第45話 捕縛

「おい、娘っ! 素直に話さねぇと、痛い目に遭うぞ!」


 唾が飛びそうなほどの大声で威圧しつつ、黒服の男はソファ近くのテーブルを乱暴に蹴る。


 多少なりともアンティークや骨董品の知識や、それに値する美的センスがあったなら、そのテーブルも、ソファも、照明も、部屋を構成するあらゆる家財や調度品が、それなりの価値があり、粗雑に扱うことをためらわれる逸品ばかりであると理解できたであろうが、生憎この場にはそういった知識を有する者は、口を閉ざした囚われの少女以外にいなかった。


「おらっ、何とか言ったらどうだ⁉」


 相も変わらず荒げた声をぶつける男であったが、それでもソファに座らされ、聴取の座に着かされている少女、コニールは黙秘を続ける。


 男の荒々しい声が発せられるたびに、その迫力に、コニールはわずかに身体を縮み込ませるが、それでも口を真一文字にして、グリードの居場所はもちろん、屋根裏部屋の存在すら口にはしまいという決意をにじませる。


 頑なに黙秘を続ける少女の姿に、極限まで脅しをかけていた男であったが、ついには根負けをして、諦めの様子でコニールに背を向け、同胞たちに首を振って見せる。


「……くそっ、ウンともスンとも言いやしねぇ」


「だったら、いっそのこと一発かましたらどうです? そうすれば案外簡単に吐くかもしれませんよ?」


「バカ野郎が! 女に手を上げただなんてボスに知れたら、それこそぶん殴られるじゃ済まねぇぞ。俺たちはそこらの無法者とは違うんだ、その辺しっかり考えてから物をしゃべれ!」


「……す、すいません」


 もしかしたら、本当に殴られるかもしれないと、一瞬身を固くしたコニールであったが、相手にその意思がないとわかり、ほんの少しではあるが緊張を和らげる。


 それでも周囲には十数人もの男たちが取り囲むように陣取っており、予断を許さない状況にあることに変わりはない。


 コニールは静かに、相手を逆上させないギリギリのラインを見極めながら、グリード宅へと押し入ってきた男どもの情勢について、把握しようと努める。


 そんなコニールのしたたかな姿勢などつゆ知らず、男たちは明け透けに会話を続けていく。


「くそっ、どうする? このままヤツが帰ってくるまで待つか?」


「それでもいいが、帰ってくる保証なんてあるのか? もし夜遅くとかだったら、それこそボスにぶん殴られちまうだろ」


「だからって、何の成果もありませんでしただなんて、言えるわけないだろ」


 目当ての存在がいなかったことで、次第にヒートアップしていく男たちの会話。


 その加熱した雰囲気に水をかけたのは、ケガをした足が痛々しい、赤茶色のスーツを着た男――マルクであった。


「だったらよ、その女を連れてったらいいだろ。別に変なことはねぇ。グリードをおびき出すための餌になってもらえばいい」


 この上なく、邪悪な顔をしてそう提案するマルク。


 対して黒服たちは互いに目配せをすると、少しの間を置いた後、小さくうなずいて答える。


「そうだな。ここに居たということは、そういう存在ということだろう。ならば、今回はその提案に乗らせてもらう」


 自らの提案が受け入れられたことから、マルクは引きつったような声を上げ、笑った。


「ヒヒッ、そいつは光栄だね。それじゃあ、早速こいつを連れて戻ろうじゃないか」


 マルクの指示で、下っ端の男たちはコニールの身柄を拘束するべく、動き始める。


 コニールも身体をつかまれた瞬間は抵抗を試みるが、さすがに多勢に無勢、成す術もなく捕らえられ、ロベルトの邸宅へと連れていかれるのであった。

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