第13話 強奪

「――失礼」


 そう告げると、黒服の男はわずかに頭を下げつつも、半ば強引に三等車両内へと足を踏み入れる。


 その迫力に気圧されてか、添乗員を呼びに向かおうとしたはずの男性乗客も、思わず後ずさりをして、黒服に道を明け渡した。


 すると、先頭に立つトランクケースを手にした黒服に続いて、残りの黒服たちがぞろぞろと後に着いて入ってくる。


 ただ、その黒服たちの間に挟まれるように、逃走を試みて車両を出ていったはずの少女が、顔をうつむけながらも同行していた。


 少女に手や足の拘束は見られなかったものの、背後に着いている黒服から拳銃を背中に突き付けられたこともあって、ささやかな抵抗すらもできない状況にあった。


 おかげで、少女の顔は決して明るくはなく、むしろ今にも噛みつきそうな、反抗的ともいえる表情を浮かべていたが、黒服たちは意に介さず、一人三等車両に残された哀れな男――マルクの元へと向かうべく、車両内を前進していく。


 一度は去ったはずの黒服たちの再登場により、三等車両内はまるで時が巻き戻ったかのように、静まり返る。


 そんな張り詰めた空気の中、間もなくして黒服たちは、思いもよらぬ光景を目の当たりにする。


「なっ……これは、どういうことだ――」


 これまで、常に冷静を保っていた仕切り役だった黒服の男であったが、おびただしい量の血を流し、片足を赤黒く染め上げながら、座席の上で横になり、ぐったりとしているマルクの姿に、動揺を隠すことはできなかった。


 そして、その理由を求めるべく向けられた視線は、自然とその向かいの座席に座る男――グリードへと終着する。


 だが、当事者であるはずのグリードは、まるで何事も無かったかのように、眉一つ動かしもせず、手にした拳銃をしげしげと見つめていた。


 その様子に、リーダー格ともいえる黒服の男は、事情を察し、表情を強張らせる。


「……おい、カフォット嬢を放せ。もうここに用はない。面倒なことになる前に戻るぞ」


「えっ、ですが……」


「いいから、言うことを聞け! 撤収だ!」


「わかりましたっ!」


 残りの黒服たちも、リーダー格の黒服の有無を言わさぬ口調に、慌てて少女を解放すると、すぐさま来た道を戻ってドアの向こうへと消えていった。


「あ……あぁ……助け……」


 座席の上から、黒服の姿を見つけたのであろう、マルクが緩慢な動きで助けを求めて、腕を伸ばす。


 しかし、黒服の男はグリードを一瞥した後、マルクを冷たく見下ろし、告げた。


「俺の仕事はこれを回収することだ。お前の面倒を見ることじゃあない。今回も、お前がどうしてもというから仕事に加担させただけだ。自分の世話は自分でするんだな」


 声が聞こえているのかいないのか、マルクはか細い声を上げながら、黒服の後を必死に目で追うが、黒服は迷いなく踵を返し、歩き始める。


 途中、小さく振り返り、グリードが何かしらのアクションを示してこないか警戒をするが、特別な動きの気配を感じなかったことから、すぐにまた歩き始める。


「お願い、どうか――」


 最後のチャンスとばかりに、少女が黒服の手に飛びつき、トランクケースを奪い取ろうとするが、体格差もあって、容易く振り払われる。


「せっかく拾った命だ。ここで捨てようとするな。どうしてもというのなら、俺は構わんがな」


 最後に放たれた黒服の言葉に、少女は射すくめられたかのように、ピタリと動きを止める。


 その様子を確認した後、黒服の男は今度こそ、ドアの向こうへと、トランクケースをしっかりと手に持ちながら、消えていったのだった。

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