7.信じています

 桜色の扉の先には小さな部屋があって、そこを出ると、次は果てしなく長い廊下が続いていた。

 薄暗く、その終わりを目視することはできない。


 その廊下を先導して、リンドウは真っ直ぐ歩いていく。

 後ろを付いていく僕とユヅキは、後方の扉を気にかけるように時折振り返ったが、リンドウが喋り出すまで、結局何も言葉を発することはできなかった。


「……キョウカならきっと大丈夫です」


 毅然としたリンドウの静かな呟き。そこには、相手に対する絶対的な信頼の色が窺えた。強い意志を感じる。


「彼女の力を信じましょう」


「力っていうのは、あの炎のこと……だよな」


「ええ」


「あれって──」


「あれは、魔術です」




 ────魔術。

 唐突に出てきたその単語を前に、僕は驚愕よりも、むしろ納得の感情を得た。


 黄金色の炎、捻じ切られたキョウカの腕、焦茶色に発光する杭───その他にも多くの不可思議現象に、僕たちはこれまで出会ってきた。

 が、それらに対する疑問や不安を、その「魔術」という単語は、ただその一言だけで払拭してくれる。



 なるほど。

 この世界には、魔術というものが存在しているのか。



 それを知ることができただけで、僕の心はいくらか軽くなった。

 正直、今現在の僕の心(いや僕だけじゃない、ユヅキもだ)は、かなりの負荷がかかった状態にあった。

 目覚めた直後にクソやば女に襲われて、時間遡行なんていう超常現象のおかげで命を拾い、謎の天使風少女にまた襲われ、大規模な炎と大怪我を目の前で見せられたのだ。

 精神的に疲れてしまうのは当然だった。


 だから、リンドウが言った「魔術」という言葉は、僕とユヅキの思考の負担を軽減してくれたと言っていい。

 "なぜ"という問いには、「魔術が存在するからだ」と言い聞かせ、無理やり納得することができる。


 しかし、それで全ての疑問が解消したことにはならない。

 疑問というものは、次々と湧いてくるものだ。


 たとえば───、


「じゃあ、あの翼の生えた女の子はなんだったんだ? 僕たちを、その……殺そうとしていたみたいだけど」


 僕は恐る恐る開いた。殺すという言葉を口にするのは少し恐ろしくて、気づけば少し声が震えていた。



「あれは、敵と呼ぶのが相応しいでしょう」


「敵……。なぁ、この世界でリンドウ達は一体何をしているんだ?」


「…………」


 僕の問いに、リンドウは何かを迷うように沈黙し、立ち止まった。


「……お二人を巻き込むつもりはなかったので、拠点で保護してから最低限の説明をと考えていたのですが……、流石にもう、そんな悠長なことは言っていられないようですね」


 リンドウの額に一筋の汗が伝う。


「わかりました。この世界について、今ここで少しだけお話をさせていただきます」


 そう言って、リンドウは目の前のドアノブに手を伸ばした。

 気づけば長い廊下は終わり、そこには新たに、入口と同様の桜色の扉。


 ガチャリ。

 扉の先には真四角の部屋があった。床も壁も天井も、同じ四畳半程度の広さ。

 ただ、調度は何もない。

 あるのは新たな扉のみだ。それは、金庫を彷彿とさせるような鉄扉だった。

 リンドウは、その扉にある数々の突起を順に押していく。恐らくは、扉にある仕掛けを順番に解くことで扉が開くのだろう。


 リンドウは手を動かしながら、後ろに立つ僕たちに説明を始めた。





「───私たちは、魔術を扱う者同士で殺し合いをしているんです」





 「正しくは、“させられている”ですが」と小さく呟きながら、リンドウは続ける。


「殺し合いをしているのは全部で十五人。既に三人いなくなってしまったので今では十二人ですが……最後の一人になるまで、この戦いは続くとされています」


「な……何の為に、そんなことを……」


「理由は人によって様々だと思います。私利私慾の為、大切な誰かの為、ただ死にたくないから戦うという人もいるはずです。あ……あまり変な印象を与えたくないので先に明言しておきますが、私は、この戦いを止める為に戦っています」


