんな所で見つかった。


国の大志。そこを正確に突けば生活に困らない程度の金を得ることが出来るに違いない。


勉強をするのにペンやノートをケチる学生など居ない。それは、勉強する事の価値を知っているからだ。


なら、私がそれ等を提供してやれば良い。


市場へ歩き始める。


金を積んでも惜しくないと思える商品。


一定金額以上稼ぐ事ができ、定期的に消費者から求められる・・・消耗品が良いか。


帝国には独占禁止法がない。そして特許権もない。簡単に真似されないと言う事は商品を開発する点に置いて必須だ。


大金を得るには、帝国の技術力を見て今現在開発されていない、若くは真似できない程複雑なモノを売り付ける。


思考に耽っていると何時の間にか市場に着いたようだ。


市場になる大通りでは、商人達が市の準備を開始していた。


偶に怒鳴り声が聞こえてくるのが喧やかましい。


暇な人など居ないだろうと思い、大通りのど真ん中を我が道の様にゆっくりと歩いて行く。商人達は品出し中で忙しそうに商品を運んでいる。私は運ばれる商品を見ることで平民の生活基準を見出した。


食事は言うまでもない。焼くか煮る。火加減も正しくないし、下処理していない。正しい食材の知識が無い。洗練されていない事から貧富の差が激しいか、帝国が豊かになったのは最近の事であることが判る。


つまり、国は豊かだが平民に還元されずにいるか(貧富の差が激しい程、国の平均的な豊かさが低い。上位者を押し上げるより、弱者を引き上げた方が経済的に効果的である。真の豊かさとは少ない上位者が肥える事では無く、皆が飢えない事にある)未だ争いの火種が燻っているという事(征服事業は完了しているが、その名残を消し切れていない場合、敗れた軍の兵士が盗賊や犯罪者になる事が多い。此れ等を撃滅して始めて平和と言える)である。


必要なモノとして述べておかなかくてはならない事は、家族は基本的に爺婆含めた3世帯又は2世帯が多く、その殆どが農民であり、職業選択の自由は無い。多くの人間が生まれながらに職業が決まっており、主は血による。つまり、50歳のベテラン商人が10代の商会主の子供の下で働くという場合もあり、それが″最も上手く行く″という一種の盲信に取り憑かれているという事と、


流通する銭は全て金、銀、銅の実物貨幣であるという事だ。


そしてこの帝国必要なのは、平民に配られるべき潤沢な食料又は残り火を消すための兵器や武器である。


言うまでもなく、私に殺人兵器の設計図など書けるはずがなく頼るべきツテもない。


これは連想ゲームの内に留まるが、この国の大志は繁栄ではないだろうか。


長い征服事業により、これまで発展しなかったモノに力を注ぐというのは正しいサイクルの一部の様に思う。(戦争によって外敵が居なくなった為、次は自分達が栄えることに力を入れようとする自然的な考え。邪魔者が居ないし敗国の技術等が流れ込んでくるので発展の速度は早くなる可能性がある)


他種族を受け入れる政策は軍事力強化の一面が見られる。しかし、平等宣言をしている以上は、こと戦争に於いて常に後手に回ると言う事だ。となると、必然的に後手に回っても相手を滅ぼしきれる戦力があるか強大になり過ぎて敵がいないかのどちらかだとも思える。


頼るべく友人さえ居ないし、自身に出来る事が少ないと選択の幅が狭くなるのは子供の頃から嫌という程教えられてきたが、正直、発展途上の国の土人の中で生活するとは思っていなかったので、私の行動は聞き齧りの知識と貧相な想像に寄る事になっている。


周りが慌しく動く中、自身は何もできないという無力さが私を恥で染めた。


民衆が欲しがっているのは食料パンである。


征服事業が終わり、所謂繁栄の段階に入っているのであれば兵役に殉じた民衆は放置された農業が原因で餓え、商人は物資不足を補った結果肥え太る。広大な土地を耕す事を義務化しているのは、消費に対し生産が追い付いていないか、国家の諸議会に抑制の精神を取り入れ平和主義に傾いたアクィタニア帝国の皇帝が新たな軍事行動から得られるものがほとんどないと考えている事である。


