10.信じなくちゃ

 〈私が神を決めるファナティックキス〉───。

 リンドウはその魔術を常時発動していた。


 その効果は単純だ。

 “信じる対象の魔術性能を飛躍的に上げる”──というもの。


 今回の場合、リンドウは“キョウカの強さ”を信じていた。

 つまりリンドウの〈私が神を決めるファナティックキス〉によって、キョウカの〈火炎絢爛エレガントクリメイション〉はその威力を高められた状態にあったのだ。

 それこそ、リンドウの言う最強の域にまで。

 だから、杭を燃やし尽くすだけの火力が出せていた。




 しかし───、




 ユヅキによって、リンドウの信心が僅かに揺らいだ。

 ──キョウカは負ける。

 ──キョウカは死ぬ。

 その言葉によって、リンドウは自分でも気づかないほど少しだけ、キョウカの強さを疑ってしまった。


 それが、敗北の始まりだった。

 小さかった糸のほつれがどんどん大きくなっていくように、小さかったヒビがどんどん広がっていくように。

 どんどん、どんどん、リンドウはキョウカの強さを信じられなくなっていく。

 きっかけは些細なものでも、そこから壊れて崩れて、ボロボロになっていく。



「くっ……! どうしてなんですのっ! ぐあぁっ!」


 キョウカが攻撃を受けると、リンドウの心は揺らいでいく。

 キョウカがまた攻撃を受けるから、リンドウの意思は弱っていく。

 キョウカの身体を杭が貫く度に、リンドウの魔術の効果は薄れていく。


 リンドウの魔術の効果が薄れることは、キョウカの魔術の性能が下がることを意味する。



「まだまだぁッ! ……こんなもんじゃ私は……っ! 倒れませんわっ! あぁっ!」


 ───まさか本当にキョウカが負けるのか。

 リンドウの心を蝕む、疑いの心。

 必死に押し殺してきたその心が、チラと顔を覗かせる。

 リンドウはそれを抑えようと躍起になる。

 信じなきゃ、大丈夫、キョウカは強い、私が信じてあげなきゃ、大丈夫、きっとキョウカなら、信じよう、信じられる、信じる、信じて、お願い信じて、キョウカを信じて、信じなきゃ、信じないとだめ、信じて、信じて信じて信じて───。



「うっ……、ぐ……っ、かはっ!」


 やがてキョウカは、杭を燃やし尽くせるほどの火力を出すことができなくなる。

 燃やし損なった杭の残骸が、キョウカの身体を襲う。

 次々と、容赦なく、襲う。



「うぐっ………………! …………」


 そしてキョウカは喋らなくなった。

 その時には既に、リンドウの〈私が神を決めるファナティックキス〉は完全にその効力を失っていた。


「…………」


 それが意味するものはただ一つ。

 ミナトとユヅキとリンドウの前に倒れるお嬢様風少女───キョウカの完全敗北だった。





         ◇





 キョウカが盾となってくれたおかげで、僕たちは安全な後方でユヅキの話を聞くことができていた。

 しかし、もうそれも終わりだ。

 僕たちと天使風少女の間を隔てるものはもう何もない。僕たちの目の前には、焦茶色の杭の餌食になったキョウカが倒れているのみ。

 キョウカは、まさに盾になってくれていた。全身に杭を刺されても尚、限界まで僕たちを守ってくれていた。



「キョウ……カ?」


 リンドウが、動かなくなったキョウカに近寄っていく。


「そんな……」


「…………ッ、……余裕ですわ」


 リンドウの呼びかけに声だけで応じるキョウカ。

 彼女は全身に杭が刺さった状態でも尚、ニヤリと笑っていた。

 腕、肩、腹、脚。各所に刺さった杭の数は合わせれば十を超える。そんな満身創痍の状態なのに、強かに笑っていた。


「こ……んな、傷……、一晩寝れば……治りますわよ……」


「…………」


 そんなキョウカの横にいるリンドウは、ただただ呆然としている。


「リンドウ! 拠点には仲間はいないの!? その人たちに助けを求めることはできないの!?」


「えっ……?」


 ユヅキの声を受けて、ふと我に帰ったようにリンドウは顔を上げた。


「仲間……?」


「そう! リンドウたちには、他にも殺し合いを止めるために協力している仲間がいるんでしょ!?」


「あ……あぁ、仲間ですか」


「その人たちは呼べないの!?」


「……」


「しっかりしてよリンドウ!」


 ユヅキは声を荒げた。無理もない。焦っているんだ。

 だって、もう時間がない。天使風少女は僕たちのところへゆっくりと近づいてきていた。


「とりあえず逃げた方がいい」


 僕はキョウカの元に駆け寄ると彼女を抱きかかえた。

 横にいるリンドウは、抱えられるキョウカをぼーっと眺めていた。茫然自失の状態だ。仲間が倒れてショックなのだろう。

 でも打ち拉がれている場合じゃない。


「リンドウ立ってくれ、扉の中に逃げよう」


「あ、はい……」




 ヒュン。




 リンドウが立ち上がると同時に、風を切り裂く音がした。天使風少女がまた杭攻撃を再開したのだ。

 その杭は僕とリンドウの隙間を縫って通り、後方にいたユヅキに命中した。


「うあぅっ!」


 杭が命中した右脚の太腿を抑えながら、ユヅキが地面に倒れた。


「大丈夫か!」


「心配ありがとうっ……! けど……っ、今は前見て!」


 ユヅキの方を振り返る僕に、ユヅキは怒ったように叫んだ。

 前方からは、ゆっくりと天使風少女が近づいてきている。


 くそ……やっぱりキョウカの足止めがないと、逃げることすら叶わないのか。

 僕は、近づいてくる天使風少女を睨みながら後ずさりした。背中を見せれば、即杭を撃たれてしまう気がする。いや、こうして正面から対峙していたとしても、撃たれる時は撃たれるんだろうけど。


 どうすればいい……?


