9.二周目

 学園では、ミナトとずっと同じ時間を過ごしていた。

 朝、ギリギリまで寝ているミナトを私が起こして、一緒に登校して、お昼を一緒に食べて、一緒に下校して──。

 特に大きな事件は起こらず、ただ穏やかな時間が流れる日々。

 そんな毎日が、これからも続くと思っていた。続くはずだった。



 学園で過ごした穏やかな時間は、今も私の中に残っている。

 ミナトが側にいてくれると、私はその時間を思い出すことができた。

 この狂った状況の中では、その記憶だけが唯一の希望だった。


 だからミナトが傷つくところを見た途端、私はミナトに縋った。消えないでくれと、私を一人にしないでくれと。

 助けられるべきは傷ついたミナトで、助けるべきは私なのに。私はミナトに助けを求めるように縋った。


 最後の最後まで、縋っていた。


 なんで、こんなことになっちゃったんだろうなぁ。

 戻りたい、あの時間に。






         ◇





「…………」


「いきなりすまん。大丈夫か?」


「……え?」


 気がつくと、私は仰向けの状態で寝ていた。


 鈍色の空模様。黄金色の炎が所々に残る路地。私の上にはミナトが覆いかぶさっていて、額からは血を流している。不穏な空気が流れているが、それは路地に立つ天使風少女から発せられるものだ。

 重なり合うように倒れる私とミナトのところへ、リンドウが慌てて駆け寄ってくる。


 身体と心が、徐々に世界に順応していく───。

 今の今まで見ていた悪夢のような光景は、文字通り夢であったかのように現実感を失って、私は新しい現実を認識した。


「あらぁ、ラッキースケベですわね〜ミナト様。羨まですこと」


 声。

 見ると、右腕を失い左腕に傷を負ったキョウカが、ニヤニヤと楽しそうに笑っていた。



 ああ。この感覚は初めてじゃない。私はこれを知っている。

 時間が戻ったんだ。

 でも、前とは違う。

 前はベッドの上で目覚めた。でも今回は土の上だ。



「ナイス判断でしたわ、ミナト様。よくぞユヅキ様をお守りくださいました。感謝いたします」


「いや、僕は何も……」


 キョウカの惨状を目の当たりにして驚愕するミナトは、自身の額の傷を抑えつつ、リンドウの助けを借りて立ち上がった。

 その後、同じようにして私も立ち上がる。そして、キョウカとリンドウとミナトの顔をゆっくりと見た。


 ───全員ちゃんと生きている。


「さ、早く扉へ」


 キョウカが、リンドウだけにそう告げた。

 それにリンドウが頷く前に、私は義務感に駆られて言葉を発した。


「だめ。ここに一人で残ったら、キョウカは…………、死ぬ」


 私の言葉に、全員が一時停止したように動かなくなった。

 最初に反応してくれたのは、キョウカだった。


「大丈夫ですわよ、私は絶対に負けたりしませんわ。私を信じてくださいまし」


「そうですよ。キョウカの強さは信じられます」


 ニッと口の端を吊り上げて笑うキョウカと、落ち着きながらも強い意志を見せるリンドウ。


「で……でも実際に、」

 

「先に拠点で待っていてくださいな」


 私の言葉に被せるようにキョウカが言った。

 私はそこで黙り込んでしまった。



 ここでキョウカを置いていけば、キョウカは死ぬ。実際に死んでしまったところを目撃したわけじゃないけど、あの時、天使風少女が拠点の中に入ってきたということはそういうことだったのだろう。

 だから、ここでキョウカを置いていく選択は間違いだ。


 でも。

 キョウカを一人置いていくのが間違いだとして、それならば、ここに私たちが残ることは果たして正解なのか?

 私もミナトも無力で、リンドウ曰くキョウカは一人の時が一番力を発揮できる。


 最善なのは全員で逃げることだが、それが可能なら、初めからそうしているはずだ。足止めする人間がいないと逃げられないと考えたからこそ、キョウカは傷だらけの状態でも前に立っている。



 ………。



 どうすればいい? 一つの暗い結末を見届けた私は、この世界をどう導けばいい?

