梅林止渇【弐五】
*
椿の葉が、視界の中を舞い踊る。寝転がる奇妙丸の上で、ひらりひらりと。
河尻あたりに見られれば、行儀が悪いと叱られるだろうが、今回ばかりは許しを乞いたい。
払い除けた御簾の向こう――縁の上で、柱に凭れ掛かりながら、膝を立てた長可が、椿餅を手にしている。酒の代わりに椿餅を食いながら、月見に興じている模様だ。
「勝蔵」
呼び掛けても、返事はない。だが、目線だけはこちらにくれた。黒鳶色の双眸が夜闇の中でぼんやりと浮かび上がった。
奇妙丸は、椿の葉をもう一度上に向かって投げた。小さな葉は天井に辿り着くことなどなく、落ちて来る。鼻の上に落ちる寸前で、掌で受け止めた。
椿餅――冬になると、4人で食べた。於泉が1番好きな菓子だった。
長可と於泉が競うように食べ終え、行儀よく食べている庄九郎の餅を狙い、喧嘩になる。するとそれを合図に、3人よりも1つ多い奇妙丸の椿餅を、4人で一口ずつ分けて食べるのだった。
庭に、うっすらと雪が降り積もっている。
積み石や水面、踏み石を覆い隠すかのように。
長可は立ち上がると、奇妙丸の傍に腰を下ろした。待ちかねたように顔を向けると、頬に張り付いた髪がそっと払われた。
「行儀が悪いです。寝転がって食べると、腹ァ壊しますよ」
「いい。お前の口から小言なんぞ、聞きとうない。小言を言うてもいいのは、庄九郎だけじゃ」
「……その小言を言っていい庄九郎は?」
「……
奇妙丸はぼんやりと幼馴染の腹心に目をやった。
「そなた、儂のことが憎いか」
散々やる、と期待だけさせた。それなのに、結局今回の婚姻に異を唱えるだけの度胸もなかった。
「そんな未来、きっと永遠に来やしません」
長可がごろりと横になった。見上げる天井は、2人とも遠く、高く見えた。
「俺が若を憎むとしたら、若が俺を見捨ててどこかに行っちまった時だけです。……あなたの傍を離れる前提が有り得ないんだから」
「……そうか」
両腕で顔を覆い、深く息を吐く。長可が傍にいると言ってくれることに、ひどく安堵し、同時に胸の奥が痛んだ。
(……俺は最低だな)
妹のようだと可愛がったくせに。好いた男に嫁がせてやると言ったくせに。
しかし、於泉を森家にやるわけにはいかなかった。織田家が京と繋がるためだと言えば、聞こえはいい。
家名という建前の後ろに身を隠しながら、本当は、あの時のように虐げられ、壊されることが怖かっただけだった――。
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