 おそらく、逃げることはもう不可能だ。

 ユヅキは脚を怪我しているし、キョウカは戦闘不能の状態だし、リンドウは茫然自失の状態。そして僕は、そんな三人の少女を庇いながら逃走できるほどの能力を持ち合わせていない。


 なら、戦うか?

 それも無理だ。ユヅキの話によるとこの世界には魔術が存在するらしいが、僕はもちろんそんなものは扱えない。あの天使風少女に立ち向かう術は何もない。


 同様の理由で、防御に徹することも不可能だ。

 キョウカがやっていたように、敵の杭の威力を相殺するなんて真似はできない。





ヒュン。





 また杭が撃たれた。

 無駄に思考に時間を費やすばかりで、僕は何もできずにいた。そんな僕を嘲笑うかのように、杭は僕の服を掠め───後ろのユヅキに命中した。


「ぐあぁっ!」


 今度は左肩だった。

 地面に蹲るユヅキは、薄い紫色の血を流しながら転がった。


 あいつ、ユヅキを狙っているのか……?

 そういえば一番初めの杭攻撃の時もユヅキを狙っていたよな……?

 ふとそんな推測をした僕は、


「リンドウ、キョウカを頼んだ」


 リンドウにキョウカを託すと、天使風少女の視界からユヅキを隠すように前に出た。


「ミナトさん……何を?」


「っ!」


 リンドウが疑問の声を漏らしたが、僕はそれに応じる前に走り出していた。

 まっすぐ、天使風少女に向かって突進する。



「なにっ?」


 僕の唐突な行動に、天使風少女が少しだけたじろいだ。何もできない僕が向かってくるなんて思いもしなかったのだろう。


 ただ、僕も無策でこんなことをしたわけではない。ちゃんと考えあってのことだった。

 僕と天使風少女の間の距離は十メートルほど。走れば数秒の距離。

 そして、新たに杭が撃たれるまでのインターバルも、数秒程度あるはずなのだ。今までの傾向からしてそう予測できる。


 正直ギリギリの賭けだった。

 次の杭が撃たれる前に、あの天使風少女をこの手で取り押さえる。それが僕の考えだ。

 ……浅はかだろうか。


 ───でも、結果は伴ってくれた。



「きゃっ!」


 走る勢いそのまま、僕は天使風少女の身体に体当たりをすることに成功した。驚くように口を開く天使風少女は、そのまま僕の下敷きになって地面に背中を打った。

 だが、形勢が逆転したのはその一瞬だけだった。


「がはっ……!」


「だめよ。いきなり飛びかかってきたら。びっくりするじゃない。押し倒す時はしっかり押し倒すって言わなきゃ、だめ」


「そんなルール知るかよ……」


「知らなきゃだめ」


「ぐぁっ!」


 僕が上で、天使風少女が下。その体勢は変わらないが、その体勢のまま僕は腹部を殴られた。

 天使風少女の脇腹から生える、筋肉質な腕によってだ。


「どいて」


「どかない……っ!」


 僕の脇腹を掴む筋肉質な腕。今度は殴られるのではなく、凄まじい握力で締め付けられていく。


「離して」


「お前が先に離せ……!」


 僕と天使風少女は至近で睨み合う。もっとも、天使風少女の目にはそれほどの鋭さは宿っていなかったが。


「もういい」


 やがて天使風少女はため息を吐いて、つまらなそうに僕から目を逸らした。

 瞬間。

 僕の身体は横方向からの衝撃を受けて吹っ飛んだ。


「っ……!?」


 壁に激しく身体を打ち付け、僕は地面に転がった。

 何が起こったのかはすぐにわかった。筋肉質な腕に掴まれた状態のまま、杭を撃たれたのだ。杭はあの腕から射出される。つまりゼロ距離からの攻撃を、防御も受け身もなしで受けたことになる。


 ……………。


 息ができない。

 身体が動かせない。

 意識が朦朧とする。


 僕はグラグラと揺れ動く世界の中で、懸命に顔を上げた。


 天使風少女は、既に起き上がっていた。

 何事もなかったかのようにその場に平然と立っている。僕の方には見向きもしない。


「やめ……ろ……」


 僕の声は届かなかった。いや、届いていたけど、無視されたのだろう。

 天使風少女は僕の存在を完全に忘れたように前を向いていた。前というのは、ユヅキ達がいる方向のことだ。


「やめ……」


 か細い声で訴えるが、もちろんそれは天使風少女には届かない。

 天使風少女は、脇腹から生える太い腕をゆらりと上げた。


「ろ……」


 腕は照準を定めるようにゆらゆらと動き、やがてピタリと制止。


「………………」


 僕はその光景を、薄れゆく意識の中で、ただただ眺めていることしかできなかった。










 ヒュン。

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ダークカラーエピローグ 〜タイムリープ能力を持った幼馴染コンビが異世界でデスゲームに巻き込まれる話〜 りう @riu_306

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