3.はじまりのおわり

 ボロボロの扉から湿った冷たい空気が流れ込み、あっという間にこの小部屋は雨の香りで満たされてしまった。

 腰を抜かしたユヅキは、ベッドの上に座り込んでそのまま。緊張が解けてしまった僕は、壁に体重を預けてぐったりと横たわっていた。


 脅威が去ってから1時間経過しても、僕とユヅキはただの一言も発しなかった。お互い放心状態だった。


 周囲が薄暗くなってお互いの表情がうまく視認できなくなった頃、ようやくユヅキが口を開いた。静かな声だった。


「さっきはありがと」


 酷く落ち着いたトーンで話している。それは、僕の知っている通常モードのユヅキの姿だった。


「なんかわかんないけど、たぶん、あんたのおかげで助かったんだと思う」


「僕は何もしていないよ。全部、ユヅキのおかげだ」


「私だってなんにもしてない」


「僕を助けてくれただろ」


「……?」


「僕を庇って、僕の代わりに……」


「なんのこと?」


「やっぱりそれは覚えていないのか。……色々と、お互いの知っていることを整理した方がよさそうだな」


「そう、みたいだね」


 僕たちは暗くなる小部屋の中で、お互い知っていることを話し始めた。






           ◇






 “僕が死ぬとユヅキがタイムリープをして、ユヅキが死ぬと僕がタイムリープをする”。



 結局、色々と話して、僕たちが導き出した結論はそれだけだった。

 この場所やここにやって来た経緯はお互い知らず、紫色の血に関してはユヅキ自身もよく分かっていない様子。


「何がどうなってるんだろうな……」


 ただの学生だった僕たちが、なんの前触れもなく、こんな不可思議で狂った状況に置かれている。本当に、意味がわからない。


 かなりの間を置いてから、ユヅキは自分の掌を見つめ小さく呟いた。


「……これからどうする?」


「今日はもう休んで、朝になったらこの小屋の周りを探索してみよう。……少しでもわかることを増やさないといけないからな」


「……あのクソやば女が戻ってきたらどうしよう」


「……」


「……」


「大丈夫だ」


 意味がないとわかっていながらも、僕はとりあえず、根拠もなくそんな言葉を口にした。

 心許ない蝋燭の灯りだけが、空間を照らしている。その仄暗い部屋の隅で、僕の言葉にユヅキが小さく頷いた。

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