はじめての神器

「へー。こんなところに……」

「そ。《神器》は《英雄》以外に扱えないから」

「いやはや。だからって」


 観光名所にしなくても。


 エレナンに連れて来られたのは、王都の外れ。

 昼は観光客でいっぱいなのかもしれないが、今の時間は誰もいなかった。


 俺は公園入口にある看板を改めて見上げる。


『神器の祠公園』


 これ以上ないストレートなネーミングだ。

 ここに《神器》が安置されている祠があるらしい。


「でもなんで酒場の奴らは、誰もわからなかったんだ?」

「今、現在の《神器》の在り処は誰にもわからないけど。普段神器が置いてある場所って訊けば、誰でも答えられたと思うよ。私も、今もまだここにあるかどうかはわかんないもん」


 そういうことか、と納得する。

 訊き方の問題だったらしい。


「でも魔王軍との戦争中だし、持っていってると思うけどね」」


 エレナンの言うことも、もっともだ。

 しかし、確かめてみないといけないだろう。


 公園内に足を踏み入れる。

 日光の下なら、キレイに見える花や草木たちだが。


 この時間に見ると、どこかおぞましい。

 魔術による人工的な明るさに照らされているから、余計そう感じる。


 公園の最奥に、目的の祠はあった。

 岩に囲まれた実に祠らしい祠。


 早速、中に入ろうとするものの。

 入り口が見当たらなかった。


 完全に岩の塊にしか見えない。

 背面方向は城壁だし。


「エレナン、どうやって入るんだ?」

「入れないよ」

「え?」

「《英雄》以外は祠を開けることもできないの。魔力じゃなくて、特別な力が鍵になってるんだって」


 特別な力、ねぇ。

 それがなんなのかはわからないが、まずはそこから始めなくちゃいけないわけか。


 振り出し、いやその前に戻された感覚だ。

 実際には情報を得たのだから、前進なんだけど。


「ふぅむ。こんな岩、普通に魔術なら壊せそうだけど、なっ!?」


 俺が岩肌にペタペタ触っていると、突然目の前が真っ白になる。

 あまりの眩しさに顔を覆った。


「えっ、ちょっと! リヒト!?」


 エレナンの驚きも聞こえてきた。

 眩しいので、俺にはなにも見えない。


「開いてる! 開いてるよ!!」

「えっ!? うわ、まだ眩しい!!」


 なんとか細目で祠を見る。

 すると、厳重かと思われた祠が開いていて、中に空間が広がっていた。


「……なんで?」

「わかんない。リヒトが触った瞬間、そこの岩がガーッと消えたの」

「ガーッてなんだよ」

「ガーッとはガーッとだよ!」


 わからなかった。

 だが、それは重要じゃない。


 今は大事なのは、目の前の祠は開かれているということ。


「とりあえず入るか」

「軽いね!? 《英雄》以外開けられない祠を開けちゃったんだよ!?」

「ま、ラッキーってことで」

「そ、そんなわけないじゃん……!」


 俺が中に入ると、エレナンも小走りで追ってきた。

 内部はなぜか真っ白い空間になっており、距離感が不明で不安になる。


 ――フリジアの空間と同じだ。ってことは。


 そっと仮面に触る。

 フリジアの力がこもったこの仮面。これのおかげで祠が開いたのだろう。


 不安そうに俺の服の裾を掴むエレナン。

 そんなことをされると、兄としての立場を思い出してしまうじゃないか。


 ぼーっと空間を歩いていく。

 突如、真っ白な光の奥から台座のようなものが現れ、近づいてみる。


 そこには、神々しい光を放つ剣が安置されていた。

 これが《神器》なのだろう。


 なんの能力もない俺でもわかる。

 これは特別なものだって。


 横たわる剣は、ただのロングソードみたいな見た目をしている。

 しかし、放つ威圧感は段違いだ。


「《神器》は、まだここにあったんだ」

「魔王軍との戦争中なのに、どうして?」

「それはわからないが、ひとまず」


 俺はフリジアから言われた通り、剣に触ることにした。


「あっ! 待って!」

「え?」


 エレナンが声を上げた時、俺は既に剣に触れており。

 視界がまた、真っ白に染められて――。







 ◇






「えっ、うわっ! リヒト!?」

「お前……またマンガ読んでたのか」

「ち、違うわよ! これは、できるだけ有用なアイテムを作り出す為のインスピレーションを……!」

「わかったわかった」


 言い訳するフリジアを宥める。

 どうやら、啖呵を切ったやる気は長く続かなかったらしい。


 やっぱり、コイツにはあんまり期待しないでおこう。


「でも、なんでここに飛ばされたんだ?」


 そもそもの理由を聞くと、フリジアは両方のこめかみに人差し指を当てた。


 以前も見たことのあるポーズだけど、一休さんみたいだな。

 さっきの座禅といい、意外と仏教をベースにしてるのかもしれない。


「あっ! 《神器》に触れたのね! やったじゃない!」

「いや、だからどうしてここに飛ばされたんだよ」


 まさか。死んだのか?

