5.ノックしなきゃだめ

 歩き始めて十五分ほどが経過した。が、依然として景色は変わらない。霧雨の中、ただただ森の中を歩いていく。

 僕とユヅキは、貸してもらった一本の和傘に入り、前を歩くキョウカとリンドウについていくばかり。


「な……なぁ、本当にこの道で合っているのか……?」


 少し不安になった僕は、先頭を歩くメイド服少女──キョウカに恐る恐る声をかけた。


「ばっちりでしてよ。私にお任せあれですわ~」


「キョウカ、そこは左ではなく右です」


「うっす。ですわ」


 さっきから、ちょいちょいリンドウのナビを受けているキョウカ。もう、リンドウが先頭に立てばいいんじゃないかと思うが、そうはならないらしい。

 キョウカは楽しそうに早足で歩き、距離がある程度離れると、こちらを振り返って立ち止まる。そうしてまた距離が縮まると、早足で僕たちを先導する。それはまるで犬、あるいははしゃぐ子供のようだった。対してリンドウは落ち着いていて、飼い主か保護者のように見えた。



「肩、濡れてない? もっとそっち寄せていいよ」


 僕の横で、ユヅキがぼそっとそんなことを言った。

 二人が貸してもらった傘は一本で、今は相合傘状態になっている。傘を持つ僕は、確かに気持ちユヅキ側に寄せていた。


「大丈夫だよ」


「いや濡れてるじゃん」


 僕の肩が若干濡れていることに気づいたのか、ユヅキは僕に近づいた。ほぼ触れ合う距離感。


「ありがとう」


「べ……べつに」


 短い会話。だが幼馴染みの僕たちにとって、特にこれは違和感のあるものではなかった。お互い自然な状態だ。



「キョウカ、そこはまだ曲がりません」


「だぁーっ、また勘が外れましたわ」


「勘なのかよ……」


 リンドウの正しいナビに、キョウカがオーバーに残念がる。やっぱりリンドウが前に出ればいいのに……。

 そんな光景を前にし、ユヅキはふっと微笑んだ。


「なんか和やかでいいね」


「和やか?」


「うん……。知らない場所で目覚めて知らないクソやば女に襲われて、一時はどうなることかと思ったけど……なんかあの人たち見てたら力抜けちゃった」


「ああ、確かにそうだな」


 目覚めた当初の殺伐とした状況から一変。この場には打って変わって弛緩した空気が流れている。脱力してしまうのは、僕も同じだった。

 傘に打ち付ける穏やかな雨音も手伝って、今は心地よささえ感じる。


 ふと、学園での生活を思い出した。こうして二人で歩く時間は、いつもこんな空気だったっけ。穏やかで、温かく、安心する感じ。




「もうすぐで森を抜けますわ」


「正解です」


「っしゃぁ! ですわ」


 キョウカのナビが珍しく当たった。ガッツポーズを決めるキョウカは、ご機嫌にスキップしながら進んでいく。




 そして僕たちは森を抜けた。

 森の外には、石で舗装された無人の道が弧を描いて左右に伸びていた。キョウカとリンドウはその道を右に。僕とユヅキも後に続いた。


 すぐに小さな街が見えてきた。落ち着いた雰囲気のある場所だった。西洋風の街並みでありながらも、日本の京都を彷彿とさせる淡い色彩を持っている。


 街は早朝の静けさに包まれていて、森よりも音が少なく感じられた。

 現在時刻は分からないが、まだ起床するには早すぎるのだろうか。人の姿は見当たらなかった。


 僕たちは狭い路地に入っていった。路地に届く光はかなり少なく、目が慣れるまでは、まるで闇の上を歩いているような感覚だった。



 やっと暗さに目が慣れた頃、目の前に桜色の扉が現れた。


「やっと着きましたわー」


「ここが……?」


「ええ、この先に私たちの拠点があります」


「あぁーーーっ。早く紅茶でもキメて休みたいですわねぇ」


 目的地に無事辿り着いたことにより安堵。それに伴ってどっと疲れが押し寄せてきたのか、キョウカは溜息と共にドアノブに触れる。


 扉を開こうとした、その瞬間だった。



「──だめよ」



 声がした。



「扉を開ける時は、しっかりノックしなくちゃ、だめ」



 いつの間に、その場所に立っていたのか。

 その声の主は、今しがた僕たちが歩いてきた路地にいた。


 ───少女。それは、禍々しい天使のような存在だった。

 少女と呼ぶに相応しい、まだ成熟しきっていない華奢な肢体。その急所のみに無骨な鉄の防具を身につけ、鎖で出来た足枷をずるずると引きずっている。露出した肌色、その腰の辺りからは、肌と全く同じ色の巨大な翼が生えていた。



「えぇえっ!? うっそ!? 後をつけられていたんですのぉっ!?」


 妙な緊迫感の中、一人空気の読めていないアホっぽいリアクションをするキョウカ。だが、今はその能天気ぶりに救われた気持ちだった。

 もしも。もしも、キョウカが空気を緩ませてくれていなかったら、僕はその場で吐いてしまっていたかもしれない。

 目の前の少女が放つ、純粋な殺意の前に。



「──コンコン。って。ノックするのよ。しなきゃだめなの。だめ。だめなのよ」


「どうやって私たちの後を……!」


 前に出るリンドウは、天使風少女を強く睨んだ。

 そんな敵意剥き出しのリンドウの横にキョウカが並んだ。豪奢なメイド服を揺らしながら、優雅に呑気に歩いて。


「のんのん、いけませんわよリンドウ。どんな状況でも、優雅に対応するべきですわ」


「……!」


「大丈夫。さっさと追い払って、拠点でティータイムにしますわよ! おーっほっほっほほっごへっ……ごほっ」


「…………はい」


 高笑いに失敗してむせるキョウカの様子を受け、リンドウはなんとか平静を取り戻した。そしてキョウカは悠々と振り返ると、今度は後ろにいる僕とユヅキにウインク。


「少々お待ちくださいまし」


 そう言って、腰を低くして構えたキョウカは「お命頂戴つかまつりましてよ」と、はちゃめちゃな言葉でそう宣言をした。


「──火炎絢爛エレガントクリメイション


 刹那、狭い路地に爆風が吹き荒れた。

 キョウカが伸ばす右腕の先から黄金色の炎が解放され、天使風少女を飲み込んだのは一瞬だった。

 巨大な炎の渦は、狭い路地を隙間なく焼き尽くす。

 一瞬で、あの天使風少女の姿は見えなくなってしまった。


 息を飲む僕ととユヅキの前で、リンドウは苦笑いだ。


「相変わらず品性には欠けますが、凄まじい威力ですね……」


「まぁこんなもんですわ」


 銃口から立ち昇る煙を吹くみたいに、キョウカは自身の掌にフッと息をかけた。



 ────直後、その手が消えた。



 消えたのは、腕が無くなったからだった。

 無い。

 キョウカの右腕が、無くなっていた。

 代わりに残った血飛沫に、その場にいた全員が戦慄した。



「だめよ。いきなりこんなことをしちゃいけないわ。それに、炎は人に向けちゃだめ」


「……ぐぅっ……!」


 右腕が切り落とされた事実にやっと思考が追いついたキョウカは、呻きながらその場に膝をついた。


「だめよ」


 天使のような少女の呟きが、狭い路地に静かに響き渡る───。


「──だめ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます