第94話「やばいのは蛍だけじゃないらしい」

「ではここで一度切り上げますか?」


 蛍が俺の目をのぞき込むようにしてたずねる。


「いや、このまま第五階層までいこう」


 ウルスラの歓迎会をすると言ったが、今すぐ引き返すとは言ってないんだよなあ。


「あん?」


 意味がわからないという顔をしたのはウルスラ一人だ。


「やっぱりそうしたほうがいいんだろうね」


 とアインはつぶやき、


「そのほうがいいでしょうね」


 と蛍は賛成する。


「二度手間になるもんなぁ」


 俺がそう言ったら、ウルスラがピンときたとばかりに口をはさむ。


「もしかしてあんたら、第五階層に行って試練モンスターを倒したのか?」


 半信半疑という口ぶりだった。


「いい勘してるね」


 とアインが目を丸くする。

 

「見事なものです」


 蛍も彼女のことを認めた。


「マジかー……」


 ウルスラは自分の予想が当たったことが、あまりにも意外だったらしい。

 あぜんとして、心なしか両肩を落とす。

 

 驚きすぎたら脱力するものなのかもしれないな。


「驚いてるね」


 アインが言うと、ウルスラが信じられないという顔で彼を見る。


「あたりめーだろ。試練モンスターなんて、普通倒せるようになるまで一か月くらいはかかるっていうじゃんか」


 まあたしかにウルスラが言ってるのが一般的な話だ。

 フィーネですら三週間くらいかかったという情報があるけど、たぶん安全策をとっただけだろうな。


 強さ的には蛍と差がないはずなので、性格の差で違いが出たと見て間違いあるまい。


「だいたい蛍のおかげだな」


「否定できない」


 おどけた俺の言葉にアインが同意する。


「ま、そりゃそうかもしれねーが、それだけじゃないだろうに」


 と言ったウルスラは俺と蛍が装備してる腕輪に目をやった。


「あんたが作ったんだろ? ボクが知ってるかぎりじゃその腕輪を装備してる一年は、あんたら二人だけだぜ?」


 まあそうだろうなと思ったの俺と蛍の二人だ。


「やっぱりそうなんだね」


 アインは若干驚いたらしい。


「一番進んでるのは俺たちだろうからな。一年の中でにすぎないから、あんまり意味はないが」


 と言うとアインとウルスラが異口同音に、


「いや、意味はあるから!」


 と叫ぶ。

 なかなか呼吸があってるな、この二人。


「一年の中で一番って言ってもなぁ、蛍?」


 ここは蛍に話を振ってみる。


「得意になってもおかしないところで冷静なエースケ殿が頼もしいですね」


 蛍は微笑で予想とは斜め上の答えを返してきた。


「ほんとになー。一番ヤベーのは風連坂じゃなくて、エースケなんじゃね?」


 なんてウルスラに言われてしまう。

 この評価はまったく思いもよらなかったな。


 蛍のすごさに霞むもんだとばかり思ってた。


「無駄口はそこまでにして、そろそろ先に行こうか」


 会話の流れを変えるためにそう告げる。

 誰も不満そうにはせず、一瞬で表情が切り替わった。


 頼もしい仲間たちである。

 こうしてみると意識の高さは蛍だけじゃないと感じられた。


「試練モンスターってどんなやつだ? みんなで協力すんのか?」


 ウルスラの質問は当然と言うべきだろう。


「いや、蛍に何とかしてもらうさ」


 俺はそう答える。

 別にうそをついたわけじゃない。


「お任せを」


 蛍は力強く答えてくれたが、ウルスラはあきれたようだった。


「なるほどねー……恩恵にあずかる立場だから、何も言えねーが」


 そしてそれだけ言って黙ってしまう。

 

「返さなきゃいけないものがどんどん増えていく感じが怖いよ」


 笑いながらアインが言った。


「……想像以上にスゲーかもな」


 ウルスラがぽつりとつぶやく。

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