第21話 毛糸のボタン

 でもどんな風に聞いていいのか分からなくて戸惑っていると、

「とりあえず、やってみろよ。理解しても出来なきゃ意味ねぇんだからよ」

 梓先輩は息をついてから、何事もなかったように言った。

 わたしはワンテンポ遅れてから返事をしたものの、

「何か簡単に作れるものってありますか?」

 てっきり自分で考えろ、と突っぱねられるかと思った。

 だけど、梓先輩は少し黙り込んでから答えてくれた。

「一番手っ取り早いのはボタン、とかだな」

「ボ、ボタン、ですか?」

「そ、毛糸のボタン。知らないか?」

 梓先輩に聞かれて、わたしは記憶を遡ってみた。

 だけど毛糸のボタンらしきものが脳裏に浮かばず、首を横に振った。

「ふうん」

 梓先輩は無愛想に呟くと、小さめの白い糸玉を手に取った。

「じゃあ教えてやる」

「ええっ!? いいんですか!?」

 わたしが思わず驚くと、梓先輩に呆然とされてしまった。

「なんだよ。その為に来たんじゃねぇのかよ」

「あっ、そ、そうですよね、すみませんっ!」

 わたしが思わず恐縮してしまっていると、梓先輩は可笑しそうに笑みを浮かべた。

「ふっ、忙しい奴だな」

「…………!」

 やっぱり強面だけど、どこか優しさも感じるような男らしい微笑。

 初めて見た梓先輩の笑みにわたしは目を見張った。

 この人、ちゃんと笑ったりするんだな。

 今まで笑顔とは程遠い人だと思っていたけど、案外そうでもないのかもしれない。

 その後、わたしは梓先輩に教えてもらいながら、毛糸のボタンを九個ほど編んだ。

 まだ慣れないから、下校時刻までに十個も編めなかった。

 どこか歪だし、糸処理のあとも綺麗じゃない。

 だけどバスの中、夕陽に照らされたボタンを見るだけでわたしは自然と笑顔になっていた。

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