九月二十五日

・ほぞをかむ 後悔する。

・左遷 低い地位・官職におとすこと。

・マンネリズム 型にはまっていて、独創性や新鮮味がないこと。

・受動的 ほかから働きかけられる様子。受け身。

・リバウンド ダイエットをやめた時の体重増加などの、はね返り。

・上手 身分が高い人が座る、奥の方。

・氷山の一角 たまたま表面に現れた、大きな物事の一部分。

・私見 自分自身の意見、見解。

・哄笑 大口をあけて笑うこと。

・眼鏡にかなう 目上の人に認めれられること。

・暖衣飽食 十分に恵まれた生活であること。

・世上 世の中。

・恬淡 あっさりして欲がない。

・御為倒し自分自身の利益のためなのに、人のためのように言うこと。


人生においてほぞをかまない青春とはなんだろうか、と大した人生経験も積んでいないのに達観してみる。

「みる」という言い方をしているので相当浅いと思うが察してくれ。


5W1Hから、細かくなるまで包丁ちからを振るう。


When,青春とは若く元気のある時代、主に青年時代なのでざっと中学生~大学生あたりだろうか。

ただ、青春は心の若さだと世上では述べるお方が「経験差、知識差」で分けられた食卓の上手に座るのだが、「青春」という人生のメインデッシュとも解釈できるもののお味の感想は同席してしまっているたかが高校一年生の私見としても述べられるので、今は「心理的な時間軸」は放棄させて頂きたい。大変失礼仕るのだが。


Where,これはWhenで述べた事から解釈して中学校~大学あたり。

しかし、近頃はSNSも普及しているので「自分が通う学校」という固有名詞に制限されずにワイドなものとなるだろう。


Who,これは当然、中学生~大学生だ。


What,これだ。青春だが、「ほぞをかまない青春」である。

後悔という語彙を用いても構わなかったが、縛りがあるのだ......


ほぞをかまない青春とは何なのか。


後悔しない、では満足すれば良いのだろうか?

満足といっても、人それぞれ価値観は違うのだから......


私の私見を述べさせて頂きます。


俺はやはり「リバウンドのバランスが良い青春」だと考える。

哄笑しながらずっと幸せ、ずっと楽しい、ずっと気楽!みたいな幸せのハッピーセットとかいう頭痛が痛いものではなく、単に喜怒哀楽のバランスが良いっていう言い換えが出来る。

ある程度暖衣飽食を忌避し、かといって「普通」というマンネリズムに陥るのではなく、ある程度の刺激を精神面に与えつつ受動的に。


この場合だと、周りの要素しか説明していないのでそもそも「目的」が無ければ話にならない。勉強でもいい、部活でもいい、趣味でもいいので御為倒しを狂ったように繰り返す。

周りに魅せるのは自己の氷山の一角だけで良く、隙があれば眼鏡にかなうような真似をして自身を造る。

その為、気味悪がられるのは当然至極。


恬淡なのは、目的以外で良い。


これが私の私見の最終形態である「犠牲的な青春」、つまりは「青春をするために青春を壊す」というものです。

大学などのその場からして先の状態がある場合に限った話ですが。


Why,将来辛いだけだから。


How,俺はWhatで大体のやり方を述べたが、根本的なものは皆一緒のはず。「どの程度でもいいから満足すること」だろうか。


話が乱雑で脱線しまくりで本当に申し訳ないです。


以上です。

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