その②
のらりくらりとはぐらかしてみたものの、宰相令息はにっこり笑って全く乗ってくれず、私の
「えーっと、整理するよ。あの時、私の顔を見た瞬間、君は神の
ルーファス様がとても十歳とは思えない
で、でも、
「そ、そうです! 信じてくださるとは思っていません! でも予言に間違いないことは、なぜかわかるのです!」
多少の無茶も
ルーファス様は次期宰相らしく、少しずつ感情をコントロールされ、ピリピリとした空気が
「ピア様……もうピアでいいな? ピアの言う予言は
「ダメです!
ルーファス様は
「……その前にピア? 君が言うように家を出て市井に落ちたら、女の子一人、どうやって生きていくの?」
「それはあのっ、化石を探します」
前世の私は理学研究科古生物学専攻の博士課程院生だった。この世界にはまだ化石という
「その、『化石』? を見つけてどうするの?」
「まず、探す工程がワクワクします。そう簡単には見つからないと思いますが、発見したら、貴重でなければ売ります。どこの世界にも歴史好きや
私は少しでも伝わるように必死で言葉を
「ふーん。でもね。やはり
「先ほどルーファス様もおっしゃったではないですか。私との婚約は政治の都合でしょう? キャロラインと出会い本当の愛を知れば、私など……今からどれだけ努力しようと目障りに感じるようになるのでしょうね……」
〈マジキャロ〉で
アメリアを私に、王太子をルーファス様に
でも私は弱気なチキンだから、アメリアと違ってワインをドレスにかけるとか、仲良しのご令嬢と
「好きな人に
「どれだけお
ゲームの画像と前世の体験が脳裏で混ざり合い、ボソッと心の声が出てしまう。自分の言葉で自分の首を
「お、おい、大丈夫か!? 私は予言の中で、そこまで君にひどい仕打ちを? ……ピア……そんな顔……うちの侯爵家との縁が
何かぶつぶつと熟考していたルーファス様に
「ピア、申し訳ないが婚約は続行するよ。たった今、私の
「なっ! ど、どうして?」
思わず目が点になる。
「私の隣で、私がピアを裏切らないところを見ていればいい」
ルーファス様の背中で
「そんな! 困ります! もしそのように
なぜか、ルーファス様の背中に
「ピア? たった今、君を私の伴侶だと言ったのに、他の男の話をするなんて、悪い子だね?」
「わ、悪い子!?」
もう
「本気で、私が婚約者を裏切るような男だと思っているんだ。私のプライドが傷ついたよ」
「ルーファス様だからどうこうと言う気はありません! ただ、恋は
私だって、あんなクズみたいな男の優しい言葉に、コロッと溺れた。
「この私がそうなるとでも? まあでも君が本気で
「一億ゴールドなんて、私、持ってません!」
私は半泣きで答える。
「ふふっ、ピアが負けた時は
あれ、今、侯爵領の立ち入り許可と言った? ルーファス様のスタン侯爵領は確か……
「スタン侯爵領は北の国境、ルスナン山脈全域だ」
これは……乗るしかない。でも、
「しょっ、書面にて、
前世、散々『好きだ』『愛してる』『結婚しようね』と彼氏に言われた。でも全部噓で、お金も博士号に向けた研究成果も自尊心も何もかも
「
ルーファス様はサラサラと契約書を書き上げた。それは子どもだましのものではなく、前世の大人の視点で見て、しっかり法的
先ほどの賭けの内容が、
『
「最後のこの一文、必要ですか?」
「……ちゃんとその細かい文字を全部読んだんだ。人のこと言えないけど本当に十歳? 金に簡単に目がくらまないその姿勢、ピア、本当にいいよ。婚約の先に結婚があることは
「ご褒美……必要ですか? っていうか、この
私は思わず首を傾げる。
「必要だしご褒美だね。今日知った君の心根の愛らしさは別にしても、証明されるには少し時間がかかるが……神の啓示を受けることができて、『化石』というこれまで存在しなかった概念で富と名声を約束する将来性だらけの女……王家にでも
「は、はい」
ルーファス様がにっこり笑うのが何か
「どうした? 急に落ち込んで。やはりこの契約、
「いえ、ルーファス様の字があまりに
おや? ルーファス様が少し
「いや……字を
「はい、とても。読み手のことを考えた優しい文字ですもの」
そっと今書かれたルーファス様のサインを人差し指でなぞってみる。
「あー、ダメだ。
そう言うとルーファス様は私の肩に手を回し、ぴたっと体を引き寄せて、頰にキスをした。
「え? は? え?」
思わず頰に手をやる。
「キスくらいするよ。婚約者だもの。私たちは親にあてがわれただけでない、自分たちで納得し、契約した婚約者同士なのだから」
「そ、そんなものですか?」
「そうだよ。さあ婚約者
ルーファス様は私をエスコートして立たせ、
「え? は? なんで?」
「私の字が好きなのだろう。こうして
ルーファス様は
ほっ、
テンパる私をよそに、ペンを持った手の上にそっとルーファス様の手が重なる。私の左手を紙を押さえるように置いて、ご自分の左手は私の
もうわけがわからない!
「な、な、な……」
「私の手の動きを覚えろ。なぞればなぞるほど、似せることができる」
ルーファス様の少しだけ大きな手が私の手の甲を包むように
この部屋は、他に
私たちは十歳の子どもで、二人とも大人にとても信用されているのだ。ドアは開け放たれているけれど、お茶のセッティングが終わった今、ルーファス様が
「ひ、ひっつきすぎではありませんか?」
「どうして?
ルーファス様が、問題でも? と頭を傾げる。美少年のその様子は
わ、私が意識しすぎているのかしら? 子どもはここまでセーフだっけ?
「君は私が裏切るという予言を信じている。けれど、私は浮気男になるつもりはない。そしてこの私がどこかの誰かに
そう言ってにっこり
随分と……
なんか……変なスイッチ入っちゃってたりして……。
とりあえず私と攻略対象ルーファス様との婚約は、いたずらに彼のプライドを
しかしそもそも格下である我が家がスタン侯爵家に逆らえるわけがなく、賭けにも乗ってしまった。当面はルーファス様の婚約者で次期侯爵夫人予定者に相応しい教育を受けて過ごしていこう。そうして身についたことは、たとえ将来どんな
そして、やはり〈マジキャロ〉どおりの未来になった場合のために、前世の記憶を
それと
前世のような思いをするのは……一度で十分だ。
でも、運命の日はまだ八年も先だもの。少しは子どもらしく楽しんで過ごしてもいいでしょう?
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