「止める為……」


「はい。当たり前のことですが、殺し合いなんて間違っていますからね。止めるのは当然のことです。キョウカや私は、殺し合いを拒否する派閥として、何人かの仲間と協力し合っているんですよ」


「じゃあ、この“拠点”っていうのは、そのための?」


「そうです」


 そうだったのか。

 今僕たちがいるこの“拠点”──それは、この世界で行われている殺し合いを止めるための活動拠点だったのだ。


「ですが先ほどの通り、戦いはまだ終わっていません」


 先ほどの通り。それは、あの天使風少女との戦闘のことを指すのだろう。

 僕はあの光景を再び思い出してしまった。



 と、今度はユヅキがリンドウに問いかけた。


「ねぇ……少し話を戻すけど、その十五人の中に、私たちは含まれてるの?」


「いいえ」


 僕も抱えていたその不安は、リンドウにきっぱりと否定された。


「じゃあ私たちは……あんな戦いをしなくてもいいってこと?」


「はい。この殺し合いには、お二人は絶対に参加させません。そのために、私たちはお二人を保護したのですから」


 僕とユヅキは、素直にその言葉に安堵した。

 そうだ。そういえば、リンドウは初めに言っていたじゃないか。僕たちを保護すると。

 そりゃそうだ。いきなり「お前たちも戦え」なんて言われるはずがない。右も左も分からない世界で、いきなり殺し合いをしろと言われても無理な話なのだから。


「よかった」


 ユヅキは吐き出すようにそう言葉を漏らしていた。僕も思わず、ほっと胸を撫で下ろした。



 だが、戦いに加わらなくて良いという事実は、もう一つのある事実を浮き彫りにさせていた。


 ────やはり、僕たちがキョウカの為にできることは何もない。


 あんなにボロボロになって、身を呈して僕たちを守ってくれたあの快活な少女───。ただ守られる立場にある僕たちは、彼女に対して何もしてあげられないのだ。

 僕たちにできるのは、ただ彼女を信じること。

 それは正直、複雑だった。

 だから僕はまたしても、後方を振り返ってしまった。でももう、あの入口の桜色の扉は見えなくなってしまっている。


 そんな僕の心は、リンドウが鋭く見抜かれていた。扉の仕掛けを解き終わったのか、重そうな扉を押し開けながらリンドウが僕に言う。


「やっぱり心配してくださっていますか、キョウカのこと」


「そりゃあ、まあ」


「大丈夫ですよ」


「どうして、そう言い切れるんだ?」


「私が彼女を信じているからです」


 “信じる”。

 言葉にするのは容易い。正直僕はそう思った。

 でもやっぱり、リンドウのその物言いには、こちらが圧倒される程の強い意志が籠っていて、僕は結局何も言えなくなってしまった。


「それに、根拠もなく信じているわけではありません。キョウカの魔術の特性上、あの子は単独の戦闘に長けているんですよ。いえ、長けているなんていうレベルではありません。彼女は単独で戦えば、“最強”なんです」


 まだまだ魔術というものに疎い僕には、リンドウの言葉を正しく解釈することは難しい。でも、最強とまで言われてしまえば心配の余地は無くなる。


「まぁ、根拠がなくとも、私はキョウカを信じますけどね」


 重い扉の向こう側に足を踏み出したリンドウは、僕たちの方に振り返り、力強い眼差しで静かに微笑んでいた。

 “信じる”という言葉を、これほど強い意志の宿った表情で言う彼女の姿───それは僕とユヅキの目にとても力強く写っていた。




 ─────ドスッ。




 その微笑を、焦茶色に光る杭が貫くまでは。

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