その②


 * * *


 移動のつかれが取れたころ、ルーファス様のお下がりのながそでシャツとパンツを着て、念願の山に入れるようになった! ペース的には天候と相談して三日に一度といったところだ。一人で動けるわけもないので、おとなしく、そわそわしつつも指示に従う。

 そして、四度目の発掘で、

「ルーファスさまー! 見て見て~! あったー! これシダの化石です! この地層、多分石炭紀です! すごい! たった二週間で見つけた~!」

「……すごいのか?」

 ルーファス様は私がさいくつするやまはだのすぐそばで、ラフな格好でものの上にっ転がり、本を読んでいる。その周りにブラッド、ダガーはじめ五匹のワンちゃん。そして目立たぬところに護衛の皆様。ルーファス様はひとりっ子で侯爵家の唯一のあとりだから当然と言えば当然の守備である。

「すごいですよ! 私、見つかるまで三年はかくしていました! 今後この地層を目印に採掘できます! これ、何億年も前のシダなんですよ? あ、こっちも! うふふ~この形、あっちでも見たことないわ~。こっち特有のヤツかな……」

 我が家から持ち込んだ自作の道具でしんちように発掘し、やわらかい布を敷いたトレーにせて、その現場の位置を測量し情報として書き留める。ここが私の発掘人生のスタートになるのだ。

 ルーファス様があくびをしながら起き上がってすわり、しようする。

「全く、宝物でも見つけたみたいだな」

「もちろん、宝物です!」

「宝石よりも?」

「宝石も……長い時間をかけてこの星が作りあげたものですから、その点では化石と同類ですね。宝です。あ、はくって樹液の化石ってご存じでしたか? コロンとして可愛いですよね!」

「くくっ、ダイヤモンドとこの土くれが同類か。ほら、ピア、アーンして?」

 ルーファス様にお弁当を口にまれた。

「んん? ……うわあ、しい! さすが侯爵家のサンドイッチですねえ。こんな美味しいものばかり食べていたら太っちゃう」

「……ピアはあの病気以来、心労も重なってほそってるだろう? 私がいない時はだれかに代わりに……いや、私以外がピアに食べさせるなど論外だな……。土遊びすればそのひとときは無心になり心配事を忘れて食欲が出る……いいことだ。ほら、おかわりだ!」

「……美味しい! 今度はタマゴのサンドイッチだわ! ルーファス様、私をここに連れてきてくれて本当にありがとうございます!」

 おかげさまで手を休めることなく作業が進む。私は地面にペタンと座り込み、こした化石の余計な土を、息を止めてでそっと慎重に払う。

「……ありがとうか。母があえて身につけた、王族も欲しがる家宝のダイヤモンドを見事にスルー。しんにゆうしやちゆうちよなくころす可愛げかいりようけんたちとじゃれ合って、きらびやかさやらくえんやまおくの領地にいそいそとついてきてくれて、私の古着を着て、勝手に楽しんでくれてゴシップよりもスコップが好きな女……ダメだ。もう領地の外に出したくないな。しかし案外喜んで引きこもりそうで、それはそれで問題……私が王都滞在中は付き合ってもらわねば……まあ、私が力をつけて守ればいいだけか」

「ルーファス様、アーン?」

 私はぶつぶつとひとりごちているルーファス様の口元にサンドイッチを差し出した。

「な?」

「ちゃんと川で手を洗ってきましたわ! たまには私が食べさせてあげます。ルーファス様、そのまま本を読んでいていいですよ」

 ルーファス様はためらいながらひかえめに口を開けた。サーモンのサンドイッチを口に差し入れるとモグモグとしやくする。

「……本当だ。美味しいな。こんなこと、初めてだ」

 そう言ってじりを下げて笑った。なぜか泣きそうに見えた。

「ねー!」

 私たちはなかなか良好な関係を築いている……よね?

「あ、こら! ダガー! 私のぼうくわえてどこ行くのっ! 待て~! きゃあっ!」

 私は自分が掘り起こしてできた土山に足を引っかけて、ばったり転んだ。

「ピア! だいじようか! うわっ、もっとどろだらけになっちゃって……ああもう、可愛いなあ」

 ルーファス様は転んだ私を起き上がらせて、土をパンパンとはたくと、私の鼻の先にキスをした。

「ふあっ!?」

「赤くりむいているからおまじないだ。全くピアは一時も目が離せないね」

 私はあわてて周りをわたした! サラはじめ、いの皆様は時が止まったように固まっていた。じっとぎようすると皆から顔をそむけられる。誰も助けてくれない中、ルーファス様にひょいっとかかえられ、敷き物の上にもどされた。

