第172話「これはもうデート」

 翌日、打ち合わせしていた通り学園から少し離れた喫茶店の前で蛍と合流する。


 アインとウルスラにはバレたら怒られるだろうが、あの二人を連れて行くわけにはいかない。


 俺だってリスクを冒しているわけだし、あの二人も面倒を見るのはさすがの蛍だって無理だろう。


「参りましょう」


 と言って微笑む蛍には気負いがない。

 とても頼もしい存在だ。


 彼女なしじゃ成り立たない作戦だが、それで緊張するような性格じゃないんだろう。


「どのエリアから行くのか、決めていますか?」


 彼女は俺の右隣に立ち、声を低めてたずねてくる。


 ヘレヘレ森丘はいくつかのエリアにはっきり分かれているからだろう。

 どうやら彼女はきちんと下調べしてきたらしい。


「決めてないな。とりあえずは森丘の付近をうろついてみるつもりだ」


 森丘の中にまで入ってしまうと、さすがに言い訳は難しくなるからな。

 外をうろつくだけならまだ学園側だって目こぼししてくれる可能性がある。


「なるほど。出入りするところを捕まえられると理想的ですね。言い訳も易しくなりますし」


 と蛍は言う。


 この子、頭の回転けっこう速くないか?

 単純に強い武人というだけじゃないんだなと感心する。


「どうかしましたか?」


 俺の視線に気づいた蛍は、可愛らしく小首をかしげた。


 凛々しく美しい剣士で、こういう時は可愛らしさもあるって反則だろ。

 さすがゲームのメインヒロインだなと感心する。


「いや、蛍さえよければもう少しごまかしの手を使いたいんだが」


 俺は遠慮がちに切り出す。


 これ、場合によっては怒られるやつだからなぁ。


 蛍相手なら大丈夫な気はしているので、ダメで元々だと提案したわけだが。


「何でしょうか?」


 彼女は興味を持ってくれる。


「ほら、二人でどこかに遊びに行ったフリをするなら、もっとごまかしやすいだろ」



 フリとは言えデートしてくれとは言いにくい。


 デートなんてしたくないと拒絶される可能性もあるし、初デートがこれかと怒られる場合もある。


 どっちもゲームでの話で、ヒロインの好感度管理をミスした時の話だが。


「ああ、逢瀬……こちらで言うデートですね」


 蛍はまたたきをしてからうなずく。


「それがしとエースケ殿はこうやって外で会っているので、これはある意味デートではないですか?」


 彼女はくすっと笑うと、珍しくからかうような視線を向けてくる。


「う、うん。その解釈の余地もあるな」


 これは好感度稼ぎが順調の場合に蛍が言うセリフだったので、少し動揺してしまった。


 好意はたぶん持たれているだろうなとは思っていたけど、具体的なことは考えないようにしていたからな。


 パーティーを組んで維持できる程度にはほしかっただけで……って、俺はいったい誰に言い訳をしているんだろう。


 蛍と仲いいことに後ろ暗いことなんてないんだから、堂々としていいはずだ。


 目の前にいる蛍はゲームのヒロインとは違って、自分の意志を持った一人の人間なんだから。


「どうかしましたか?」


 蛍はからかう表情を消して心配そうになる。


 俺が照れるか適当に流すかと思っていたのに、意外と悶々としたのが計算違いだったか。


 うかつなことを言えばもしかしたら後を引くかもしれないなと考えつつ、にやりと笑って見せる。


「俺だけからかわれるのは割に合わないからな。ちょっと心配になってもらった」


「……やられました」


 蛍は悔しそうになった。


 そんな彼女の左肩に優しく手を置く。


「これでおあいこで、水に流そうじゃないか」


「そうですね」


 蛍はあっさりと承知する。


 さっぱりとした性格の彼女のことだから、この件を根に持ったりしないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る