《探知》の真価
ウルルが周囲に気を配っておいてくれたのだろう。
面倒な事態にならなくて済んだ。
俺は《探知》を使い、敵の数を確認する。
数は、1体。
単独行動でもしていたのだろう。
だが、それと同時に。
ゴブリンの背中の一点が光っていることに気付いた。
なんだ、あれ。
《探知》に引っかかると輪郭が黄色く浮かび上がるのだが、更にその上に赤い光が浮いているのだ。
だが、光のことを考えている間もなくゴブリンはこちらに近づいてくる。
ウルルは完全に怯えきって、俺の背中に隠れていた。
俺がいるから、ウルルが撃っても矢が当たらないのだろう。
だから逃げるしかないと、自分で理解しているのだ。
「大丈夫だ」
俺はかがみ込むウルルの頭を撫でる。
普段は俺よりデカいが、縮こまっている今は妹のように思えた。
俺は未熟なボウガンをしまい、ショートソードを取り出した。
こっちの方がまだ扱える。
そう考え、背中からそーっとゴブリンに近付く。
剣を振り上げると、赤い光に吸い込まれるように刺さった。
「グギャアッ!?」
ゴブリンは悲痛な叫びを上げ、一撃で地に伏した。
俺は信じられないものを見るようにショートソードを眺める。
いや、剣じゃない。
これが《探知》の本当の能力なんだ。
フリジアのことだから、そんなことわからないのだろう。
単に説明を忘れていた可能性もあるっちゃあるが。
「な、なんですか、今の!?」
ゴブリンの死を確認してか、ウルルが駆け寄ってきた。
驚きのあまり、顔が近い。
俺は彼女の顔をぐいっと押しのける。
「わからん。ただ、視えただけだ」
とでもいっておこう。
記憶喪失設定だし、それでゴリ押せるだろう。
「えぇ? でも、できたんだから……。そういう能力があるってことですかね?」
「ああ。多分な」
試しに《探知》でウルルを視てみる。
しかし、黄色い輪郭すら視えなかった。
そういえば、フリジアが《探知》は悪意を探し出すとか言ってたな。
となると、俺と敵対する奴にしかそもそも効果がないのか。
「っていうか、ボウガンはどうしたんです?」
「えっ、いやほら。扱いやすい武器の方がいいだろ? ウルルもいたし」
「そう、ですね。わたしがお邪魔でしたよね……」
「そういう意味じゃない」
俺は死んでも大丈夫だけど。
ウルルが死んだら、俺がロードするまでは本当に死んでしまうのだ。
さすがにそんな光景は見たくない。
少しの時間とはいえ、パーティメンバーなのだから。
とはいえ、そんなことを直接言うわけにはいかず。
「守りたかったからだ」
抽象的な言葉で誤魔化した。
すると、ウルルはなぜか慌てだしてかぶりを振る。
「そ、そういうのはダメです早いですもう少しお互いを知ってから!!」
「? そ、そうか。悪かったよ」
「い、いえ。悪くはないですけどぉ……」
なにやらもじもじするウルル。
彼女が挙動不審なのは今に始まったことじゃないか。
《探知》の効果も確かめられたし、ボウガンの練習もできた。
ひとまず今回の収穫はそれで充分だと思える。
夕刻になり、
「《ケラウノス・パニッシュメント》!!!!!」
前回と同じ流れでマニは倒れた。
平原のクレーターに近づき、倒れている奴に《探知》をかける。
生きているのはわかっているのだ。
問題は。
それのどこに弱点があるか、で。
「……ない?」
「? なんですか?」
「え、いや、なんでも……」
ウルルは不思議そうな顔で覗き込んできた。
だが、ここで言ってもしょうがない。
まさか、《探知》に引っかからないとは。
生きているはずなのに、マニにかからないのだ。
平原にも《探知》でわかる敵はいない。
上手く潜んでいるのか。それとも、ここにはいないのか。
いや、待て。マニの方は今はもう死んでいて、引っかからないだけかも。
死んでも何回か生き返るタイプのギミックボスだっているし。
もしそうだったら、生き返った瞬間に《探知》が起動するはず。
「俺様は死なん!!!」
近づくと、以前と同じように起き上がったマニ。
だが、身体の輪郭が黄色く光ることも、身体の一部が赤く光ることもなかった。
◇
「まず。能力の内容をしっかり教えてくれ」
「え……だ、だって、私は悪意を探し出す能力だと思ってたし……」
フリジアは指を突き合わせ、バツが悪そうにしている。
まさか能力を授ける本人が理解していないとは誰が思うだろうか。
「まあいい。《探知》のおかげで他に本体がいるタイプじゃないってわかったし」
「そうね! 目に見える範囲を探すから使いやすいでしょ!? ねぇねぇ!?」
