第17話 嵐の前

 美味しいものは人を変えるのだろうか。主様はやめてくれ、とたのんでいたのでボウコウナンはあたしのことを姉弟子と呼んでいた。これがこの日から一段くだけて「姉様」になった。

 あ、うん、たぶん原因はあれだ。

 彼女を受け取ったとき、魔核の暴走はやはり注意しなければいけないということで魔力による触診をやるようエリ様にいわれていた。魔核がいびつになってないか、身体に異常はないか。基本的ななおしかたは人体と一緒なのだが、やはり少し違うので自分の体ならどこにあたるか教えてもらう必要がある。まあ、彼女と触りっこをするわけだ。

 ほとんど残っていなかったが、悪霊化したと思われる魔王のいたところに行ったので、おたがい念入りに確認しておけと言われたので、いつもは触れないところに触れたら、お互い変な声が上がる結果になった。はい、そういう神経のあるところでした。続けると絶対後戻りできない気がして、その場所については封印ということでボウコウナンにも申し渡したのだけど、あの時の彼女の何か目覚めたような顔はとても印象的だった。

 作られた命であるけど、彼女は夜は眠る。身体の回復と、心の整理とやはり回復を行っているそうだ。翌朝、彼女は寝坊し、そしてあたしの呼び方が変わった。さらにその日は時々上の空で治療院の助手仕事が今ひとつな有様だった。そして日課の棒術の練習にいつもより妙に気合いをいれていた。

 やっちまったかもしれない。

 何を、どう、ってうまく説明できない。でもあたしは何かやっちまったらしい。

 寺男師匠のところにいくころにはいつもの調子に戻ったが、師匠にはなんか表情が柔らかくなったと言われた。何があったかなんて言えるわけがない。

 その夕方に開かれた執事君とコニイの婚約発表のささやかなお祝い、コニイにおめでとうをいうときにもにこにこしていてびっくりさせられた。狼星もご同様だ。先行き不安だよ。

 そういうあたしも執事君には満面の笑みでおめでとうをいいにいったんだからたいがいかもしれない。彼はちょっと怯んでいた。ふん、だ。

 それにくらべるとコニイのやつは堂々としたもんだ。こういうときは変に悪びれたりしないほうがいいと心得ている。あたしも別に彼女を憎んだりはしない。ただ、おめでとうといって便秘の薬を渡しただけだ。彼女の未来の夫は何の薬かわからなかったが、同病相哀れむ館の女性陣全員にはなれしたしんだそれがわからないはずがなかった。ネイ師匠の直伝で、とてもよくきくのでよく処方している。

 その時のあたしがどんな顔をしていたのかわからないが、それがよかったらしい。彼女との間にあったわだかまりはどうもそれで消えたように思う。いや、それで水に流せるコニイもかなりの玉なんだが。

 その翌日。エリ様はコンラー領に帰ってしまったので、ひさしぶりに三人、いやボウコウナンも加えて狼星の学校がはねた午後に魔法もおりまぜた護身術の練習をする。

 教官は奥様の昔の同僚で、あたしよりさらに背の低い女性だ。ただし、筋肉はかなりつけているせいでがっちりしているし、体重も参加面子で一番重い。夫もいて子供もいるそうだが、今でも働いている。魔法使いとしてはあたしと狼星の昼間くらい。簡単な治療魔法と、物理魔法がつかえる。目がおおきくくりっとして、まつげが長く、愛嬌のある顔立ちだが動きのキレと格闘技術が本当にえげつない。奥様曰く、射撃は奥様が勝り、徒手は彼女、そして剣が互角だそうだ。

「まあ、距離を取ればクリニアが有利、懐にもぐればあたしのものってとこだね」

 最初の座学はびっくりするような内容だった。梃子を使って重いものを持ち上げることについて説明し、人体でも同じことができると言いだした。梃子の原理くらい学校で習ってるぜ、と生意気いってる狼星の耳をつまんで実演につきあわせ、体格、体重で少々劣ってもこうすれば相手を転ばしたり、うまくいけば投げ飛ばすことができるということを示した。

