6.黄金色の戦端

 所々に残る黄金色の炎に照らされ、路地の闇は完全に取り払われていた。その中で、天使風少女は無傷でその場に立っていた。


「おっそろしい子ですわね。今ので傷一つ付いていないなんて……」


 キョウカは「ぐぬぬ……」と唸った。右腕が飛ばされたにも関わらずそれをあまり気にしていない様子に、ミナトと私は少しばかり戦慄した。



 天使風少女は、周囲に残った微かな残り火を眺めながら言った。


「だめじゃない。攻撃する時はちゃんと“する”って言わなきゃ。不意打ちは卑怯だわ」


「生憎ですけれど、んな武士精神持ち合わせていないんですわよ。てか、そっちだっていきなり私の腕を、」


「それをやったのは私じゃないわ」


「はぁん? いやいやどう考えても貴方でしょ」


「違う。だめよ人のせいにしたら。アナタが不意打ちなんていうだめなことをしたから、罰が与えられただけでしょう?」


 天使風少女は淡々と言葉を並べた。対するキョウカは「ったく、自分勝手な奴ですわね……」と呟いてから大きく溜息をついた。


「リンドウ、お二人を連れて先に扉の中へ行ってくださいまし」


「え、ですが」


 リンドウの視線の先には、キョウカの右腕の傷口があった。全く綺麗な傷口ではない。まるで捻じ切られたような、荒い切断面。勢いは収まったものの、未だに血が流れる痛々しい状態。

 リンドウの視線を気にしたのか、キョウカは口元だけで笑って見せた。


「こんなもん、唾つけときゃ治りますわよ」


 いやいやそれはどう考えてもないでしょ……と、私は心の中でツッコミを入れた。そんなことを考えている場合でないのは理解していたが、たぶん、心が現実逃避をしようと躍起になっていた。



「行きましょう」


 一瞬の逡巡を見せていたリンドウだったが、すぐにキョウカに背を向け、ミナトと私に声をかけた。このままキョウカをここに残して、三人は退避するということだ。


「おい、いいのかよ」


 キョウカを心配したのか、ミナトが言った。私も同じ感情だった。

 だって、この中で一番の怪我人はキョウカなのだ。そんな彼女を置いて逃げるだなんて。


「一人にしてあげた方が、キョウカも思う存分力を発揮できると思います」


「……」


 それにミナトが言葉を返すことはできなかった。もちろん私もだ。


 ───力。

 キョウカが射出した、黄金色の火炎の渦が脳裏に過ぎる。


「……」


 あんなこと、到底私たちには再現できない。私たちはこの場では、完全に足手纏いなのだ。

 ミナトと私はそれを瞬時に悟ってしまった。


「……わかった。行こう」


「そうだね」


 私たちは俯きがちに頷いた。

 そして、ミナトが顔を上げた時だった。


 ミナトは私の名前を叫んだ。


「ユヅキ!」




         ◇




 顔を上げた瞬間、僕は目撃してしまった。

 前方にいる天使風少女の脇腹の辺りから、筋肉質な腕がにょきりと生えて、こちらに真っ直ぐ伸びているのを。

 僕はそれを危機だと直感し、直感した直後には叫んでいた。


「ユヅキ!」


 ───何かが来る。

 僕の足は無意識に動き出していた。ユヅキを守らなければと心が絶叫していた。

 一見飛びかかってくるような動きをした僕に、ユヅキはビクッと肩を震わせた。

 その直後、僕とユヅキは重なり合う形でその場に倒れた。




         ◇




「ミナト……なに……」


 私は、いきなりの出来事に思考が追いつかず当然困惑。自分の上に覆い被さるように倒れたミナトに疑問をぶつけるべく、口を開いた。


「なんなの急に……。……って、ちょっと!?」


 私はそこで、額から一筋の血を流すミナトの姿を捉えた。


「どうしたの……!」


「いきなりすまん。大丈夫か?」


「私は、なんともないけど……。それより、あんたが……」


「僕なら大丈夫だ」


「あらぁ、ラッキースケベですわね〜ミナト様。羨まですこと」


 「むふひ……」と、こもった笑い声を残す声。ミナトと私の状態を見て、キョウカが感想を述べたのだ。

 確かに今のミナトと私の状態は、キョウカ言葉通りのものだった。倒れたミナトは、たまたま私の胸の辺りに片手をついてしまっていたのだ。制服越しでも、私はそこにミナトの掌の感触を感じていた。


 だが──、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。

 ミナトが、“何か”から私を庇い、血を流しているのだ。

 こんな状況になってもまだヘラヘラと自分のペースを崩さないキョウカに、私は一瞬怒りを覚えた。

 ふざけないで!──と感情を込めて、私はキョウカに対して鋭い眼光を向けた。


 途端、怒りの感情は霧散した。

 膨大な量の血が、キョウカの豪奢なメイド服を暗く暗く染めていたからだ。

 ───キョウカは、左腕に大きな傷を負っていた。何かで抉り取られたような傷だった。


「────!?」


 今の一瞬で何が起こった──────?

 言葉を失う私の視線は、その答えを探すように周囲を彷徨った。


 やがて、すぐ近くの壁面にメイド服の生地を纏った肉片を発見した。それは、焦茶色の光を放つ杭で壁に固定されていた。それはまるで、藁人形を木に打ち付けたような光景だった。


 そこで私は、何が起こったのかを大方理解した。

 つまりは───、

 天使風少女が、私に向かって焦茶色の杭を射出。それを防ごうと、キョウカは左腕を犠牲に。キョウカのお陰で威力は下がったものの、勢いの衰えなかった杭は、ミナトに擦り傷を負わせた。

 ──そういうことだった。



「ナイス判断でしたわ、ミナト様。よくぞユヅキ様をお守りくださいました。感謝いたします」


「いや、僕は何も……」


 私と同様にキョウカの惨状を目の当たりにして驚愕するミナトは、自身の額の傷を抑えつつ、リンドウの助けを借りて立ち上がった。

 その後私も立ち上がり、キョウカを案ずる視線を彼女に向けた。


「キョウカ……」


「さ、早く扉へ」


 キョウカのその言葉は、リンドウにのみ向けられたものだった。声色にはただ、相手に対する信頼のみが籠もっていた。


 リンドウはゆっくりと頷くと、黙ってミナトと私の手を引いた。


 キョウカは、最後までこちらを振り返らなかった。三人の視界から、あの忌まわしき天使風少女を隠すように、ただ堂々と仁王立ちしたまま───、




         ◇




 ────そして、後方で扉の閉まる音を聞いたキョウカは、口に端だけを吊り上げて、不敵に笑った。


「やっと二人っきりになれましたわね。では、思う存分イチャイチャするといたしましょうかァ!」


「いや」


 闘士漲るお嬢様風少女と、不気味な天使風少女が対峙する。

 戦いが、始まる。

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