「わかった! 助かってるよ!」
「そうでしょそうでしょ!! フフン! 私だってやればできるんだから!!」
ふんぞり返るフリジア。
今回ばかりはその通りだから、反論もない。
「なら次は……どういったギミックかを見極めていかなきゃな」
「え!? もっと褒めてもっと褒めて!!!」
「やかましいー!!」
迫りくるフリジアを押し返しながら、俺は次の手を考えるのだった。
◇
だが、そこからが上手くいかない。
まさかここで何十回もロードする羽目になるとは、思ってもみなかった。
まず。マニは《探知》に引っかからない。
高ランク冒険者を薙ぎ倒している時も、《探知》では判定されないのだ。
つまり、奴自身をどうこうすることはできない。
理由はわからないが、《探知》で弱点が見えない以上、俺はやられるだけだ。
しかし、他に敵も見えないし存在しない。
城壁の上にいる冒険者の野次馬にも《探知》をかけた。
だが、敵の存在は確認できなかった。
つまり、奴が別の要因で強化されていると考えられる。
まで考えがいったのだが、そこからが進まない。
純粋な対魔力でエレナンの魔術を防げるとは思えないし。
なにより、あんな魔術に素で耐えられたら反則だ。
俺の冒険はここで終わってしまった、となる。
うんうんと唸って突破口を探して繰り返す。
今ではボウガンの腕前もかなり上達してしまった。
ウルルが「もしかして元々は弓使いですか?」と驚くレベルまでなっている。
ここまで来たら、俺は後衛だろうと言いたくなるほどだ。
いや、このまま考えすぎてもしょうがない。
一度別の部分に目を向けようと、今回のロードは王都を散策することにした。
どうせエレナンが立候補して、ひとまずの対策としてはそれで決まりだ。
エレナンを無理やり止めたこともあったが、それでも彼女は無断で突っ走ってしまう。
その時は、あまりにも強大な魔力のことを誰も説明しないので、ビビったのかマニが突っ込んで来たんだっけ。
城壁は破壊され、誰かが殺される前に俺が奥歯の丸薬を噛んだ。
自分が死ぬのは徐々に慣れてきたが、誰かが死ぬのはさすがに見たくない。
俺は王都を見て回り、城門の前で城を見上げる。
これを最初に見たのも、もう遠い過去のようだった。
日にちで言えば、まだ2日しか経っていないのに。
あの頃に比べても、俺はだいぶスレてしまった。
それを自覚しているのがまた自嘲を誘う。
死ねば、たしかに生き返る。
だが、『死』がそんな生易しく取り返せるものではない。
徐々に、俺の中にある『俺』というものを削り取っていくかのようだった。
この世界に来るまでは、ただの引きこもりゲーマーでしかなったのに。
俺の好きな死にゲーの主人公たちもこんな感じだったのだろうか。
死んでもまたロード地点から、強制的に生き返らされて。
ボルダン屋敷を攻略してる時はこうじゃなかった。
毎回、試行錯誤して違う結果を得て、進んでいる実感があったから。
でも今は違う。
魔王軍幹部を相手に、遅々として進まない調査が心を重くさせている。
「よぅ、アンタ。ずいぶん疲れた顔してんな」
「……ああ、アンタか」
声をかけてきたのは若い衛兵だった。
サボっているのだろうか、兜も脱ぎ、タバコのようなものを咥えている。
「あれか? まだ狙われてんのか?」
「なにに?」
「おいおい。アンタが言ったんだろ。裏切り者が衛兵たちの中にいるって」
そういえばそんなこともあったなと思い出す。
俺はふと、目の前の男性に《探知》をかけてみた。
しかし、結果は白。
《探知》には引っかからなかった。
「そりゃそうか」
「あん? なんだ急に、ため息吐いてよ」
若い衛兵に肩を叩かれる。
今の俺はそれほどまでに疲れて見えるのだろうか。
「おい! なにをサボっている!」
瞬間、俺の心は否応なく高く跳ねた。
悟られまいと、静かに深呼吸を繰り返す。
「あ、すいませんね、副長。へへっ」
「ったくお前はいつもいつも……っとすみません。貴方も一緒でしたか」
衛兵の副長。
いい感じのオジサンという見た目の彼は、俺に頭を下げた。
俺は「いえ別に」と心のない言葉を返す。
それしかできなかった。
「ほら、巡回に戻るぞ」
「へーい」
副長と共に、若い衛兵が去っていく。
俺はその背中をただただ呆然と見送っていた。
――見つけた。
突破口となりえる人物を。
あの副長は、敵だ。
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