九月九日

・畏敬 おそれを持って尊敬すること。 awe

・身もふたもない 直接過ぎて、話題の続けようがない。 too outspoken

・辛辣 言葉や表現がとても厳しいこと。 poignancy

・換算 ある数値を別の数値で考え直すこと。 conversion

・フェイク にせもの。 fake

・火中の栗を拾う 危険をおかして、他人の利益のために行動すること。 Take the chestnuts out of the fire with the cat's paw.

・昔日 むかし。 old days

・粋人 風流を好む人。 man of refined tastes

・激賞 大いに褒めること。 high praise

・謬見 間違った意見や考え。 fallacy

・捲土重来 敗者が勢いを再び盛り返してくること。 rally

・位相 変化するものが、特定の状況で見せる姿や言葉。topology

・知見 実際に見て知ること。 knowledge

・自恃 自分をたのみとすること。自負。 self-reliance


最近、短編を書こうとしても、どうも忙しくて結局一人語りになってしまう。


まぁ、そんなところで今日もくだらない話を一つ。


―――生き物を殺すことをどう思うか。


まずは概要から。

そもそも「生き物を殺す」という辛辣な言葉を聞くと、大体負のイメージを抱くのだろう(偏見の代弁)。


ただ、牛や魚といったある種は食用のものには表には出ない微々たる抵抗感があるが、実際自分達がその場で殺して加工したりする現場をほぼ知りえないという知見の狭さがあるので、ほとんど感じないだろう。


ただ、害虫などの得体の知れない奇妙な虫は、発見とともに殺すか逃げる、または逃がすといった「排除」を目的とした動作を一般的に行っている。


主に2パターンだ。

自分らがよく行う殺しが「利用」か「排除」か。

また、「排除」は人も当てはまる。


内容に入る。


まぁ、雨石穿君(15さい)が昼休みを迎えて、一人質素に教室でボッチ飯というような状態で、隣の席の女子がどうやら弁当箱の重圧で蠅か何かを潰してしまったらしい。

女子は嫌悪そうな声色半分、猟奇的な興奮......未知を垣間見たとでも言うべき感情が半分混じった声をあげている。


「え~やだなぁ」と。


どうやら虫の足がまだぴくぴくと動いているらしく、女子はそれを観察しながら周りの女子達に向かって詳細情報をペラペラと大声で語りだしたのだ。


食事中であったし、途轍もない吐き気が伴ったが、ここで火中の栗を拾うように他人にマナーを諭しても良かったが、着眼点はそこじゃない。


―――殺すのと見世物にするの何か決定的な差異があるのではないかと。


ふと、昔日を思いだす。

確か小6の頃、小学校中学年ぐらいの生徒が蟻の巣の穴に先端が細くなったホースを捻じ込んで、遊んでいるのを見かけて(その頃は何となく正義感が強いイタイ年頃だった)「虫の命で遊んじゃだめだ」みたいな感じの問いかけを生徒にすると「えーだって楽しいじゃん」と返された。

その後は身もふたもなくて何も返せなかった(止めれたと思う)。


もっとも、俺自身も生き物に対して畏敬の念を激しく抱いている訳でもないし、自分が生徒に思った考えが謬見だとも思わない。


ただまぁ、一つ言える事があるなら「我々は命の換算を間違えているのではないのか」だろう。


実際、雨石穿自体も害虫はなるべく逃がすか無理なら殺すかするけど弄ぶようなこととは全く違うと思う。


結論は途中で出なくなってしまった。答えが出るならそれは十中八九フェイクだろう。

もし一つ考えが形に出来るなら、自分の頭では「弱肉強食だからってヒトは何でもしていい訳じゃない」ぐらいだろう。


抽象的なものだが、もっと粋人に近づいていく間にもっと良い答えが出せるようになると期待している。


ある意味高校、大学受験でもそうかもな。


受かれば激賞を浴びせられ、落ちれば最悪の場合罵詈雑言を浴びせられる(自分調べ)。


ただ、違う点があるとするなら捲土重来が目に見え易いぐらいだろう。

世間の着眼点が所詮は結果だとしても、やはり雨石穿は位相を好む。


ハートに塗れた自恃の念を持とうか。

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