 それを危惧していると、フリジアは首を振った。


「違うわ。いつも私がリヒトを出迎えられるのは、リヒトが死んだらわかるからなの。でも、今回はそうじゃなかったし、その、だからさっきみたいに油断しちゃってる姿を見せたわけで……」

「そうだな。あとお前が、俺のことを結構見てないのもわかった」

「だ、だって街中でしょ!? 見る必要ないじゃない!」


 昨日は暗殺されたんだけど。

 コイツ、あの時もたまたま見てただけだな。


 っていうか、その『こめかみグリグリ』があれば見てなくてもいいんじゃないか。


 と思ったけど、言わないでおいた。

 楽されるとなんか腹立つし。


 俺の訝しげな視線を感じたのか、フリジアはこほんと咳払いをする。


「本当はね。《神器》に触れると、《英雄》の脳裏に私のありがたい姿が映し出されて、『世界を頼みます』的なセリフが流れることになってるのよ」

「ってことは……録画か?」

「ろ、録画って言われると神秘性失われるわね……神託と呼びなさい!」


 要するに録画だった。


 今までの《英雄》も「神託を受けた」と思っていても、ただの録画映像見せられてたのか。

 本物のコイツは、マンガとポテチで堕落しているというのに。


「なら、少しは力が戻ったんだろ? 俺にも能力をくれるって話だったが」

「そうよ! 敬いなさい!」

「いやまずは能力をくれよ」


 賞賛するかどうかは、それを見てから決めるから。


「本当に敬いなさいよ!? もう! えっとね、これは――《探知》ね」

「《探知》? モノを探すやつ?」


 よくわからないが、《探知》といえばそんな意味だろう。

 しかし、フリジアはふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「そう! これは悪意を探知してくれる能力なのよ!」

「おおー! 聞いている限りは、使いやすそうだけど……」


 敵の割り出しが簡単になるってことだろうか。

 それは確かに便利だし、ステルスで侵入する際に敵の位置がわかれば快適になる。


 だが。いかんせんフリジアの能力なので、どうにも使いにくそうだ。

 っていうか、絶対罠がある。


 言葉通りに受け取ってはいけない。

 俺は学習したんだ。


「なによぅ。便利な能力なんだから、しっかり使いこなしなさいよね?」

「わかったよ。で、使い方は?」

「念じれば出るわ」

「アバウトすぎるだろ」

「そうとしか表現できないんだもん!」

「急にかわいこぶるんじゃねぇ!!」


 グーを作って振り回すフリジア。

 突然の駄々っ子はやめていただきたい。


「いいわね!? 役に立ったら褒めなさいよ!?」

「わかったよ。お前もちゃんと役に立つアイテム作っておけよな」

「わ、わかってるし……!」


 視線を逸らすフリジア。

 おい、床に置いたマンガを見るな。





 ◇






 いつも以上にフッと空間が消え、俺は目を瞬かせる。

 どうやら祠に戻ってきたらしい。


「だ、大丈夫? リヒト」


 横から心配そうな声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、不安を表情にした顔でエレナンが俺を覗き込んでいる。


「ああ、大丈夫だ」

「本当? 《神器》を触った後、リヒトの身体がピカッて光ってビックリしちゃったよ。光はすぐに消えたんだけど、なんともないの?」


 俺は頷く。

 能力を得た感じはしないが、特にマイナスになった様子もない。


「でも、リヒトって《神器》に触れて平気なんだね。《英雄》じゃないはずなんだけど」

「平気ってどういうことだ?」

「《英雄》じゃないヒトが《神器》に触れると、すごい痛みと共に弾かれちゃうんだって。だから」

「《英雄》以外には扱えないってことか」


 エレナンは頷いた。

 それなら確かに《神器》の悪用はありえない。フリジアも考えたものだな。


 だが、俺はこの仮面のおかげで平気らしい。

 誰も触れない《神器》に触れるのだ。


 記念に一振りだけでもしてみようかな。

 と、もう一度手を伸ばす。


「いっっっっっっった!!!!!!!!!」


 《神器》に触れた瞬間、右手が弾かれた。


 同時に。

 ハンマーで潰されたような衝撃を受ける。


 そのまま手首まで一気に持っていかれた感覚。

 更に、右手全部が焼かれていく如しの熱さを帯びていく。


「なにしてんの!?」

「折れる折れる!! いや折れた!! 砕けた!! なぁエレナン!! 俺の右手曲がってない!? っていうか、ちゃんと付いてる!?」

「付いてる! 付いてるから落ち着いて!!」


 数十秒、転げ回った後。

 ようやく痛みが去って、右手を落ち着いて観察できた。


 大丈夫。右手は無事だ。

 指の一本も折れてないし、焼けたり、失くなったりもしていない。


「本当に失くなったかと思った……」

「私の方がビックリしたんだけど。やめてよね。驚かせるの」

「悪い……」


 俺は謝るしかできなかった。

 でも、本当に痛かったんだよ。


「1度目は平気だったんだけどなぁ……」

「実は触れてなかったんじゃない? さっき触ったのは台座だったんでしょ」

「光ったのは?」

「私の見間違い。祠が開いたのもなにかの間違い」


 明らかに俺を疑うエレナン。

 そりゃあんな無様まで晒したんだ。触れたことを信用しろって言う方が無理だろう。


「とにかく戻ろうよ。祠が開いてるって誰かに見つかったら 大事おおごとだし」

「……そうだな」


 能力の確認はまた今度だ。

 今はここを離れるとしよう。


 祠を出ると、出入り口は勝手に閉まる。


 閉まるというか、エレナンの言っていた通りガーッと岩肌が現れたのだ。

 消える時も同じ感じだったのだろう。


 その後。

 俺は宿に戻り、エレナンも今日取ってある宿へと向かった。


 15日の期限の中で、もう2日過ぎた。

 触れられた《神器》は5つの内1つだけ。


 それでいて《神器》や《英雄》のことは伏せながら、これからの情報を集めなきゃならない。

 これに関してはイファルナがネックなわけだが、ここまで来て別れるのは難しいだろう。


 ウルルの時と同じ理由もある。

 新しいパーティメンバーを探すとなると、まず見つかるかどうかわからない。

 

 なにより事情をいちから話したり、そいつの人柄を理解したりするのも時間がかかり。

 最悪、性格が合わなくてサヨナラという可能性もなくはないからだ。


 それに、イファルナには恩を売れてるしな。

 チャネのことはどこまでも引っ張っていこう。

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