例年とはいろいろなものが変わってしまった夏。歪んだ日々の隙間からある日、ひとりの少年があらわれる。彼は、7年前に亡くなった、主人公の父と同じ名を名乗った…。
静かな文体の中に、じっとりした暑さと、マスクの息苦しさと、ボリュームを抑えたBGMのような蝉の鳴き声と。そして「いつもと違う夏」と「それでもいつもと変わらない感性」がより合わされて、さまざまな意味で「二度と来ない、特別なひと夏」の数日間が織り上げられていきます。果たしてこの少年は、何をするためにやって来たのか?そして、いつしか蓋をしていた母子の気持ちが、ゆっくりとあふれ出す…。
読み進めるにしたがって、自分自身の感情まで揺さぶられ、主人公の感情に引きずられるように同調してしまいました。記録には残せなかったけど、記憶の中には確かにある、そんな思い出はきっと誰にもあるから、かもしれません。
息を止めていた夏は、やがて少しずつ、息を吹き返し始め、延長線はゆっくりと伸びていきます…。
蒸し暑い夏に。その年の夏はとても暑かった。
とても暑い夏の年の出来事。
まずは最初に。
出会えてよかったね。
本編に隠された出会うための運命。出会っていたからこそ、出会えた。
小さいお父さん。
ほんの数日間の出来事だったけど、たぶん家族として一番大切な時間をその夏にすごしたんですね。
小さいお父さんもさることながら、澪の心情がきれいに描かれていています。
成人、大人になる前の子供として、出会うことが出来た亡きお父さん。
それが小さいお父さんであるからこそ、澪はもう自分は子供ではいられないんだということをもしかしたら教えにも来てくれたのかもしれませんね。
でもね。想う人の心はその姿は見えなくとも、いつもそばにいてくれているんですよ。
そんなことを教えてくれる作品でした。