旧約第10章 ドミーは童貞を捨てる

第191話 疑念

 「気分はどうだい?いや、あまりいい気分ではないか…」

 「ライナさま、大丈夫ですか?」


 目を覚ますと、この前知り合った人物がこちらを覗き込んでいた。

 この前頬をつねった天使。

 名前は確か【疲弊した天使】コンチとか言ったかな。

 傍らには、コンチをそのまま小さくしたような幼い少女【神造天使】ナビもいる。


 「ここは…」


 少し体がぼーっとするけど、上体を起こすことは出来そうだ。

 周りを見渡すと、見渡す限りの草原と青空が広がっている。

 

 記憶を辿って考えみたが、ここは私の夢の中なのだろう。

 また呼ばれたというわけだ。


 「何か用事?」


 自分の身に起こったことを回想しながら、コンチとナビへぶっきらぼうに話しかける。

 下腹部に痛みを感じ、疲れを感じていた。

 服には血が付いていないが、ここが現実じゃないからだろう。


 「一応、準備は出来た形だ。いわゆる初潮というやつだな」

 「ライナさまは順調に物事を進めています。あと少しです」

 「そう…じゃあ、頑張らなくちゃね」


 【初潮】なるものについては、一応知っていた。

 コンチに見せられた風景の中で学んだのだ。

 …いきなり血だらけになるとは思わなかったけど、死ぬほどじゃない。


 だから、怖くない。


 「少し、じっとしててくれ」


 コンチが手をかざしてきた。


 「私の頭を撫でていいのはドミーだけよ」

 「そんなことはしないさ」


 手に光が宿り、私の視界を覆う。 

 途端に、下半身の痛みや疲れが引いていく。


 「本来、女性は初潮から始まる体調変化の影響を強く受ける。君は特に傾向は強いようだが、それでは日常生活も辛いだろうし、緩和させてもらった」

 「ありがとう。後は私次第…いや、他の人も力も借りながらね」

 「ああ。こんなことを言うのもあれだが、頑張ってくれ」


 意識が、また遠くなっていく。


 「コンチさま。影についてもう少し警告しても良いと思いますが…」

 「大丈夫さ。彼らなら心配ない。それにー」


 コンチは寂しそうな表情を浮かべる。




 「影の願いはどの道叶わない」




 (影…)


 前回もそのようなことを聞いた気がする。

 詳しく問い詰める前に、私の意識は完全になくなった。



==========



 目覚めると、再び誰かがこちらを覗き込んでいる。

 コンチではない。


 【断金の誓い】を結び、幾度も生死を共にしながら、特別な関係を結んだ人。

 私が、初めての相手にしたいと思っている人。


 「ライナ…!」


 ドミーだ。

 ゆっくりと両手がこちらに伸び、抱きしめられる。

 大柄な体を精一杯傾けて、私に強烈な刺激を与えないようにゆっくりと。


 私も、その背中に両手を回した。

 暖かくて大きい、愛しい背中。


 「怪我はないか?」

 「うん」

 「痛いところは?」

 「ないよ」

 「飲みたいものや、食べたいものとか」 

 「それは【シオドアリの巣】を抜け出してから…ってあれ?」


 よく見ると、暗い巣の中ではない。

 どこかの屋敷だ。

 天井や壁はシミだらけで、調度品も錆びている。

 可能な限り掃き清められていたけど、年月の経過でかなり劣化しているらしい。


 「ここって…」

 「【ランデルン・ホール】だ。せめてベッドのあるところでと思ってな…【ヴィースバーデン】ほど綺麗じゃないが我慢してくれ」

 「てことは結構寝てたんだ私…」

 「丸2日ほどだな。とにかく、欲しいものがあれば言ってくれ。ムドーソ王国にあるものなら頑張って取り寄せるぞ」

 「…すぐ近くにあるものがいいな」

 「うん?」


 私は目を閉じ、唇を結んだ。

 ちょっと恥ずかしいけど、今は子供になったような気分なのである。


 「キス、とか」

 「…」

 「呆れた?」

 「いやー」

 

 ドミーの吐息を、間近に感じる。


 「いつものライナで安心した」


 唇が触れ合い、私とドミーは再会の喜びを分かち合った。











 「良かったです、ライナ…」

 「ミズア補佐官、ちょっと私にも見せてもらいたいー」

 「アマーリエは駄目なのです」

 「なんと!?」

 「アマーリエに見せるのは危険…このミズアの本能がそう告げています」

 「あんたはこれまで散々雰囲気を壊してきたからねえ」

 「ゼルマまで!?」

 「出番のなかったうちにも見せて!」

 「キュキュキュ…」



==========



 2日後、私の体調も万全になり、滞在していた【ドミー軍】はヴィースバーデンに帰還することになった。


 帰りの道を、とある人物とゆっくり歩きはじめる。

 

 「ライナ先輩が無事でよかった…!良かったです…!!!」

 「こらイラート!くっ付かないの!」

 「離れません〜〜〜!ライナ先輩は永遠に僕のもの〜〜〜!」


 後方待機を命じられていたイラートである。

 任務を何一つ行っていないので当然だが、元気であった。

 

 「変なこと言ってるとほっぺつねりの刑に…雪?」

 

  小さな氷の粒が降り注ぎ、ランデルン地方の大地を覆い隠そうとしていた。

 直接見るのは数年ぶりである。

 ムドーソ地方は温暖で、あまり雪は降らなかった。

 

 「もう12月ですし、この地方はムドーソの中でも特別な寒いですからね〜。雪の1つや2つぐらい降りますよ〜」


 「じゃあ、聖夜も近いのね」


 私は、とある考えを胸に抱いた。

 ちょっとロマンチックな願い。

  

 「楽しみですね、先輩」

 「そうね。楽しみ!」


 思わず頬が緩んでしまった。

 

 そうこうしてるうちに、滅びた街プレーンラインの入り口に差し掛かる。

 もう来ることはないはずなので、なんとなく見回してみた。




 そして、とあるものに目がいった。

 思わず足が止まる。


 「…」

 「どうしました?」

 「ううん、なんでもない」


 少し先を歩いていた黒髪の少女が、怪訝な目でこちらを見つめている。

 首を振り、再び歩き始めた。




 別に、大した意味はないはず。

 

 その時はそう思った。

 そう思いたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る