 彼女の教える内容はそんな感じで合理的な理論で裏付けられ、実際に使える場合、使えそうで使えない場合というのを毎回、一つ二つ身につけさせてくれる。

 これに魔法を応用するとすればどうかが最後にあっていつもは終わる。魔法はすべりをよくしたり、逆にすべらないようにしたり、ちょっと痛覚を刺激する程度の小技が多く、相手と魔力勝負しないですむ使い方がいい。そんな感じだ。それと、魔法を使う時の法的配慮、人間以外への対処法もたまに教えてくれる。

「悪霊には触れてはだめ。魔力でさぐりをいれるのも厳禁」

 うん、良く知ってる。

 その悪霊の魔核からうまれたボウコウナンがこの日は初参加だ。

「わ、これはすごいね。うちの捕り手でこれくらい使えるやついたかな」

 彼女の棒術を見た教官は素直に感心した。流れで棒のボウコウナンと徒手の教官の練習試合が行われる。

 結果は、教官の勝利。魔法をいくつか織り交ぜてボウコウナンの手首をとった教官が腕のひねりだけで彼女を投げたのだ。ボウコウナンはボウコウナンでそれにさからわず、自らころがってダメージを軽減し、膝立てで構えた。その額に奪われた棒がひゅんとふってきて、あわやというところでぴたりと止めたのが教官。

「すげえ」

 狼星の男の子らしい声がすべてを物語っていた。

「いい師匠についたようね。ちょっと本気だしちゃった」

「おそれいります」

 なんだよ、ふたりしてにっこりして。こないだ読んだ新聞の読み物みたいじゃないか。

「姉様、すねないで」

 そこでなんであたしがなぐさめられる。

 流れでその日は武器をもった相手への対処法の説明と練習となった。まぁ、簡単にいうと、どうにかして逃げろということで、教官のように華麗に倒すことは考えるなということだったが。

「銃もって乗馬したクリニア相手だったらあたしも逃げるよ」

 いや、それは逃げ切れるものなんだろうか。

 その奥様は、その日以来、ときどき剣の稽古相手にボウコウナンを貸していってくるようになった。まあ、第二子受胎までの間だったけど、

 これまたボウコウナンのやつが、嬉しそうに「奥様、師匠の次くらい強いです。修行になります」と言ってくるのでよかったとは思う。

 しかし、なんだ、あたしは普通のか弱い女の子はないか。うん。もう少しだけ幸せになってもよくはないか。具体的には甘いもの。

 河岸のお店以外にもそういうものを出すところが増えてきた。新聞もだんだん厚みをましてきているし。帝都の生活は日に日によくなっていく。

「コンラー領でもなんか甘いもの食べられるといいわね」

 コニイのように帝都にずっといたいと言いださない奥様偉い。そのへんエリ様もなんかするんじゃなかろうか。

「ああ、そのへんだが、義父からこんなの送ってきたぞ。試作だが売れそうかどうか見てくれないかとな」

 コンラー領からの出荷は時間がかかる。船でタイヒンの町に運び、そこからまっすぐ帝都へ馬車輸送で北上だ。日持ちがしないといけないわけだが何かと思うと、赤いキューブを薄紙のようなものでおおったもの。包みをはずそうとするとべったりついて難しい。

「いや、それはそのまま一緒に食べられるらしい」

 おそるおそる口に入れてみると舌にはりつくようですぐに溶けた。その中の赤いキューブはねっとり甘い。これは麦芽の甘さかな。コンラー領ではお酒の粕を安酒の材料にしたり、おやつにしたりしている。ほんのりの少し物足りない甘さがこうして見ると上品な感じだ。

「あの島の畑も安定したし、こういう感じで売れるものをふやしていきたいらしい。この包んでるのも粉薬のむときに包んではどうかと狐草姉さんもいってるがどう思う」

「帝国治療院できいてみますね。苦いのいやがる子供は年齢関係なくいますし」

 寺男師匠だ。以前入院したとき、粉薬のむのいやがってこっそり持ち込んだ酒に溶かしてのんでいた。あのときはなぜかあたしも呼びだされて一緒に怒られたよ。

 まあ、これが安いものならありだと思う。

「これ、おいしいわね。宰相様と相談して陛下に献上してみたら? 」

 三つ目をぱくっとやりながらおっしゃる奥様、試食は一個だけだったはずですが。

「その心は」

「普段のお茶請けにいいし、日持ちと値段によっては軍の慰問品によさそう」

 この人はやはり軍人だ。そして四つ目をお館様に阻止されて残念そうだ。

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