梅林止渇【弐壱】


       *


 唐菓子を摘まんで口に運ぶ。味気がない。いつもなら、奇妙丸に貰った菓子は何を食べても美味で、弟妹に見つかると争奪戦になるというのに、味がしない。

 乱丸が(本人的には)こっそりと手を伸ばして来たので皿を寄せてやると、物の怪でも見たかのような顔をされた。


 長可は弟の頭を撫でながら、ぼんやりと二羽を見つめた。


 美濃を出て京に到着するまで、どのくらいの日数が掛かるのだろう。あのじゃじゃ馬が輿に揺られた挙げ句、婚礼の日数を待つことなど、本当にできるのだろうか。そんな於泉を宥めてやれる者は、京になんていないのに。

 腹にのしかかって来た乱丸をはらい落として、槍を片手に庭に降りる。いつもなら槍があればそれだけでいいはずだった。


 それなのに、隣の家から聞こえるはずの声が聞こえないだけで、胸が痛んだ。


『勝蔵殿、何してるの。泉も混ぜて!』


 岐阜に行く日が近付いているのに、そんな気になれないのは、もうその声を聞くことができないと分かっているからだった。


 於泉とは、最後に一緒に弓を引いて以来、顔を合わせていない。逃げるように金山に戻って来た。


 息が上がり切るほど槍を振り回し、倒れ込む。体中から流れる汗にくっ付いて、土が纏わりついて来た。


 頭がぼーっと冷える。何かを考える余裕はないのに、体だけは妙に動く。


 まるで、大切な宝物を失くしてしまったような、そんな気持ちだった。

 長可にとっては大切な宝物でも、周りにとってはそれほど大切な品でもない。だから、失くして焦っているのは長可だけで、兵庫や乱丸達には関係がないから、いつもどおりに日常を織っているだけなのだ。


「兄上ー!」


 乱丸の声が響く。幼子特有の、甲高い声だ。


「雨、降って来ましたよ! 早く入ってください!」

「いい」

 弟の声を無視して、雨を浴びる。狐も嫁に行くのだろうか。雲一つないというのに、長可の体を冷たく濡らすなんて、意地の悪い天候である。

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