 まずい、ここで選択を誤れば、またミナトが殺されてしまうかもしれない。

 恐怖と焦燥が脳内を巡り、私の思考がドロドロと纏まらなくなっていく。


「──ユヅキ」


 優しく声がかけられた。


「お前もしかして……」


「……う、うん」


 ミナトの言葉に、身体の緊張が少しだけ和らいだ。

 そうだ、私は一人じゃない。この不可思議なタイムリープ現象を知っている人が、側にいてくれているじゃないか。

 それにリンドウやキョウカだって信用できる。なんせ、魔術なんて超常的なものがある世界だ。彼女たちなら、私の話を信じてくれるだろう。


「みんな、ちょっと聞いて欲しいんだけど、」


 私は味方の三人に、この目で見てきた惨状を正直に話すことにした。





         ◇





「先ほどは油断していましたけれど、もうその攻撃は効きませんわ!」


 高らかに宣言して、キョウカが傷だらけの左腕を振るう。すると、目の前に出現した輝く炎が、天使風少女の撃ち込む杭を飲み込んだ。


 ジリジリと熱波が押し寄せ、数秒後───撃ち込まれたはずの杭は消えている。


「ひゃっはー! その杭攻撃は完全攻略ですわよぉ! オラァオラァ!」


 勝ち誇るキョウカにまたしても杭が撃たれる。しかし結果は変わらない。キョウカはその左腕から出す炎で、敵の攻撃を全て焼き尽くしてしまうのだ。


 なんと頼もしいことか。


 僕たちは、そんなキョウカの背後に隠れながら身を屈める。

 そしてそこで、ユヅキは僕たちに全てを話してくれた。

 キョウカを一人残して拠点へ逃げたこと。しばらくして、天使風少女が拠点の中に現れたこと。結果ユヅキ以外の全員が、………恐らくは死んでしまったこと。


「タイムリープ……?」


 聞き終わり、リンドウが顔をしかめた。


「そんなことが、お二人には可能なのですか……?」


「ああ、理由はわからないけど……僕が死ぬとユヅキが、ユヅキが死ぬと僕が、タイムリープをするみたいなんだ」


 困惑するリンドウに、僕が補足を加えた。


「信じてくれ。これは事実だ。ユヅキはふざけてこんなことを言っているんじゃない」


「死ぬことがトリガーになっているということは、……シセンショクの類? でも……それだけでは説明が……」


 なにやら独り言を呟きながら、僕とユヅキの話を懸命に理解してくれようとするリンドウ。

 しかし、どう頑張っても信じきることは難しいらしい。


「と……とりあえず、タイムリープが実在することは信用するとします。でもだとしたら……キョウカが負けたと?」


 疑い続けても時間の無駄だと判断したのか、リンドウは、ユヅキの話を真実だと仮定して話を進めてくれた。

 そして、続いての驚愕はキョウカの敗北にあったようだ。


 ユヅキはリンドウに、少しだけ申し訳なさそうに答えた。


「そう、だと思う」


「そんなはずがありません。キョウカが負けるなんて。冗談ならそうと言ってください」


 リンドウの額に汗が滲む。

 ユヅキは首を横に振った。


「でも、拠点にあの女が入ってきたってことは、キョウカはあいつを止められなかったってことだよね」


 ユヅキの話を全て信じるのなら、そういうことになる。

 しかしリンドウは、それだけはどうしても飲み込めないらしい。


「嘘です。そんなの、ありえない……」


「信じてよ……! 私の話したことが嘘だって言うんだら、私が魔術のことを知っているのはなんで? そこの桜色の扉の中に長い廊下が続いていることを知っているのはなんで? この世界で行われている殺し合いのことを知っているのはなんで?」


「っ……!」


 普通なら、タイムリープなんて信用されない。でも今は、ユヅキにある知識がタイムリープを証明している。

 魔術のこと。

 拠点の中の構造。

 殺し合いが行われている事実。

 どれも、これまでの状況じゃ手に入れることができないはずの知識だ。


「う……嘘……」


 リンドウは、なぜか怯えたように首を横に振った。


「本当なの、信じて」


「やはり信じられません」


「信じて!」


 リンドウの狼狽も理解できるが、ユヅキの焦りもわかる。

 何か突破口を見出せなければ、また同じ惨状が繰り返されるという恐怖があるのだろう。


「お願い! 私の言っていることは全て本当。だから、私たちが拠点へ逃げる以外の方法で、この状況を打破できる手段はない!?」


「そんなもの……」


 リンドウは俯いた。


「……ありません。キョウカは最強ですから、戦闘はキョウカに任せるのが最善なんです」


 正直、僕もそう思っていた。

 あの杭を物ともしない炎の扱い。威勢。覇気。

 それを間近で見ていれば、彼女が負けるビジョンなど思い浮かばない。


「リンドウ……お願いだから考えてよ。私を信じてよ」


 ユヅキが言った。

 リンドウは耳を塞いだ。


「お願いですユヅキさん、それ以上わけのわからないことを言わないでください。私は……キョウカを信じて……」


「聞いて!」


 ユヅキは無理やりリンドウの手を退けた。真実を告げるために。


「キョウカは! 一人にしたら死んじゃうの!」


「それ以上はやめてください! でないと、私の魔術が──、」


「──うぐぅっ」


 抵抗するリンドウの言葉を掻き消すように、呻き声が漏れた。

 僕とユヅキとリンドウは、その声の方を同時に見た。


 三人の視線の先には、胸に杭の刺さったキョウカが立っていた。

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