九月六日

・カモフラージュ ごまかすこと。 camouflage

・吟味 念入りに調べること。 examination

・なおざり 物事をいいかげんにすること。 negligence

・凌駕 他のものを追い抜き上に立つこと。 surpass

・可変 変えることができること。 convertible

・開口一番 何かを言いだすとすぐに。 very beginning of speech

・おうよう おおらか。 generous

・不退転 かたく決心してくじけない。 unflagging resolve

・師事 師とした人に教えを受けること。 study under

・位階 律令制での地位を表す序列・等級。 rank

・権益 権利と利益。 interests

・慨嘆 なげき怒りを覚えること。 lamentation

・重きをなす 重要とみなされる。 leading figure

・李下に冠を正さず 誤解を招くような行動はすべきではないといういましめ。 He that will do ill, must do nothing that belngs thereto.


―――ふと、過去を思う。


俺は多分20代ぐらいで俗に言われるヒットマンである。特にダークウェブなんていうものに精通しているわけではなく、様々な裏社会の情報を仕入れた自分の師から目標を伝達され、速やかに処理をするのが仕事であり、実際に裏社会について吟味している訳ではないのだ。


俺が高校生の頃に両親が何の音沙汰もなく失踪し、それと同時期に高校内での痴情のもつれから発展した激しく姑息な諍いに、欺瞞情報として俺の名前が使われ、更に運の悪いことにその欺瞞情報を否定するアリバイが此方には全くなかった為、学校内での名誉や尊厳が完全に簒奪されたのであった。


このことがきっかけで、師から「李下に冠を正さず」ということわざを教えて貰い、今ではそれを座右の銘にしている。


話を戻す。


自分でもその頃は周囲の影響からやさぐれ、高校を中退し、半狂乱の愚行が目立ったなぁと思い返すぐらいの非行を多々行っており、その途中で路地にしゃがみこんでいるところを30代ばかりであったそこそこ綺麗でおうような性格の女性である「師」に半強制的に保護された。


初めて顔を合わせた時、


「こんなきたねぇところで独り虚しく野垂れ死ぬなら、人の為に人を殺そうぜ」


と開口一番で常軌を逸した発言をしたのを今も鮮明に覚えている。


人殺しをするまでには結構時間がかかった。

高校生だったので師から難関国公立に合格出来るレベルの教育と、武器の扱い、メンタルコントロール、そこまで過激ではない体作りをやらされた。

最初は衣食住が金を請求されずに貰えたので、ただただ「便利だなぁ」と周りを見ない考え方をしていた為にそのような教えになおざりの心を抱いていたが、時たまに師が見せる「世の中の高い位階の人々や、卑劣な犯罪組織がナニを行っているかを記録した動画」から世の中の慨嘆に絶えない現状に重きをなし、「これらは可変である」という不退転な決意を示し、教えを超えた「師事」をひたすら真面目に受けた。


―――思いを収める。


カモフラージュの為に纏ったグレイのコートにふわりとした手触りの粉雪が付着する。

今、立派な表社会の癌になった俺は、裏社会の癌を必殺する為にこの倒壊寸前の廃ビルの屋上に足を運んでいる。


この俺は裏社会の群雄の一人であり、かの目標も入手した情報では表社会で素晴らしい貢献をした人物なのだろう。


屋上のフェンスの隙間に銃口を通し、スコープから目標を捕捉した。

自分の体勢は寝そべっており、使用する武器の系統は「ボウガン」である。

弦はカーボンナノチューブを使った表社会では知りえない、高いレベルの技術で作られており、有効射程は100mを優に超える。

加えて、目標はこのスポットから70m程しか離れていない為、天候が雪だろうが弾道制御は容易である。


―――トリガーを引く直前、ふと思った。


才能や地位を凌駕するのは結局は武力であると。


トリガーを引くと、ガタン!というバカデカい反動と風を切り裂く音を響かせ、粉雪を弾いた白い弧を描いて矢が射出された。







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