第202話 イラートは笑う
「…ここ、は?」
目が覚めると、古ぼけたベッドの上に横たわっていた。
シミだらけの壁、壊れたシャンデリア、ボロボロの椅子、暖炉しかない寒々とした部屋。
暖炉には火が灯っているが、その火は弱く、寒さに体を震わせた。
およそ過ごしやすいかとは言えない部屋だが、見覚えがある。
【シオドアリの巣】に向かう直前滞在した、【ランデルン・ホール】だ。
「目覚めたんですね、先輩」
扉が開き、冷たい声が響く。
イラートだ。
笑みを浮かべ、こちらにゆっくりと近づいてくる。
「こ…ない…で」
拒絶しようとするのだが、ほとんど声が出ない。
逃げようと体を揺らしても動けず、ベッドの上で身じろぎするのが精一杯だった。
「【拘束の呪い】はそう簡単に解けませんよ。ま、口だけは動かせるようにしてもいいですかね…ジーグルーン」
「はいよ」
再びイラートの口からジーグルーンの声が響き、口の中の圧迫感がなくなった。
「…やっぱり、ここがあなたの故郷だったのね。イラート」
「どうして分かったんです?」
「看板よ。プレーンラインに入る前、看板に書かれた内容を言い当てたことがあったでしょ」
「…」
「あの看板ね、プレーンラインと書いてなかったのよ。書かれたのは『シオドアリの出現によりここを放棄する』とした書いてなかった」
「昔通りだと思い込んだ僕の早とちりでしたか。一々ジーグルーンに肉体を強化してもらうのも面倒だと思いましてね」
「…もう1つだけ聞かせて」
「何です?」
本当は聞きたくなかった。
でも、聞くしかない。
もう疑いようがないのだから。
「お腹の傷は、マトタにやってもらったの?【アーテーの剣】を殺害して、自分も襲われたと偽装したとき」
「ご明察」
【アーテーの剣】の不意打ちを受けたと説明したイラートは腹を負傷していた。
でも、腕に傷はなかった。
ほかの【アーテーの剣】の遺体は腕の傷、とっさに自分の身を守った時の防御創が付いていたというのに。
「じゃあ…あなたがやったのねイラート」
両目に涙が浮かぶのを感じた。
「あなたが、【アーテーの剣】をー」
「エリアルは念入りに殺したので安心してください」
「…!」
「最後まで泣き叫んでましたよ。殺さないでってね」
「イラート!!!」
どうして…?
私が、イラートの想いに応えられなかったから?
全部、私のせいなのかな。
「もう、やめて…お願い!正気に戻って!」
旧友に向けて、精一杯呼びかける。
「僕は正気ですよ、先輩」
でも、届かなかった。
ゆっくり近づいて、顎に手を添えられる。
「あなたと出会ったときからずーっと、僕は正気だった。あなたを好きになって、手に入れたくて、呪いをかけた。あなたが追い詰められて何も考えられなくなった時、想いを告げようと思っていたのに」
イラートの瞳に、怒りが宿る。
みるみる紅潮していき、わなわなと震え始めた。
「あの男が…あの存在が全て台無しにした!!!あいつが先輩を奪い、そして汚した!!!生かしては置けない!!!」
「言ったでしょ!!!ドミーが死ねば私も死ぬわ!」
精一杯に虚勢を張って、イラートを脅す。
「ドミーに何かあったら、私が生きている価値なんてない…あなたに何をされても、それだけは譲れないわ」
「…クソ、あの男がそんなに良いんですか?」
悔しさに顔を歪めるイラートだったが、やがて余裕を取り戻す。
私の顎から手を離し、少し離れた場所にある椅子に座った。
「まあいいでしょう。いずれ、あなたはそんな口も聞けなくなる。僕以外の人間を、愛することもできなくなる…」
嫌な予感がした。
イラートには、なんらかの策がある。
きっと、私が強制的に従わざるを得ないような何かが。
舌に力をこめる。
このまま自殺すれば、迷惑はかからない。
いや、だめだ。
私は口に暖かい感触を感じながら首を振る。
ドミーは、私の自己犠牲を喜ばない。
むしろ悲しんで後を追うかもしれない。
絶対に、戻るんだ。
世界を救うためにも。
助けは必ず来る。
イラートを睨みつけ、精一杯威嚇する。
「ふふふ。いいですね、その目は。憎しみの目だ。あなたもそんな目をするんですね。オークたちを虐殺する時も悲しんでいたのに」
「…なんとでもいいなさい。それより、私を解放した方がいいわ。じきに【ドミー軍】が助けに来る。そしたらあなたは許されない」
「追手がきたら殺すだけです」
「もうやめて、これ以上罪を重ねるのはー」
「もう決めたことです」
口に圧迫感を感じる。
私は再び喋れなくなった。
「そんなことより、僕の能力を先輩にも知ってもらいましょうか。ずっと、誰かに話してみたかったんです」
イラートは椅子に座ったまま、天井を見つめ、ぽつりと呟いた。
「僕は女なのに、生まれつきスキルがないまま生まれました。無能力者なんです。だから、このランデルン地方の領主の家に生まれたのに、忌み子として扱われたんました」
その背後に、影が現れた。
ローブを身にまとった剣士と魔術師。
「でも、そんな僕にも一つだけスキルを得る能力があった…」
ー【スキル】には【近接系】、【魔法系】、【支援系】、【憑依系】の4系統が存在する。基本的に、系統の違う【スキル】を使いこなすのは難しいが、1つだけ方法がある…
【マグダ辞典】の記述を思い出す。
そこにはこう書かれていた。
ー【降霊の儀】を行い、未練を残したまま地上を彷徨う魂を、自らに憑依させること。【憑依系】の一種。
「母さんは、僕に最強のスキル使いを2人憑依させたんです。偶然男性でしたけどね」
「2人同時に憑依させるのはかなり珍しく、
イラートは立ち上がり、氷の微笑を浮かべる。
「僕の本名はローゼマリー。ローゼマリー・フォン・ランデルン。この地方を滅ぼした張本人です」
それが、イラートの正体だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます