第二章 化石と優しい婚約者

その①


 こんやく続行となったルーファス様はこれまでよりもひんぱんを訪ねるようになった。

 そして私も週一という案外なペースで王都一しようしやだと言われるこうしやくていに招かれるようになり、ルーファス様のご両親である侯爵と夫人に婚約式以来、改めてごあいさつをした。

 侯爵様はルーファス様と同じグリーンのひとみ(どうやらこうしやくの優性遺伝らしい)にこげ茶のかみ。夫人はスカイブルーの瞳にアッシュブロンドで目がくらみそうな美人。ルーファス様はこの美女から鼻筋と髪質をもらったようだ。

「ようこそ。久しぶりだね。ピアと呼んでいいかい? かんげいするよ」

「ふふふ、女性の仲間がしかったのよ。よろしくお願いするわね」

 お二人は世界を片手で動かせるような? まとっていて、むすめの私は勝手にプルプルとふるえだす体をさえむのにいそがしく、上手に話せたためしがない。

 侯爵家に通うのは夫人から侯爵家の内向きを回すための基本的な心得と技能、貴族夫人のばつや勢力図を教えていただくことが主な目的である。けれど、それが終われば侯爵家所蔵のぼうだいぶんけんを読ませてもらったり、ルーファス様の家庭教師との勉強にごいつしよさせていただいたり、じゆうじつした時間を過ごしている。

 夫人と共に侯爵邸の広大な庭で、げんかんける花を選んでいると、放し飼いにされている大小さまざまな犬にタックルされ、あおけにたおれた。侯爵家のお犬様をはらうこともできず、必殺『死んだフリ』でやり過ごす。クンカクンカ体中のにおいをがれるが、まんよ……。

「ふふ……そう、犬たちもピアのことを気に入ったようね。ピアはれつあくこうすいもつけていないし、キャンキャンぐちたたかないし、自分たちを傷つけたりしないとわかるのでしょう。悪意をはじくよう訓練されたうちのたちのかんちがいなどないことだし……ピア? くりで大きいのがブラッド、白黒ブチがダガーよ。外に出る時は必ずこの二ひきを一緒に連れていくこと。仲良くしてあげてちょうだい」

「は、はい! おさま。きゃあブラッド! 顔めないで~! こら~ダガー引っ張っちゃダメ~!」

 ひょっとして犬の散歩係……遊び相手にも任命されたのだろうか?

「……可愛かわいらしいこと。あの何事にも関心のうすいルーファスが本気になるだけはあるわ。生きるためにせいいつぱいで、腹芸などできないタイプね。でもなおすぎて少し心配……守ってあげなくては……金も権力もしまず……全力で。まあこの二匹がそばにいれば五人までは殺せるでしょう。ついつい筆頭侯爵家の責務を優先させて、我ながら自分を冷たい母親だとあきらめていたけれど、私にも人並みに子どもの幸福を願う気持ちがちゃんと残っていたのね。これもピアが気づかせてくれた……」

 侯爵夫人は全身キラキラゴージャスなはくりよく美人だけれども、回を重ねると本当は気さくでかんような方だとわかった。かたくるしいのはきらいだから母と呼びなさいとおっしゃる。

 私がお犬様と転げ回ってしばまみれになっても、ついつい前世のえいきようしよみん的な言葉使いがポロリと出ても、ニコニコ笑って許してくれた。本当にえらい人のゆうというものをかいた。


 * * *


 その年の夏、ルーファス様が我が家を訪れ、北の領地、あこがれのスタン領でのしよすすめてくれた。

「侯爵家のほんていにおまりなんて無理です! 私、作法も何もまだなっていません! ね、お父様!」

 これまでは週に数時間であったからこそ、なんとか大きな失態なく済んできた。でも、完全アウェーでまりとなれば、絶対にバカなをしてしまう! そもそも現世では生まれてこのかた身内以外と会ったことなどないのに、ルーファス様以外知らない人だらけの場所なんて、きんちようして失敗することしかおもかばない。こわい!

「う、うむ。ルーファス様、我々がついていければいいのですが私も妻もどうしても外せない予定が……。もう少しピアが成長して、みなさまにごめいわくをかけないとしになってからおさそいください」

 ルーファス様がにっこり笑った。

「おうえ様、残念ながらうちの両親も王都を外せないために本邸にはおりませんが、それはそれでピアがリラックスできていいのではないかと。もちろんうちのせいえいの使用人がおりますので不自由はさせません。そもそもピアはこれまで何一つめんどうなどかけたことがありませんよ?」

「そ、そうですか……」

 父がしゆんさつされた。私はすがるように母を見る。

「で、でもピアは女の子です。ルーファス様や侯爵家の皆様にご相談しにくいことも……」

「もちろんサラも、他にも必要であれば何人でもお連れください。たいざいもその間の給金もこちらで持ちます。そもそも今回は完全にきゆう。勉強も、作法も何も気にしなくていいのです」