「食後はきゆうけいが必要だよ? 少し横になろう」

 私は言われるままに寝転んだ。青空がれいだ。かげではあるけれどまぶしくて、目をつむる。気持ちいい……。

 実はルーファス様の領地も決して安全ではなく、さんぞくなどが入り込むらしい。だからルーファス様と一緒の時以外は、採掘に行くなと約束させられた。

 そして、なんとブラッドとダガー、他の大きなワンちゃんたちも猟犬だった。敵にんしきされなくてよかった! おもちゃ認識されているけど……。


 領地滞在中、ルーファス様には次期領主としてやるべきことが無限にある。

 かれしよさいにいる間、私はそばでお茶を注いだり読書したり、しゆうをしたりして過ごす。

「ピア……その刺繡の……黄土色でグルグルとぐろ巻いている図案はなんなのだ」

「これですか? よくぞ聞いてくださいました! アンモナイトという化石です! かたつむりに似ていますが、タコの仲間ではないかと言われているんですよ!」

「……だよな。間違っても、ウ……おほん、うん、化石なんだな。言われてみれば、うん」

「お気にしましたか? ではこのハンカチ、刺繡の横に〈ルーファス〉とお名前を入れて差し上げます!」

「いらん!」

 ……ポイっと書斎を追い出される時もある。

 そういう時は、ダイニングの広いテーブルをお借りして、メモをたよりに採掘した場所の地図を書き、記憶がせんめいなうちに様子をくわしく書き留める。きたない字で書くと、あとで自分が困るので、ルーファス様に習ったとおり、ていねいに書く。

 本邸の親玉トーマさんをはじめ、いろいろな人が通りがかりに気づいた情報を教えてくれる。地図を指差してここではくまを見た、とか、ここはがけくずれで通れない、とか、ここでめずらしい石を見た(後日見に行ったら大理石だった)とか。大変助かった。

 それを見たルーファス様が私と使用人全員を並ばせて、

「この地図は他言無用だ!」

 とちかわせたので、ギョッとした。

「ルーファス様、私何かそうを?」

 おろおろとする私に、ルーファス様は優しく笑いかける。

「いいや? ピア、この地図は大変助かる。山地までは手が回っていなかったからね。ひまひまに完成させてくれるとありがたい」

「でも、他言無用って……」

「そう、他言無用。ピアは採掘にしかこの地図を使わないだろう? ならばいいんだ。使用人も口がかたいから大丈夫」

「そうですよ、ピア様、この地図は領民にとって大変役に立ちそうです。とにかく……このような鳥の視点でいた地図などざんしんで……ルーファス様、急いでわかおくさまのために特許を取られませ!」

「……ちっ! わかっているよ、トーマ」

 ハザードマップみたいに使えるのかな。まあトーマさんが頭をでてくれるから、いいことをしたのだろう。ん? わかくさってなんだろう? 夕食で使うハーブかしら?

 後日その地図は、ルーファス様のお父様……さいしよう閣下であらせられる侯爵様の書斎にぎようぎようしくかざられた。ずかしすぎて笑うしかない。


 そうしているうちに、いつの間にか私は客間から、奥まった家族のエリアに移されて、ぼくな木目調の部屋をあたえられた。ここスタン領本邸と王都の侯爵邸両方に! 私へのしんらいが重い! ゆえに怖い! 私と常に一緒のじよのサラも、もはや侯爵家の使用人の皆様と同化している。

 領地での朝は、庭で摘んだ美しい花を持って、ルーファス様が起こしに来てくれる。

「おはよう、ピア」

 花束など、前世では一度も貰ったことはなかった。貰うたびにオレンジ色の気持ちがむねの奥よりき起こり、切なくなる。きっとこれは……〈幸福〉だ。

 スンっとかおりをむ。今朝はあさつゆの光る白い小さな。花束の向こうでルーファス様が私の反応を楽しみに待っている。

「……とってもせいれんで綺麗です。今朝もありがとう、ルーファス様」

「よかった。さあ、たくして。一緒に朝食にしよう」

 きっと今日もいい一日になる。ルーファス様のおかげで。


 たくさんの花とその香りに包まれて、ルーファス様と字の練習をする。お忙しいはずなのに、なぜかキッチリ時間をどこかで取ってくる。

 私は相変わらずルーファス様の膝の上だ。

「ルーファス様、もう私、重いでしょ? やめませんか? コレ」

「へぇ! ピアはもう私よりも字がくなったと思っているの?」

「そんなこと、ひとっことも、言ってませんよね!?」

 私たちはたくさんの同じ時を共有して、たがいの長所と短所を見つけつつおこったり(主に私が)、笑ったり(主にルーファス様が)、泣いたり(主に私が)しながら仲を深め、優しい大人の皆様とワンちゃんに守られて、手を繫いで、一緒に成長していった。


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