国が欲しがっているのは新しい知識である。


知識が齎す結果は国家繁栄に必要不可欠であり、詰まるところ多種族を受け入れたという事はその多種族が持ち得る英知を集め、より良い発展につなげるという事だ。


折角金を得る方法を考え付いたのに量産するには、前者は投資を受けなければ実現は難しく、習慣に対する考え方をを変える事になる。つまりは長期事業になるのだ。


後者は自身での実現は不可能だ。


結局、自分一人で出来る事など高が知れていると言う事だ。


私は広場のベンチに座り、胸ポケットからロングピースを取り出してライターで火を着けた。


ヴァージニア葉特有の青臭さとバニラの甘い香りが周囲に漂う。


「ふー。はぁ」


軽く上を向きタバコの煙と共に溜息を溢すと青い空に紫煙が溶け込んで行く。


「どーしたもんかねぇ」


私はタバコを吸っている間は何も考えないようにしている。何回か弱くタバコを吸うと自然と愚痴が溢れた。


広場では黒いローブに赤色のラインが5本入った集団が


「「「「「いあ、いあ、くとぅるふ、ふたぐん」」」」」


と歌の様な呪文?を合唱していた。


別の集団だろうか?声を聴くに此方は男性が多いようだった。


空を見上げると羊雲が青空の中を歩いていた。私の紫煙もあの羊の一部になっただろうか?


「おい、お前」


ふー、と煙を吐き出す。獣人やエルフ?や二足歩行する獣。人種のサラダボウルと言った言葉が在るが、帝国はどちらかというと動物園に近いかもしれない。


「おい!お前!」


広場でいそいそと働く二足歩行の犬猫や小さい熊を遠目で見ていると、抱き上げて愛ででやりたいくらいである。・・・ダニさえいなければだが。


「無視すんなっ!」


急に肩を掴まれる。


私は驚き相手の手首の関節を固定してしまった。


「痛っ!」


肩を掴んだ相手は12、13歳程の金髪の男の子だった。


「ああすまない。して、どなたかな?」


タバコを咥えたままなので会話がし辛いが、子供であれ、急に肩を掴まれたのだ。恐ろしい事が起こらないよう注意すべきだった。


「痛いって!離せよ!」


私は少年の手首を離し、強く身体を押した。


少年は転びそうになりながらも距離を置いて此方に振り返ってきた。


「それ以上近付くな。怪我、したくないだろ?」


「随分、強気じゃん」


子供が拗ねたように言った。


「お前との接点がない以上、俺がお前に話し掛けられる理由が無いだろう。知らない子供に急に触られたのだから防衛は必然だ。要件を言え、無いなら去れ」


要件が無いなら普通は話しかけないが、相手は何をするか分からない子供である。


「それ」


少年は私の顔に指を指した 。


先を辿ると咥えたタバコ。


「貰おうかと思ったんだよ」


買おう、では無く貰おうだ。図々しいが、


子供がタバコを買うことができないのは明らかになった。私も高校生位の頃はカッコつけで吸いたいと思った事はあるが手は出さなかった。そもそも大人が子供の喫煙を許すわけが無い。


「此れは大人の物だ。子供はキャンディでも舐めていろ」


ズボンのポケットからコーヒーキャンディを1つ取り出し、子供に投げ渡すと何処かに行けとジェスチャーをしてベンチに座る。


少年は不思議そうな顔をしながら投げ渡されたキャンディの包装を舐めた。


「味が無い」


「袋を破れアホ」


少年は言われた通りにし、中身を口に含むと笑顔になった。


「甘い」


「そうか、もう去れ」


私はタバコをふかす。


私は子供が好きでは無かった。男女関わらず高い声は女の金切り声の様に耳に触るし、無遠慮にペタペタと触ってくるのは煩わしい。


今も折角の休憩時間を邪魔されたのだ。好きになれる筈がなかった。


吸い始めて8分程経っただろうか。タバコも後2、3回吸えば燃え尽きる。


子供はニコニコしながら私の様子をずっと見ていた。


「よしっ」


気合を入れて立ち上がる。


邪魔が入ったが休憩は休憩である。


今の目標は自身を満足させつつ、余った分を売りに出せる食料だ。このアクィタニア帝国の大通りを見る限り食材はあれど、調理された食品はかなり少ない。そしてその何れもが満足とは程遠いクオリティである。重きは値段に置かれている為、量は少なく不味く安い。


先ずは果物と瓶を買いに行こう。酵母さえ出来ればなに、難しいことはない。


この世界の主食パンは私には合わないのだから、売るまでいかなくても自分のぶんは作っておきたい。


宿屋に窯はあった。材料などの値段によるが銅貨15枚(4食以下)の内に収めたい。それ以上は贅沢が過ぎる。


新しい目標が決まり、市場でさて、買い物だと言うのに目の前の少年はまだ私を見つめ続けている。


少年は見た目には美しいが、何もせずにニコニコと笑って此方を見る様は正直、気味が悪いし視線に圧力でもあるのだろうか、うっとおしい。


私は少年の視線から逃れる為に、手であっちへ行けとジェスチャーをしてその場から立ち去ろうとする。


「ねぇ、ちょっと待ってよ。どこ行くのさ」


「うっとおしいから失せろ」


気味の悪い子供を無視して歩き出す。


目指せ、豊かで安全な生活と自身の発展。


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