第39話戦略訓練⑫

 サラスの作戦はあと一歩だった。かなり良いところまでいっていたのだが、サラスにとって二つの想定外が作戦を崩壊させた。

 一つ目の想定外は本陣への強襲。これを仕掛けたのはギークだろう。

 だがもう一つの想定外、エレオノールの守備の力を甘く見ていたことが、ここにして大きく作戦に影響を与えていた。


「ここまで堅く守っていたのか」


 自軍が敵本陣に近づいたからこそわかる盤石過ぎる守りの布陣。

 仮に本陣への急襲を受けず、このまま敵本体をこちらの主力で叩けたとしても勝機は怪しかっただろう。

 単純にエレオノールの守りが素晴らしいという理由もあるし、そもそもサラスとの相性が悪かったかもしれない。


「いまはまだ、相手がこちらの部隊をすべて捉えきって動けていないのが優位に立てるポイントか……」


 だがこうなると向こうがこちらの主力部隊を見つけ出し叩き切るまで時間の問題。

 陽動とはいえ周囲の戦力も削られ始めていることを考えると、一気に劣勢になってきている。

 改めて自軍の配置を確認する。

 サラスが意識的にでも無意識にでも仕掛けを施していれば、そこを突破口にできるかもしれない。幸い自軍の部隊はそれぞれがかなり独立しておるおかげでこの絶望的な戦況を把握していないから、ギーク戦のように士気に大きな影響はない。


「にしてもサラス……よくこの状況で戦えるな……」

「それは、慣れ。ドワーフは元々局地戦が得意、気づけばそれが大きなうねりとなって敵を飲み込む」


 もしかするとアウェンと近い感覚で戦うタイプなのかもしれない……。

 状況を整理すると、主戦場となっているのは中央の広大な平地。

 だがその周囲には木々などの身を潜める場所や、多少隆起した拠点を構えるのに適した場所も出てくる。


 これまでサラスはこの身を潜められるフィールドに自軍をバラバラに展開し、相手の拠点を各地で落としていた。

 また主戦場である平地では双方常に一定数の兵がぶつかり合う。


「毎回周囲に散った味方を集めて攻撃してたのか?」

「ん……」


 サラスは巧みに兵を動かすことで、相手はおろか味方ですら気づかないほどスムーズに兵を入れ替えていた。

 これはメリリアですら見抜けなかったことだ。もっともメリリアもこの盤上を常に注視していたわけではないのだから仕方ないことだが。


「相手の陣形に相性の良い形を、周囲の隊を使ってつくる。それを繰り返す」

「それがドワーフでは普通なのか?」

「普通ではない……けど、将となる人物で何人か、この戦法を得意とする者がいる」


 凄まじいな。

 今はまだ地図上のシミュレーションだからついていけるが、実際の戦場でこんなことをすればまず間違いなく崩壊するだろう。


「それだけの攻勢をかわし続ける相手も相手、か」

「ん……エレオノールは、強い」


 多分他の相手なら、この戦法に対応できずあっさりやられていただろう。

 だがエレオノールは自軍の運用に集中するタイプ。サラスの変則的な兵法に最低限の対処だけこなし、淡々と自軍の守りを固めていた。

 出来上がったのはもはや要塞。対してサラスはゲリラ戦部隊。


 さて……。

 終盤戦の読み合いはメリリアの役目だが、この状況では流石に詰みまではたどり着けないだろう。

 エレオノールは守備の名手だが攻撃用の布陣はおそらくギークの指示で細々としか出てきていない。


「サラス、半分兵を預かっていいか?」

「ん……」


 盤上の駒を二人で分け合い、改めてエレオノールとギークに向き合う。

 ギークは不敵な笑みでこちらを見つめていた。

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