第44話 コニールの選択
グリード宅に一人取り残された少女コニールであったが、その心中は決して穏やかではなかった。
もちろん、グリードの仕事の腕を疑問視していたわけではない。
なんだかんだ言って、初回の奪還を無傷で終え、この家まで帰ってきたのだ。
それでも、今回も無事帰ってくるという保証などないのは事実であるが、コニールが気に掛けていたのは、先ほどまで聞こえてきた、平凡な日中の、人々の往来する足音であったり、会話であったりという、生活音がいつの間にか消え失せてしまっていたことに起因していた。
「なんだか、妙に静かね……」
自らの心中に根付く不安を少しでも和らげようと、コニールは内から漏れ出る感情を声に出してみるが、それも一時の気休めでしかない。
当てもなく室内を歩き回ってみるが、それも長くは続かず、コニールの注意は存外にきれいな窓ガラス越しに見える、通りへと向けられる。
「――えっ?」
何気なく眺めた通りの光景。
そこを眺めるコニールの瞳に映ったのは、見覚えのある黒服と、その後に続いて大移動をしている、屈強で厳つい男たちの姿であった。
驚きのあまり、口元に手を当てながら、後ずさりをするコニール。
不幸中の幸いだったのは、その際に叫び声や悲鳴を上げなかったため、彼らにコニールの存在を知られなかったという点であろう。
パニックに陥りそうになる頭を、寸前で押し留め、コニールは必死に思考を巡らせる。
そして、ハッとグリードの言葉を思い出し、キッチンのある奥の部屋へと向かう。
ドアを開け、目に飛び込んでくる清潔なキッチンを、すぐに視界の端へと追いやって、目線を天井へと持ち上げる。
今なら外の輩に気付かれることもなく、上へ登ることができるだろうという、小さな期待がコニールの中で少しずつ肥大化していく。
そして、いざ棒を手に取り、天井より仕込み階段を下ろそうとしたところで、コニールは不意にその手を止めた。
決して、彼らに見つかりたいというわけではない。
グリードの言うことを信用していないというわけでもない。
それでもコニールがそれより先に進めなかったのは、天井裏で実際に目にした光景が思い出されたからであり、グリードが制作を続けていた宝石製の絵画の存在が、どうしても脳裏に浮かんで離れなかったからであった。
「……ここに隠れたら、確かに私は見つからない可能性は高いかもしれない。でも、それじゃあ、グリードの、妹さんとの作品が見つかってしまうかもしれない」
確率的にも、目に見えて上階に続く経路があるわけでない。
通常の人間であったなら、天井裏の存在すら見つけられずにそのまま帰っていくことも十分に考えられる。
隠れるべきか、留まるべきか、コニールは悩み、考え、結論を模索する。
そうしている間にも、玄関の扉を叩く音と、男たちの声が聞こえてくる。
「おい、開けろ! 居ないのかっ!」
「大丈夫だ、ここ以外扉はない、そのまま突っ込め!」
「お前ら、窓から逃げないかちゃんと見張っておけよ!」
怒号とも思える大声が飛び交い、急速に緊張感が高まっていく室内。
猶予の時間はもう、ほとんど残されてはいなかった。
そして、否応なしに定められた制限時間の中、コニールは意を決する。
「おらっ、出てこい、グリード!」
玄関のドアを蹴破り、先頭に立っていた黒服の男が一番に室内に乗り込む。
その直後、他の面子もなだれ込むように室内に突入していき、広い室内を圧迫していった。
「……くそっ、居ない。留守だったか?」
「いや、奥にも部屋がある、そこを探せ!」
重役よろしく最後に屋内に入ってきた男――マルクの言葉に、慎重に室内を見て回っていた男たちの視線が一気にキッチンへ通じる扉へと向けられる。
「開けます!」
下っ端の一人が宣言と共にドアに手を掛け、勢いよく開け放った。
そこにあったのは、がらんとしたキッチン――などではなく、シンク前にてキッと男たちを睨み続ける、コニールの姿であった。
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