「そ、そうなの……」

 母もかんらくした。

「今のうちから侯爵家の本邸に出入りを許される存在であると、そんな特例はピアだけですでにがっちり本命だと内に外に周知させる必要があるのです。そして一分でも早く侯爵家にんでほしい」

「……こっわ! このしゆうちやくなぜに? それにしてもすごい十さいがいたもんだ……身内でよかったパターンだよな」

 ボソッと声をあげた兄に視線を流すルーファス様。兄は何もなかったようにひざの上に本を広げた。

「では、来週から一カ月ほどピアをお預かりします。ピア、うちの使用人たちは怖くないから安心して? 母が気に入っている君に無礼を働くようなチャレンジャーなんて、うちにはいないから」

「でも……」

 私はぎゅっとスカートをにぎりしめる。心細いのはしょうがないでしょう? 前世のおくのせいで思考は大人寄りだけれど、私はあくまで十歳で、しようどう的な感情は当然こっちに引っ張られるのだ。

「ピア、スタン領ではつくつしたいんだろう?」

 思わず顔を上げる。

「まさか……けつこん前から領地内の発掘を許してくださるのですか?」

 これまでは当然ながらがロックウェル領でのみ発掘調査をしてきた。家族は化石について熱く語る私を微笑ほほえましそうに聞いてくれ、『やはりうちの子だなあ』と言って、私の研究をさまたげなかった。しかし我が領地に山地は少なく、家族も幼い私についていられる時間などわずかで、今のところなんの発見もできていない。

 しょうがなくきたるべき日のために、軍手、ながなわ、巻き尺、たがね、ハンマー、長めのくい、方眼紙など今あるものを利用して、発掘作業に使いやすくリメイクしてきた。この世界に既にコンパスがあったのは助かった。こうばい測量までは考えなくてもいいだろう。あくまでメインは化石発掘だ。

 ちなみにこの新しい道具作りに関しては研究はだの父も兄もきようしんしんで、材料集めと改造を手伝ってくれた。ということで準備だけはばんぜんだ。

 そう、あとはめぼしい土地におもむき、発掘するだけなのだ……。私はごくりとつばを飲み込む。

「当たり前だよ。ピアはもうスタン家の一員なのだから。皆様ごなつとくいただけたようですね? さあピア、元気に挨拶して?」

「……いってきます」

「「「い、いってらっしゃい?」」」


 あれよあれよという間に出発の日がやってきて、我がはくしやくでは一生泊まれないハイクラスの宿に宿しゆくはくしながら四日かけてスタン侯爵領にとうちやくした。

 ルーファス様に手を取られて馬車を降りると、この国の最高ランクであろう使用人の皆様がざわついた。

「まさか! ルーファス様が馬車を他人と共にされるだと?」

わずらわしいからと道中はいつもお一人で過ごされるのに」

 そうなの? この数日ずっとおだやかに、車窓から見えるごろとはずいぶんちがう景色を説明してくださったり、前世のしりとりを思い出して一緒にやってみたり、おつまんだりしてきたけれど。

「ルーファス様、ひょっとしてうるさくしてご面倒をおかけしましたか?」

 気づかぬまま気を使わせていたのかと思うと情けなくて、しょんぼりする。

「まさか! ピアのおかげでいつもの退たいくつな旅が短く感じたよ。ピアは他人ではない。この世界でゆいいつで別格の私の婚約者だ。わかったな?」

「「「「「かしこまりました」」」」」

 私が答える前に皆様が返事してしまい、疑問を聞くこともできなかった。

 ルーファス様は私の手をぎゅっと、前世風に言えばこいびとつなぎして、しきの中へとうながした。


 結論、スタン領本邸の皆様は、しつちようのトーマさんを筆頭にとっても優しかった。接客のプロだ。サラも積極的に物の配置や侯爵家のスケジュールやルールを聞いて、私が少しでもどうようしないように動いてくれている。じゆうなんせいのあるサラに感謝だ。

「サラ、お屋敷の皆様、私のことを何か言ってない? ったいとかつまらないとかルーファス様に相応ふさわしくないとか」

「ええっ!? いつさいありませんよ。まあおじようさまおくびようですが聞き分けのいいお子様ですからね。皆様ほっとしてらっしゃる……というか、絶対がすな! キープ! って感じですね」

「え? どうして? ルーファス様は引く手あまたの優良物件だと思うけど? やっぱり王都から領地がはなれすぎている点が、都会のごれいじようがたには不安なのかしら?」

 山間のこの土地すら、私にとってはりよくでしかないのだけれど。

「はあ……よその令嬢方の思いなど、正直どうでもいいんですよ。ルーファス様自身の強いご意向であること、それが全てですね」

「え?」

「はいはいそうですそうです。田舎いなかの侯爵領に来てくれただけで喜んでくださってる、ってことにしておきましょう。あながちうそでもないですしね」

 サラは私が次の言葉を発する前に、私のウエストのベルトをぎゅっとしぼった。

「うぎゃっ!」

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