第77話 売り上げの振り込み

 錬成部まで戻ってくるとばったりシェラと遭遇する。


「ああ、ちょうどよかった」


 彼女は俺を見て薄く笑う。


「何かご用でしょうか?」


「いえ、ちょうど用があったついでなんだけど、リバーシの売り上げは順調でさっそくあなたの口座に振り込んだそうよ」


 シェラは律義に報告してくれた。


「あ、はい。ありがとうございます」


 俺はすぐには実感がわかず、簡素な返事になってしまう。

 そうか、売れたのか。


「やりましたね、エースケ殿」


「幸先いいんじゃない?」


 二人の仲間のほうが実感あるらしく、我がことのように喜んでくれた。


「ありがとう、二人とも」


 と応じたものの二人ほどの熱量はまだ生まれない。


「口座の金額、見ておいてね」


 そう言って立ち去ろうとするシェラを呼び止める。


「すみません、フィラー通貨で見るやり方であってます?」


「うん、フィラー通貨で払ったと言ってたよ」


 シェラは答えると今度こそ立ち去った。

 通貨は各国で違うので、見方を聞いておかないと頭が混乱する。


 いや、別に俺は大丈夫だけど、聞かないほうが変な流れだったから。

 何だか言い訳した気分になったところでアインに左肩をぽんと叩かれる。


「よかったじゃないか。さっそく見に行かない?」


「え、今からかよ」


 ここから銀行の口座をチェックするためにだいぶ歩く必要ある。

 学校のすぐ近くに金融機関やコンビニのATMがあった日本とはわけが違うんだから。


 そう思って彼に聞き返すと、笑顔で肯定される。


「別にいいじゃないか。このあと急ぎの予定なんてないんだから」


「それがしにも異論はありませんよ、エースケ殿」


 蛍までもが彼に賛成した。

 そうか、二人はこの世界の人間だった。


 こっちだと距離があるからめんどうだろう、という俺の感覚こそ想像できないに違いない。


「うん、二人がかまわないならそうさせてもらおうかな」


 どうせあとで行こうとは思ってたんだし、二人がこういうなら断らなくていいだろう。


「どれくらい売れたんだろうね?」


 外に向かって歩き出したところで、アインが誰ともなくたずねる。


「一部の知識層が興味本位で買ってみて、それが評判を呼んで知り合いが何人か買ったというところでは?」


 蛍が推測を返していた。

 彼女の意見に俺も賛成である。


 リバーシの面白さをすぐに理解して買ってくれる人は、やっぱりそういうイメージに落ち着く。


 そもそも新しいことに興味を持ったり、買ってみたりする人自体が少数派なんだろうしな。


「そうなのかな? こんな早く売れるとは思わなかったなぁ」


 新しいものが理解されるのって時間がかかるもんだとばかり。

 こっちの貴族は珍しいものが好きだったりするのかな。


 そう言えば錬金術ヒロインが新しいものを作った時、ゲームの中じゃわりと評判よかったりしたなぁ。


 あれってそういう伏線だったりしたのか?

 今になって思いいたって愕然とする。


「そこはグルンヴァルト家とロングフォード家の力が大きいかもね」


 とアインが言った。

 

「ひょっとして俺が思ってるよりもずっと積極的に売りに出してくれたのかな?」


 そうつぶやく。

 全寮制の学園にいることもあって、外の情報はほとんど入ってこない。


 だから二つの家がどれくらい力を入れてリバーシを売りに出したのか、さっぱりわからないのだ。


「そうなんじゃないかな? あれのよさをわからない人ばかりってことはないだろうし」


 アインがそう言い、蛍はうんうんとうなずく。

 とりあえず思考を中断する。


「それがしも一ついただきたいくらいですね。買えるかわかりませんが」


 蛍がそんなことを言った。


「蛍なら一つくらい譲ってもらえないかなと思う。言ってみようか?」


 権利者の俺が言えば先輩たちは聞く耳を持ってくれると思う。 


「いえ、そういうわけにはまいりません。ちゃんと買います」


 よかれと思っての申し出を彼女はきっぱりと断る。


「そっか」


 もしかしたら彼女にとっては大事なラインなのかもしれない。

 好意を押し付けるような行為はよしておこう。

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